Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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毎回毎回興味深い犯人が出てくるんですが、猟奇的な話が多いが為にどうしてもキ印というのが多い。勿論キ印に自由を与えるなんて何をされても文句を言うなという感じですが、ですが、今回の話はそれとはちょっと違う。その点が興味深かった。

この世の中で一番生きる価値が無いのは、自己責任能力が欠如している輩、そして徒党を組みたがる連中。それを端的に表しています。表現上チンピラというような描き方がされていますが、実際にはそうではなくて、所謂大衆という連中は似たもの同士です。

自己責任能力が欠如しているから、何をしても問題無いと思ってる。自分の境遇を社会の責任だとか周囲の責任だとか考える。一人では何も出来ないから群れを組みたがる。群れると傍若無人ぶりがエスカレートする。酷い話です。

問題はそういう連中でも自由を与えるという社会体制こそが正義だと思われているという現実。無責任な連中に与えるべきなのは明確なのに、無条件に生物学上の人間であると言うだけで自由が保証される。そんなことをしていれば、こういう凶悪な犯罪や社会の退廃が起こるのは必然でしょう。そして、そういう連中が一定以上の数を越えた途端にその状況を解決出来ないというのが近代民主制の最大の問題点。

恐らく世界で最も進んだ民主制を精度として持っているのに、市民の民度が日本と同じかそれ以上に低いが為にアメリカという国は酷い状況になっています。そろそろ近代民主制の限界というのを理解して、自らの権利を放棄するという事をしない限り、この悪循環は止まる事はないでしょう。

某国では独裁者が酷いことをしたとされ、追い出されましたが、その行為の責任を明確に出来るという点において独裁制の方が近代民主制より遥にマシです。同じくらいの無駄遣いをされているこの国では誰か責任を取ったでしょうか。それどころか誰にも追求することさえ出来ません。だから変えることも出来ない。

経緯だけを見て民主制は素晴らしいと考えるのは愚かしい行為です。結果まで見れば果たしてどっちが好ましいのか容易に結論を出す事は出来ないんじゃないかと思います。
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選挙に行かない。というと無責任だというアホが大量に湧きます。参加しないことを無責任というなら、参加したことによる責任はどう取ってくれるんだ? って言いたくなるんですが、選挙に行きさえすればその結果には無責任で居ることはどうやら平気らしいです(爆) そりゃあ数カ月で内閣支持率が二桁も動くわなって納得することしきりです。

棄権も白票も意味が無い。ちゃんと選択してマシと思えるところに入れるべきだとか訳わからんこと言ってる間抜けも居ます。真に受けた真面目な人が多すぎて、万一共産党辺りの弱小野党が第一党にでもなってしまった時に、あんたら責任取れるんだろうね。こういうことを平気で言える奴の無責任ぶり厚顔ぶりには本当に開いた口が塞がりません。っていうかね、そういう奴って自分がマジョリティだっていう確信があるんだろうな。だからこういうことを平気で言える。どうせそんな票は数が集まらないだろうという判断が裏に入っていること見え見えです。少数意見なんて多数派に対する牽制程度に使えれば良いとそう考えているからこういうことが言えるんでしょう。あー嫌だ嫌だ。胸糞が悪くなる傲慢な考え方ですね。

近代民主制の政治屋にとって深刻なダメージを与えるには、対外的に誰がどう見てもこの国の民主制度は崩壊していると理解できる数字を残すことですよ。投票率が1割切った国政選挙が何度か続けば、どんなに強弁したとしても選挙制度の見直しをせざるを得ないと思いますよ。なんだかんだ言っても投票率が4割とか5割とかある内は、民主的手続きを経て承認されたという名分(手続的正義に依る権威の確立)が成立しますからね。そういう言い訳をさせない。制度自体にコミットしないということが重要なファクターな訳です。

そもそもになりますが、考えてみてください。貴方の意見が多数派なら投票になんか行っても行かなくても貴方の意見は採用されます。同時に貴方の意見が少数派なら投票に行っても行かなくても貴方の意見は採用されません。それが数の暴力、多数決というものです。白と黒だけじゃなくて中間だってあるだろって? それで当選した少数派政党が日和って巨大政党と連立。これまでの主義主張はかなぐり捨てて連立ってのをこれまでに何回も見ましたがね。牛歩?そんなもの決定がやや遅れる程度で、所詮決定打にはならないですよね。だって、数こそ正義というのが大前提におかれているんですから、1票でも多ければ結局勝ち、逆に1票でも少なければ負けってことなんですよ。

政治なんて真面目に考えるだけ損です。何故なら大多数の有権者とやらは真面目に政治なんて考えていませんからね。統計的な意味での平均以上に真面目に頑張ったところで馬鹿を見るだけ。それが近代民主制という制度ですよ。まして無記名無責任で政治参加した気になれる訳ですから、真面目になんか考える方が愚か者ってことです。スポーツとかの国際大会の時にだけにわかナショナリストになっているアホ丸出しの連中に何を言っても無駄ってのと同じです。選挙も祭か何かと勘違いしているだけですからね。悲しい限りですが。

その辺を踏まえて現在の選挙というものがどういうものかもう一度冷静に考えてみましょう。サイコロを振って誰に投票するか決めても結果は同じようなもんです。なら誰かが代表でサイコロを振れば十字軍みたいにぞろぞろ投票所まで出向かなくても同じ確率で同じ決定をすることが出来るでしょう。真面目に考えない連中の投票で当選者を決めるなんてその程度のギャンブルと確率的に変わりません。

じゃあ、有権者の大半が真面目に政治を考えて、判断できるだけの知識も有したら?はい、彼らに任せておけば自分が投票に行っても行かなくても適切な判断がされるってことですね。それが近代民主制のジレンマなんですよ。統計的平均値の人(達)の独裁。良く言っても全体主義。それが近代民主制の正体ってことです。みんなが投票で政治参加している気分にさせられているかもしれませんが、その実はその程度のことしか出来ていないってことですよ。そんなものに踊らされて馬鹿丸出しですね。

政治結果に対する責任の所在が曖昧である。その一点だけで僕は近代民主制は賛同に値しないと確実に判断できます。そして予言しましょう。今回の選挙の結果で日本の状況が良くなるということは無いでしょう。近代民主制とその根本となっている資本主義という社会制度に限界が来ているのですから、その上で何をやったところで大きな変化起るはずがありません。茶番以下の自慰行動でしかないでしょう。
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草食系男子などという言葉が使われ始めてしばらく経ちます。この言葉が洒落として使われている内はまだ可愛げもありましたが、どうやら最近度を越した、僕らの世代で言うならそれこそまさに女の腐ったみたいな奴が増殖しているという話題がマスコミに上がる程になってきたようです。

考えてみればそれはある意味当然というか、自然なことで現在の社会の風潮は明らかに過剰を超えた弱者救済志向になっていますので、弱者である方がより良いという判断は成立可能です。まぁそうやって風潮に流されて世渡りしていれば、風潮が変わった時に真っ先に滅ぶということになる訳ですが、そんなことは考えても居ないのでしょう。同情の余地はまるでありません。

個人的には弱者を救済する必要性は微塵も感じませんが、それはあくまでも一個人の見解であって、弱者を救済するべきだ。あるいは弱者を救済した方が良い。という意見については一理あるだろうという風には思います。しかし、許されるのはそこまでで、現在の状態もそうですが、それを超えたものを要求してくる場合が多々あります。馬鹿はすぐに調子に乗りますからそうなることは必然です。

つまり、弱者は救済されなければならない。弱者が救済されるのは当然だ。弱者が救済されないのは悪だ。というところまでエスカレートしているとそれは個人の見解を飛び越えて、完全に誤りであると断定できます。弱者が救われるのはあくまでもオプションであって、それ以上にはなってはいけません。そうでなければ、真面目に頑張って居る者が一番馬鹿を見るという歪んだ社会が出来上がります。それは現在の日本が証明しています。屑はあくまでも屑として処理するべきです。

男女性差についても同様で、現在は完全に女性優位の社会、女性の方が弱者であるが故に得をする社会になっています。それの大義名分に使われるのが誤った男女平等という愚かしい考え方ですから、逆に男性の方が平等を主張してこれまで負ってきたデメリットからの解放を要求しているというのが草食男子の基本的な思考パターンで、それが行き過ぎて腐った状態になったというのが実際のところだろうと容易に想像できます。そりゃあ一生仕事でこき使われて家族のパトロンになるという責任に比べれば、家事を真面目に手伝ってその責任を半分にした方がはるかにお気楽極楽であることなんてすぐに理解できるでしょう。ただし、これまで散々権利を求めてきた女達が、その権利の行使には責任が伴うんだということをきちんと理解しているのかという点については、はなはだ懐疑的にならざるを得ませんが。

私は弱者です。と宣言することになんの不利益も無い。それどころか利益が発生する。そんな状態になれば、強がるなんて愚かしい行為であるということになるでしょう。それどころか、弱者なんだから救えよと食ってかかることができるのですから、やらなきゃ損損ってなもんです。本当に異様な状況です。歪みもここまで来たかって感じですね。

「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と憲法にはあります。あくまでも権利を有するのであるということを理解していない愚か者のなんと多いことか。権利を有するというのはそれが保証されるということではありません。為政者はそのハードルを下げる努力をするべきだとは思いますが、それでも無条件に権利を行使できるなどということはありません。健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を行使したいなら、それに伴う責任を自ら負うのは当然であり、それが出来ない奴はその権利を行使できない。そんなことは自明です。

自分の生存権を維持する程度の責任を負えない奴は奴隷あるいは家畜にでもした方がいいでしょう。飼われている犬や猫と同じレベルでしかありません。そんなこと言われなくても、自ら積極的に国家や社会、あるいは法律などの奴隷であることを積極的に望んでいるように見えますけどね。彼らが求めている自由なんてものは、家の猫が餌をくれと催促したり、ドアを開けろと催促したりするのと同程度です。自分の周囲の環境に疑問を全く持っていない。要求はあっても原則として保守傾向で、信仰に依って生きる。挙句の果てには懐古に走る。そういう連中です。

馬鹿や弱者が一番得をするという社会は異常です。そんな社会にしてしまったら終わりでしょう。つまり現在の社会体制は完全に末期状態で救いようが無いというところまで行っています。もう修正は不可能で破壊して再構成する以外に手はないでしょう。その時世に民主も自民もあったもんじゃありません。選挙なんて無意味な行為にコストをかけてないでもう少し現実を見てまともな選択をするべきでしょう。

未だにテレビなどのマスコミを信仰し、現在の体制を信仰し、手法を変えればなんとかなるという希望にしがみつき。選挙に行きましょうなどと毒電波を垂れ流している連中がこれだけ多い状態ではまだまだ世の中は悪くなるなと予感させます。投票率が2割を切る位になってやっと希望が見えてくるんじゃないかなという気がします。現体制にコミットしないという明確な意思表示をすることが重要です。無責任な有象無象の一部になったところで何の意味もありません。

大体そんなものにエネルギーや資源を浪費するのは地球に優しくありません。プリウスに乗って選挙に行くとかブラックジョークでしかありませんね。
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相変わらず糞選挙の結果報道はムカつきます。たかが似非民主制の茶番でしかない選挙ごときの結果の為に作品を台無しにするような放送をするということを堂々と行うマスコミの程度の低さに呆れかえります。前の選挙の時も書いた気がしますが、投票まではともかく開票の結果についてリアルタイム放送する意味は全くありません。投票が締め切られた時点で、もうどうすることも出来ないのだから結果など翌日で十分なはずで速報枠を付けてまで報道する意味は全くありません。

そもそも選挙の結果が気になる人間はアニメなんか見て居ないので、そんな放送に速報枠を入れるのは視聴者を愚弄する行為でしかありません。そんなに選挙結果が気になると言う人はNHKなりを見れば言い訳でそれ以外のチャンネルで人の趣向を愚弄する放送をする必要は全くありません。

このマスコミの程度の低さが似非民主制の程度の低さを良く表していると思います。こういう放送を見てまだ投票が社会を変えるなどと本気で信仰している馬鹿が存在していると思うと世も末という言葉がピッタリだなぁという気がします。政治家や政党を云々言う前に自分達の愚かさを振り返ってみるべきでしょうね。
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ラジオを聞いていたら、男性にも1ヵ月程度の育児休暇が必要だ。という意見を書いている人が居ました。少子化対策には云々という流れもあるのかもしれませんが、この意見こそが現在の社会体制の問題の根底をよく現わしているなぁという感じを受けました。一定以上の責任をもった立場に居る人や、そういう人を見ている人ならば、一ヵ月の休暇というものが何を意味するか理解できるはずです。つまり不可能ということですね。逆に言えば一ヵ月の休暇を取ることが可能な人はそれなりのポジションにしか居ることができないということになります。つまり、それを求める時点で、仕事上のある種のポジションを放棄したことと同義です。

別に、世の中のすべての人が仕事上高い責任を負わなければならないとは思いませんから、選択肢として幾つかあるというのは悪いことじゃないかもしれない。けれど、彼らの主張はそういうものじゃない。それを制度として成立させましょうという方向に行ってます。自らの責任において休暇を得るのではなく、制度にお墨付きを貰うということを求める訳です。つまり、十把一絡げに処理を行おうという手法であり、人間を総無責任化する行為であり、自らの社会的ポジションを貶める行為に他なりません。

それを意識した上で発言をしているならば、賛同はできないまでも理解はできるのですが、こういうことを言う連中のほとんどはそれを意識すらせずに言っていることが多いように見受けられます。つまり、自分のこと、目先のことしか見えてない、考えていないで発言している訳ですね。例えば、昨今問題視されている派遣関係なんかも全くこれと同じことでしょう。派遣にはメリットもデメリットもあります。当初はメリットの部分だけに目が行って、自らそういう選択をしてきたにも関わらず、デメリットが強くなってくると、それを政治や社会の責任だと転嫁する。それと同じ構図が透けて見えます。

結局のところ物事を俯瞰で考えるという能力の欠如によって起こるのだと思います。それを一言で言うなら無能です。無能自体は罪では無いかもしれませんが、無能者が権限を無責任に振り回すのは罪です。過去様々な専制者が断罪されてきたのは何故か。それは、無能な専制者が間違った判断を暴力を背景に無責任に行ってきたからそのツケを払わされた訳です。であるならば、現在大衆という無能者が数の暴力を背景に無責任に横暴を行うのであれば、それは当然断罪されなければならないでしょう。

結局のところ近代民主制の限界というのが、その程度の低いところにあるというのは、原理的な真理です。無能者の選択というのは、当てずっぽうですからギャンブルと同じです。ギャンブルは遊びとしてなら楽しめるかもしれませんが、そんなものに生活を賭けるのは無謀だし、ご免です。仮に結果としてそれが良い結果を導いたとしてもそれは変わりません。無作為に行っても勝つ場合もあるというのがギャンブルで、そんなものは偶然に過ぎないからです。

そんな無謀な社会システムに参加するのはまっぴらなのですが、実質的に無意味な形式だけの参政権を与えるということを条件にして、参加を強制しています。それも酷い話で、そのシステムに参加した人間だけで責任を取っていただきたいものです。つまり、投票を行わなかった人間(あるいは行ったところで効果を発揮できないような人間)に自分たちの無能による罪を押し付けているというのが現状です。人というのは群れるとどんな悪逆なことも平気で行う生き物ですが、これについてもその特性がいかんなく発揮されています。

無条件ないしはほぼ無条件を前提とした多数決による決定は相当高い確率で間違っている。少なくとも何の根拠も有しない。それは断言しても良いでしょう。無能者を何億人集めたところで絶対に正しい判断はギャンブル的な意味での偶然以外では出来ません。現在の選挙形式は無意味でエネルギーの無駄遣いであるだけでなく、本来ではありえないような何か(人、政党、判断など)に正当性を与える最悪な形式です。いい加減気付いても良いと思うのですが、未だに選挙に行くことが正義であると信仰している無邪気なアホが大量に存在しているという事実が憐みを誘いますし、そんなものに自らの生活が左右されると思うと、空しい限りです。
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暴走するネット規制 、あるいは「ネットで婚活」終了のお知らせ

こんな問題は別に今に始まったことじゃないですね。人類の歴史が始まってから現在に至るまで連綿と続くもので、結局なんだかんだ言いつつも肯定派の方が勝利してきたというのがこれまでの経緯。その理由を政治家や役人に求めるというのは一つの方向ではあるのだけれど、それは主権者として無責任極まるだろう。つまり、自称この国の主権者の大半は自由など求めていない。もう少し正確に言うならば、生活や安全が対価であれば簡単に手放すことができると考えている連中の方が多数派であるということだ。

生活や安全のために自由を手放すというのは、当然奴隷の考え方だから、それを肯定するのは奴隷や家畜と同じことだ。人権を放棄してくれれば一番なのだけれど、それでも自分達は人間だと主張してくるから性質が悪い。こういう奴隷根性で形成されている連中は、悪辣な為政者にとって最もありがたい対象であるというのは道理で、だから過度に彼らが求める制約を実行するし、彼らの権利も為政者にとって都合のいい範囲については守ってくれるという依存関係が形成されている訳です。

表現の自由というカードで戦えないという時点で、なんと荒んだ社会だろうと悲しくなります。そもそも、なんで子供と性行為を離さなければならないのかという理由を明確に答えられる奴らすらほとんど存在しないでしょう。そんなのは当たり前ですよね。そんな理由はそもそも存在しないのですから。仮に政治家や役人に全く悪意が無く、また同時に十分な知識と能力を有していたとしても、法律で人間の趣向を制限するというのは、その段階で悪法であると断定できます。そもそも法律でそれをしようという考え自体が破綻しているので、どんな法律を作ったところでまともに機能することは絶対にないでしょう。一部の事例を救えたとしてもそれ以上に逆の事例が発生するであろうことは目に見えています。

奴隷には奴隷の生き方を与えてやるべきだと思う。彼らは奴隷だから、生殖行為が制限されるというのもある意味必然なのかもしれない。家畜の繁殖は飼い主が計画的に行うというのは、当たり前のことです。問題はそんな奴隷を人間だと扱っているというシステムの方ということでしょう。自ら進んで奴隷になりたがっている人間がこれだけいるのだから、素直に人権をはく奪して奴隷として飼育してやれば問題は片付くと思うんですけどね。規制賛成という連中に、そんなに規制してほしいなら、刑務所に暮らせば幸せになれると毎度言うんですが、どうも当人達は不満のようです。けど、もし環境を少しだけ良くしてやりさえすれば心の底から喜んでそこで生きていくと僕には思えますね。だって彼らの主張というのはまさしくそのものなのですから。


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児童ポルノ対策:画像特定に専門班…警察庁

頭がおかしいとしか思えない。これが主要マスコミの記事だというのだから呆れ返る。この理屈でいくなら、凶悪犯罪を起した内、数人が毎日新聞を購読していたという事実があるから、毎日新聞の購読は違法にするべきだと言っているのと何ら変らない。被害者の話を載せるのも無意味だ。悲惨な例を出して、だから云々と描いたところでそういう例もあるよね。にしかならない。

ポルノだから、児童だからと安易な結論を出しているようにしか思えない。日本ユニセフの低脳共はもう終っているし、警察は正義のために存在している訳じゃない。その程度は当然理解した上で、それでも表現を規制するべきだと主張するのだろうか。

そう主張するのであれば、まず自らの出版行為や放送行為を即座に止めてから言って貰いたい。ポルノ(と俺様基準で判断するもの)は低俗だが、自分達の表現は高尚だという思い上がりから、こんなアホな記事を平気で掲載するんだろう。ポルノなんかよりよっぽど低俗かつ悪質だ。

ちなみに神を信じているような宗教国家の例を幾つ出そうが、そんなことは関係ない。欧米諸国ではと言えば、それが正しいような錯覚を覚える間抜けも多いようだけれど、あくまでも先例という以上の意味はない。奴等が決して正義の国家では無いなんてことは、過去に幾つも事例があるだろう。

どうして、倫理観を言出す連中ってのは、こうも訳の判らない理屈を持出すんだろうか。結局自分達が正しいと信仰していることが何の根拠もない、単なる思い込み以上のものは無いということすら気付いていないってことなんだろう。そんな程度の奴等が倫理を語るもんだから、全く聞く価値もない何の意味も持たない言説にしかならない。無意味だけなら無視すれば良いだけなんだけど、害があるのが困りものです。

また、本来であれば、そこは政治家がフィルターするべきなんだけど、既に政治システムとして終っている状態ではそれも機能しない。まさしく危機的状況ってことなんでしょうね。
内閣支持率24.4%に急落、JNN調査

ホント、いろんな意味で呆れ返る内容の調査です。まず、今現在においても自民党政権に対して2割以上の支持率があるという事に呆れる。前回調査まで徐々にではあっても、支持率が上昇していいたという事に呆れる。今回の恐らく郵政絡みだと思うが、その程度の事件で7%も支持率が変化することに呆れる。

役人や政治屋が駄目なのは、こういう奴等が選挙権を持っているからというのが最大の理由だというのが良く判ります。郵政問題は、内容は酷いもんだが、現状の役人の糞っぷりを考えればなんら驚くに値しない。役人がまともだと思っていることが既に神様は存在すると信仰する以上に奇特だと思える。政治屋も権力欲だけで動いているのは明白。選挙で選ばれているんだから、まともな人間が当選するはずありません。システム的にそうなっているのだから、これも当然驚くに値しない。

で、政権交代って… 所詮民主党だろ、自民党の亜種じゃねーかよ。そんなもんで何か変えることが出来るならとっくの昔に政治は変ってるっての。選挙選挙ってアホなんじゃねーのか?
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なぜ医薬品のネット販売は禁止されたのか。

まぁ現在の自称民主制の似非加減が良く判る出来事だったということでしょう。法律になんの正当性も無いという証明もこれで出来ています。正当性の無い法律などは、政治家あるいは役人あるいは国家の俺様ルールでしかなく、それを警察力などを使って強制させるのは、テロリズムと同じだ。

政治屋が馬鹿だなどというのは、すでに何十年も続いていることで、馬鹿が馬鹿を選ぶという近代似非民主制においてはなるべくしてなる状況でしょう。それをフォローするはずの、優秀であるはずの糞役人も「思考停止。言いなり」なのだから、始末が悪い。

勿論、それを糾弾するのは無意味でも無ければ酷でもない。それしかしないのなら、これまで支払われた報酬を全部返還した上でとっとと辞めてくれとなるのは必然だ。少なくとも自分達の名前で発表し社会に多大な影響を与えることが確実な文章に対して、言いなりでしたからなんて言訳をする奴は人間として認められない。そんな無責任な生物を税金を使って養う必要性はゼロだ。

そんな馬鹿政治屋と馬鹿役人があふれかえっているというのに、未だに国家に対する大層な幻想を捨てきれないというのが現実だ。何かお題目さえあればすぐに規制しろとか取り締れとか騒ぎ出す。規制や取り締りを誰がするのかを考えれば、キ印に核発射ボタンを持たせているのと同じ意味だと気付くはずなのに、そんな程度のことすら気付かない。安全、環境、平等、今だとそんなキーワードが付くだけで完全に思考停止する連中が億の単位で存在し、しかも参政権を持っているのだから恐ろしい。

近代似非民主制は、少なくとも日本では完全に機能不全に陥っています。この近代似非民主制はシステム的に自浄・自己修繕機能を搭載していませんから、一度機能不全に陥ると、もう後は死亡までカウントダウンするしかありません。延命措置は可能でしょうが、完治は不可能です。そして、現在は既に危篤状態まで病状は進行しています。そんな沈没確実な船に乗込むことは乗客の方から拒否するのが正しい選択です。つまり、現状のシステムにコミットしないというのが最も適切な判断。

そういう選択をする人間が一定以上になれば、現状のシステムを完全に見限ることが出来るはず。必要なのは、エネルギーを浪費して足繁く選挙に行き無駄な投票をして環境負荷を上げることではなく、もう駄目だと諦めることでしょう。
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SMAP草なぎ事件大騒ぎ報道とテレビのタブー

つまり、それが資本主義の限界と言う奴だろう。最終的な消費者が馬鹿なんだから売れているもの、受け入れられるものが良質であるという保証などあるはずがない。むしろ、そういうものは良くないものである確立の方が高い。そんなことは、もう何十年も前から実証されている事実で、世の中で一番売れているものを買うべからずは個人的には常識と言っても過言ではない。

芸能事務所が自分の事務所に所属するタレントをかばうというのは、業務上当然のことな訳だが、それも行き過ぎると害悪にしかならない。近視眼的には売れているタレントを養護できるのだから悪くないのかもしれないけれど、それは結局業界全体の質を押し下げることに直結する。結果として今のテレビ番組のほぼ全ては美瑠に値しない程度の内容しか持たないよな為体状態になっている。

それはそれでテレビ業界が自分の首を絞めているというだけなので、馬鹿な連中だで終わるだけなんですが、政治屋がそれと同じ理屈で動くというのは、既に近代民主制が機能不全に陥っているということを証明していると言えるでしょう。これも近代民主制の致命的な欠陥である、どんな馬鹿にでも無条件に参政権が与えられるという愚かを通り越して狂気としか思えないシステムに問題がある。テレビ業界に対する視聴者と同じだ。

大衆というものはものを考えることをしない生き物を指します。ものを考えないから現状を知ることもしないし、先を考えることもしない。そんな連中に無責任に無条件な権限を与えるというところが資本主義や近代民主制の救いがたいところで、擁護の余地は全くない。更に酷いことに、そういう価値観があっても構わない訳なんだが、その価値観こそが絶対的な正義で、それ以外は悪であると無邪気にそして真剣に信じている馬鹿が世の中には大量に存在しており、多数決的、資本主義的、近代民主制的決定手続きによってそれが公認されてしまっているという現実がある。

救いがたい状態であることはあからさまなので、いずれこんな社会は崩壊するでしょう。そのステップを駆け足で進んでいるのが現在で、景気も社会の停滞感も政治の腐敗も糞役人の傍若無人も絶対に無くなることはないでしょう。こんな愚かしい社会体制の終わりが人類の歴史の終わりにはならないことを願うばかりです。
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「教育費をタダにせよ」

実は1ページ目で既に答えはでているのにも関わらず、結論はそれを無視して違う方向に向かってしまっています。つまり答えは簡単なことで、

子どもたちに「スウェーデン人である前に地球人である」と教え
国家は父であり、大地は母と捉えている


ということに尽きます。だから、国家という身内同士にいくら教育費を使ったところで何の問題にもならない。ところが、日本では人間は、地球人である前に日本人だし、さらには地元住民だし、家族の一員であるという認識が強い。父は通常生物学上の父を指すし、母も生物学上の母を指す。子供は家族の所有物であるという認識が強い。だから、子供に過大な予算を使ってもそのメリットを最終的に享受するのは家族ということになり、公的な予算を割くのがはばかられる。

市民と社会の一体感が日本と圧倒的に異なるというのが原因の根底にあるのだから、教育を無料にしたところで大した意味はない。修正すべきは家族という概念の方だからだ。就学前教育にしてもそうで、就学前は益々子供は家族に縛り付けられる。一人や二人の保護者が子供に避けるコストというのは限定されるので、学習といっても押しつけをするのが良いところ。結果として躾けも出来ていない小猿が大量生産される。そのまま学校に行くから学級崩壊など訳の判らないことが起こったりするわけだ。

様々な年齢の子どもたちが、大家族のような環境で活動を行う


というような社会性を身につけている子供は日本では稀だ。勉強を楽しいと思わせる為の一番大きな障害は家族制度であることは明白だ。身内と非身内の区別が強く、その範囲が狭い程状態は悪化する。個人主義が行き着くところは、本来社会と個人の直結になるはずなんだけれど、家族という制度が邪魔をしてそれを阻んでいます。

政治と市民が剥離しているのもそれが大きな理由で、家族という枠を超えて思考することが出来ない連中が多い。恐ろしい近視眼です。そういう連中にも投票権が与えられているからろくな政治家が出てこない。仮に広い視野を持った政治家が出たところで当選しないし、当選したとしても党の方針にねじ曲げられる。得票数が正義という数の論理でしか判断できない似非民主制が政治の質をどんどん下げていく。

それで、国が国がと言い出すのも理屈が振り出しに戻っている。家族家族よりは多少マシかもしれないけれど、所詮多少マシというレベルでしかない。社会は国という枠を超えて機能してしまっているからだ。人間は最後には個人であるという認識があれば、社会と自分との関わりをそれぞれに理解せざるを得なくなる。それには知識や考え方を学ぶ必要性が出てくるから自ずと学ぶようになる。それが出来ない連中は淘汰されるだけだ。家族だの国家だのという枠をそこにはめ込もうとするから、依存が発生して楽をするようになる。学問が単なるステータスにしかならないから金がある奴がつぎ込めるような仕組みになる。金がある奴が強いというのは資本主義的原則に他ならない。

だから教育を無料にしたところであまり意味が無いだろう。それとは差別化された教育が有料になるだけのことだ。教育税を取るなんて場当たり的なことをしても根本は何も変わらない。やるべきは家族制度の廃止なのだから。その為には相続税と贈与税を大増税するのが望ましい。教育の財源を確保するならそちらの方が余程有意義だろう。
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月2万円で400年返済? 住民訴訟で敗訴の大阪・交野市前市長

良心的に解釈して、1億もの返済は到底不可能であるというのを事実と認めたとしても、それはつまり何を意味しているのかというと、政治屋や役人の権限が責任能力を遙かに超えているということになる。民間企業ならともかく、政治屋や役人の責任を国や行政機関が負うというのは、すなわち市民に責任転嫁されているということに他ならない。彼らの責任はあくまでも彼ら個人あるいは公金を利用しない何らかの形で取って貰わなければならない。

それは一見するととても厳しい条件に思えるけれど、責任を明確にしない限り、彼らは他人の財布の決裁権を持っていることになり、その異常な状態が改善されることはない。そうであるからどんな不条理なことであっても適当に、かつ安易にやってしまうわけだ。彼ら自身の無責任もあるが、それを助長するようなシステムになっているという事実も否めない。

政治家や役人というのは、特別な人間がなるべきだ。それができるのは自分のやったことに対して無限に責任を負うという覚悟があり、それを実行できる人間に限るべきだろう。昔はともかく現在であればそれなりの技術を用いれば、そういう人間だけで十分運用を回すことも可能。勿論ワーカーは必要かもしれないけれど、彼らには一切の決裁権を与えないというようにすれば良い。

その基準を満たせないような役人は全員クビにするべきだし、政治屋に到ってはまず信用出来ないというのを標準として考えた方が良い。それを改善するために、まずこういう明らかになり不正と確定した事項に関しては徹底的に責任を追及するべきだろう。こいつの人権を売りに出してでも責任を負わせるべきだ。当然、家族の財産も全て没収が望ましい。メリット部分だけでなくデメリットの部分も共有するのが家族であるべきだ。

権限の行使には責任が伴う。こんな簡単かつ当然の原則が守れていないというのが、現在の社会を歪ませている一番の原因になっています。弱い振りをして責任回避が可能なんてことが許される不健全な状態を一刻も早く打開するべきでしょう。
「町の公園管理に落ち度」 男児飛び出し事故で名古屋地裁

また馬鹿が得するということを法律が強制するという間抜け極まりないことをやっています。はっきり言って飛び出しをするような奴の責任は明白で、それによって様々なストレスを受けたドライバーの方が被害者です。逆に賠償させても良いくらいだと思います。

7歳の子供に責任を押しつけるのか? それが出来ないのなら当然保護者の責任です。責任能力が無い奴を社会に出す場合、その管理責任者が全責任を負うというのは当然のことで、子供の責任を問えないというのであれば、家族制度が有効である以上保護者が責任を負わなければらなりません。飛び出したら危ないという程度の事も実践出来ないような猿を放し飼いにして、死のうがどうしようが知った事じゃないでしょう。

そういう猿は家の中で飼うか、外に出す場合はリードなどを付けて行動の制限を設けるべきです。社会生活上最低限の制御が出来ない場合、それが生物学上なんであろうが全て同じです。ペット類はそうやって飼育されているので、しつけの出来ていない猿も同じように扱うのは当然のことです。

にも関わらず、責任能力も無いような子供に対して人間として扱おうとし、かつ親権者の責任も曖昧なままにするから、こういう訳の判らない不条理判決が横行することになるんでしょう。結果過剰な規制や、安全対策と称する無駄に大量のコストが消費されることになります。

そして、その環境を前提としてこれまで以上に馬鹿な親と無能な猿が大量生産されるという悪循環に陥るわけです。これを断ち切るのは、一定基準に達しない無能者は切り捨てると決断する以外に無いでしょう。馬鹿を救えば当然馬鹿が大量発生することになります。それは社会の癌細胞となり、全体をむしばむ結果となります。これが自分の身体だとすれば、当然早い内に癌細胞は切り飛ばすという選択をほとんどの人がするでしょう。同様の判断を社会の中でも行うべきです。

これ以上馬鹿対応に無駄なコストを割くのは無意味を通り越して害悪です。すぐにでも止めて頂きたいです。
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といって、そこに旧日本軍にひかれた若者像をだぶらせるのは早い。


とわざわざ断らなければならない程に危険な兆候ということだろう。吐き気がするような事態だと感じる。結局他力本願であるということを認めてしまっているから、企業のせいだとか社会のせいだとか、そういう発想になる。弱者救済を大儀とする考え方が存在するということは認められるけれど、それは必ずしも真実とは限らない。そもそも誰かに与えられた大儀を真実と信仰することは当然健全とはほど遠い精神構造だ。

結局現時点では、何かがあっても誰かに助けて貰えるという連中だけがそれに乗っかっているだけであって、本質的な意味では過去となんらやり方は変わっていない。目の前にぶら下げている餌の食材を変えたに過ぎない。その場その場の欲求だけで判断を下しているという意味では、フリーターと何ら変わるところがない。その差は大儀があるかないかでしか無い訳だ。

企業が世間知らずな学生達をどうやって集めるかという点だけに話を集約するならば、ある程度の効果はあるのかもしれない。けれど、これを以て本質的な何かが変わったと判断するのは完全に間違っているように感じられる。

結局大儀などという怪しげな言葉を使った段階で、それに群がるような連中は危険だと考えざるをえないでしょう。それに更に一定の自己犠牲が伴うとなると益々始末が悪い。自分は大儀の為にこれだけの犠牲を払っているのにという理屈が働くからだ。自分が正しいと信仰することのためならば、他人に対して銃を撃つことも当然だ。という発想はこの思考パターンから生まれる。大儀や正義を口にする連中はまず疑ってかかるべきで、その発想はテロリストと同じだ。

企業がその手法を持ち出すということは、結局はまた企業の奴隷を再生産をどのようにするかということでしかない。それはすなわち『目先の収益の確保以外』考えていないということでしかないだろう。そんな発想をしている内は、最終的には企業としてまともなものにはならないと容易に想像できます。
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著作者検索ポータル、権利者団体が開設 保護期間延長は「金の問題ではない」

300万とは… こりゃまた偉くケチりましたねぇ。本気でプライドをかけるって言うならもっと金を出してきちんとしたものを作ればいいのに。その金額じゃやっつけ確実って感じがしますね。将来性についてもかなり懐疑的にならざるをえません。

こいつらの目的はもう確実に判っているんですが、それでも未だに「金じゃない」と言い切る辺りの図太さには恐れ入ります。もし、本当に金じゃ無いというのであれば、申請だけすれば無料で使えるって仕組みにすればいいんじゃないの? なんでそれをしないのか? それはすなわち金だからに他ならない。

著作権が切れる、切れないが作者や作品の優劣に直結すると考えている時点で浅ましくて文化を語る資格を有していないと判断できます。結局金を生み出せるかどうかでしか作品を判断していないということになりますからね。そもそも、著作権というもの自体が基本的に金を儲ける為の仕組みでしかないのだから、それが切れることで価値が落ちると考えているような奴は金の亡者であるということが確定できます。勿論、著作者本人であれば、金銭的利益を求めるのは、当然とも言える行為ですが、死後50年だの70年だのって時点で、当人以外が利益を求めているってことになる訳ですから、個人的には議論の余地無く、廃止や緩和はあっても強化はあり得ないって考えます。

前から言ってますけど、本当に著作者のプライドを守りたいのであれば、こいつらは全員クビにして、もう少しマシな人間に入れ替えないと、何かを発言する度に敵を作ることになるし、主張そのものも品性下劣で聞く必要なしと判断されてしまうことになると思いますよ。

っていうか、谷崎も乱歩も、勿論カミュもへミグウェイも確実に草葉の陰で泣いてるよ。