Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 アニメレビューが多め。「シムーン」「RED GARDEN」「精霊の守り人」「ef」。止められそうもないです。

英数字が5割以上のコメント、TBは投稿制限しています。またスパムと判断されるものは問答無用で削除します。
いじりといじめについて、あるいは悪いコミュニケーション

いじりが本当のところどうなのかは置いといて、それでもこの理屈で悪いとすることは出来ないだろうと感じます。怒らせる可能性が高いから駄目というけれど、じゃあどういうやり方なら怒らせる可能性が低いと言えるのだろうか。理路整然と批判されるとかえって怒りやすい人だって居るかもしれない。相手を怒らせる可能性云々と言い出したら、何も出来なくなってしまうんじゃないだろうか。

怒った相手に対して、何故怒ったか判らないと反応する時、本当に判らない場合だってあるでしょう。挨拶したら相手が怒り出したって時に「しまった言い過ぎた」と考える人間は希でしょう。そう考えなくても相手への敬意が足りないとも思わない。

僕は実際にはこの話の元となっている「いじり」がどのようなものだったのか知りません。だから、実際にはこのいじりが酷い挑発で、敬意の欠片も感じられない内容であったのかもしれない。けれど、それを理由に悪であると一般化するのはやっぱり危険だろうと感じます。

「この事実」はあくまでも、かなりの前提と制約の上で成立している。ということを認識することでしょう。ある場面で正しいことであったとしても、それが常に正しいわけじゃない。規制賛成派にも通じることですが、局所的、限定的な正しさで全てを括ろうとすると、とんでもないことになってしまいます。
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公務の執行を妨害する自由は たいせつだよ

自由の話。簡単に書くと、権威主義は自らの自由を犠牲にして成り立っているという自覚を持つ必要があるだろうという話か。「公共の利益」とか言い出す人間のかなりの割合が、公共の利益とは何かという部分について思考停止しているという感触は僕にもあります。本来であれば、自ら考えた上で公共の利益を守ることを重視するという考え方も成立するはずなんですが、そういう主張をする人間に公共の利益とはなんぞやと問うたところで答えられない人間の方が多いので、経験的にそういう表現をする奴は怪しいと感じてしまう。

官憲にしても同様で、彼らのような命令形態で動くことを是とする者の場合、そもそもそこに判断を入れることは良くないことであるという前提が暗黙の内に入っていることも多々あるので、その手の職業に従事しているという段階で半分は自由を放棄していると考えられる。

ただし、法律とか政治とかの類というのは、基本的には思考能力が無い連中を如何にコントロールするかということを主眼に作られています。判断能力が無いのだから、レールを引く必要があるし、その通りに進んでくれることが彼らにとって効率的で都合が良い。よって、そのような教育が積極的に為されていたりする訳なんだけれど、それは自らの足下を切り崩すことと同義の自傷行為であるということに気付かない場合も多い。

それもこれも、平等という思考に問題があると僕には思えます。生物学的な意味で人間であればすべからく平等であるべきだという考え方を無理矢理実行しようとするから、こんなねじ曲がった現実が出来上がる。自由には責任が伴うと言う割に、最も責任を放棄している人間が好き勝手なことをしていたりする。

本来権力の力を使って暴力的な行為を合法化している官憲が、公共の利益を守る自由を行使するために使えば、権威を利用している分だけその責任は重く問われなければならない。だから、冤罪は連続殺人よりも罪深い。にも関わらず、現在の法律はそのバランス感覚を失っている。だから安易な取り締まりを行う自由を平気で行使したりする訳だ。彼らに対して相応の責任が問われているならば、現在の法律を変えるべきだというもっと積極的な発言が彼ら内部から出て来ると思うのだけど、それがない。その理由は明らかに行使する自由の大きさに対して責任の大きさが伴っていないからだろう。

そして、多数派の影に隠れて思考停止している連中もそれと同罪だと僕には思えます。法律や道徳、あるいは宗教は便利な道具ですが、人間の根幹部分に関わるものであるだけに、最低限の思考能力さえも奪ってしまいます。進行すれば人間は容易に畜群に落ちていきます。現在の多数決というのは、その決の質を全く問題にしていないという部分に重大な欠陥があります。これによって正義や法律が決定されている以上、その内容が信頼に値するものであると信じるのは、鰯の頭を神とあがめるのと変わらない行為と言えるでしょう。
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サマータイム導入を面倒くさがる日本

偉くお気楽なノリでサマータイム導入を呼びかけています。良く判りませんが、ここで挙げられているメリットの全てにサマータイムが必要だとは感じられません。北海道の市場を2時間早く開始したいなら、開始時間を2時間早めれば良いだけのこと。わざわざ時計の方をずらさなくても開始時刻の方をずらせばいい。

休日は平気で午後まで寝られる人なので、陽が昇っているのに寝ているのは勿体ないとはまるで思わない。遊ぶにしても、陽が出ていなければならない理由はまるで思いつかない。よってなんのメリットも感じず、面倒な手続きだけが年に2回訪れ、その度に生活リズムが壊されるという踏んだり蹴ったりの状況だ。

アメリカだのオーストラリアだのという広大な面積の国土を抱える国は、そんな単純な問題では無くなるのでしょうが、これまで何十年も時差無しで全く問題無い生活をしてきている日本で、あえてサマータイムを導入するべきだとするには、理由付けがあまりに陳腐過ぎます。

そんなに実験的にやってみたいというなら、自分と自分の周囲だけでやればいいんじゃないの? 5時にでも4時にでも好きな時間に起きればいい。それでメリットを独り占めにして喜んでいてください。ただし、僕らは巻き込まないでください。迷惑千万です。
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医療クライシス:脱「医療費亡国論」/1 かさむ費用

日本は先進7カ国で最も高齢化率が高いが、国内総生産(GDP)比でみた医療費は最も少ない


他国との比較は参考程度にはなるものの、それ以上の指標にはならない。日本と、他の6カ国とを比べた場合、高齢化率とGDPと医療費以外のパラメータが全く無視されている。そんなデータにどれほどの意味があるのかと考えると、ほとんど意味が無いと感じます。この手って統計のマジックだと思う。

医療費と経済成長率が関係しているのは当たり前のことで、国民皆貧乏であるなら、医者になんかかかることが出来ないのが、風邪引いた程度でも病院に行けるようになればそりゃあ医療費は増えるだろう。けれど、それは日本のような制度においては頭打ちが来るはず。何故なら全国民が普通に病院を使えるような経済状態になれば、頭数という意味に於いては頭打ちになるはず。

医療の高額化が医療費増加の最大の要因だ。だとして、その高額医療を使っているのは果たして誰か? もしそのほとんどが高齢者であるならば、高齢化が高額医療の頻度を上げているってことになる。だから、医療そのものが高額化しているか否かと高齢化云々は背反するものではない。

ましてや、格差格差と騒がれているご時世で、若年層に低所得者が増えているという傾向が見えるのであれば、病院を使っている人間の比率がどの位なのか、年齢別の医療費分布と年代別の資産分布を50年分も出して加味すれば、推測可能なんじゃないかという気がする。高額医療と一言で片付けないで、その中身を解析することも重要でしょうね。

「来年の100円なら何が買えるか想像できるが、20年後の100円で買える物は想像できない。単位が兆になると、みんなそんな単純なことを忘れてしまう」


というのも詭弁なように思える。65兆円というのは、そのまま値頃感にもなっている。20年後の100円で買えるものが今の半分になっているとしたら、医療費も倍の130兆円になっているでしょう。そんなのは当たり前のことで、現在の貨幣価値を基準とした場合という前提は断っていなくても入っている。というか、それを入れずに20年後の数字を出せるのは、ドラえもんの友達位だろう。

ひょっとしたら話を噛み砕く段階でおかしくなったのかもしれないのだけど、結論ありきの内容になっているように思えてならない。ここで出てきている根拠にまるで説得力を感じない。本当のところがどうであったにせよ、税金でやってるんだから、もう少しちゃんとした結論が欲しいという気がします。
タクシー台数を再規制へ、規制緩和による供給過剰に歯止め

資本主義への挑戦って感じですね。色々と問題の多い資本主義ですが、この手には最適解をもたらしてくれることが多いんですが、何故規制強化した方がマシだとまで感じられてしまうのでしょうか。その答えは簡単で、規制緩和というけれど、結局中途半端な緩和しかしなかったからというのが実際でしょう。

過当競争と言うけれど、都心部のタクシー料金はほとんど変わりません。サービス内容だって変わらない。例えばリッターカーのタクシーとかって見たことないですし、軽のタクシーだって未だに認められていません。来た車を拾うという形式上、選択をすることもあまりできない。それって本当に競争原理が働いていると言えるんだろうか?過剰供給自体は、本来一過性のもので、望ましいとは言わないまでも、あながち悪いことでもない。それを経て適価、適切な供給量へ収束していくというのが本来の流れなんじゃないだろうか。

けれど、実際には部分的な緩和の為に、緩和した部分は競争が発生したものの、それ以外の部分では昔ながらの論理で商売がされていた。その捻れが現在の業界の不況を生んでいるという気がします。タクシー業界の人達は大変だという話は聞いたことがあります。それは気の毒ですが、自らの行いを見直さずに、お上に何とかして貰おうなんて考えでいるのであれば、それは間違っているんじゃないかという気がしてなりません。
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日雇い雇用は原則禁止 派遣会社の手数料開示も

あーあ、やっちゃった。これでワーキングプアと呼ばれている人の内何割かは、ワーキングが外れて単なるプアになってしまうことがほぼ確定でしょう。禁止とかって強硬なやり方をすると、回り回って自分の首を絞めるだけなんですが、まぁ政治屋や糞役人共には所詮他人事ってことで、禁止したってポーズが重要なんでしょうね。結果を問われる仕事じゃないですから、幾らでも無責任なことをやれます。お気楽極楽な商売です。

「派遣会社が得る手数料(マージン)の開示」っても微妙だなぁって感じがします。仮に開示して、高いとか安いとか判ったとしても、だから何が出来るのかって言われると困る。幾ら以上のマージンを取ってはいけないってルールも当然望ましくない。派遣会社が契約している顧客に幾らで仕事を請け負っているかは、その会社の営業手腕にも依るものなので、一概に金額だけで高いだの安いだの決められるものでもない。

一応格差社会とか騒がれているらしいので、手を打ってる振りくらいはしておかないと風当たりが厳しいんだよねぇ。って程度にしか考えていないだろうと丸わかりの悪手です。こんなアホらしい法案は通らないことを祈るまでですが、通らないなら通らないで、そんな草案を税金を使って作っていたと思うと、役人という存在そのものが無駄遣いってことだなと良く判る。この程度で毎日深夜残業でタクシー使わないと帰れないなんて言われても、ふ・ざ・け・ん・な にしかなりませんね。

実績がでない労働=無駄遣い です。彼らに求められているのは結果であって、過程ではありません。それだけ効率が悪いことをやって、この程度の結果しか出せないようなら、無能ってことが確定するんで、解雇するべきでしょう。
相続課税強化が浮上、格差の是正焦点に 税制改正論議

相続税の増税は基本的には歓迎。不労収入からなんて幾らでも取って構わないというのが基本路線。ただし、相応の準備をしてからじゃないと、諸々問題が起こるだろうし、結局逃げ道を作られてしまう。逃げ道を塞いでから絞め始めないと何の意味もない。

とはいえ、現状から大幅に強化しても特に問題は無いでしょう。最低額引き下げということらしいけど、更に引き下げても問題無いと思う。上限の引き上げも行うべきでしょう。税率も3倍位までなら全く問題無いように思える。

自分で稼いだ金は自分で使う。これが基本。相続という制度が家族制度の強化に繋がっている。相続という制度を潰すことが家族制度を崩壊させる近道にもなり、税収も増える。資金の逃げ道さえ潰して、現役世代に対して大幅に減税してやれば景気向上にも役立つ。一石三鳥の好手だ。

しかしまぁその前に役人共の無駄遣いをなんとかするってのが第一ですけどね。当然役人の人件費が一番の無駄遣いなので、首切りから始めるのがよろしいでしょう。役人の数が1/3位まで減って、人件費が1/10程度まで減ったら、少しは増税の話も考えてやらないでもないって感じでしょう。
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なぜ止めない「成果主義」? あなたは「成果主義」と「年功制」どちらがいいですか?

つまり、自称頑張ってる人が可哀想だから成果主義はやめた方が良いってことですか… 一体どこまで馬鹿を甘やかせばいいんでしょうかね。呆れかえります。そんな程度の事で鬱になるようなら、どうぞ好きなだけなってください。社会から必要とされていません。消えて頂いて結構です。

不当に評価されている。それに自身があるならそんな会社見切ればいい。世渡り上手だけを優遇している会社なら、いつかしっぺ返しを喰らうでしょう。本当に不当な評価をされているなら、正しく評価してくれる会社に行けば相応の結果を出せるでしょう。ただし、頑張っているだけでは無意味です。人一倍どころか、人百倍、人千倍頑張っても結果がでなければ無意味です。頑張っているという事実自体は無価値ですから。

目先の成果に一喜一憂するというのは、成果主義が正しく機能していないという証拠。そんな例を出されて成果主義全体を批判されても、話にならない。当然年功序列の方が良いなんてことには絶対にならない。無能者が評価される仕組みは、百害あって一利なしです。





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非承認型社会「日本」へようこそ

承認が必要だとして、それを黙っていても勝手に承認してくれるとでも思っているなら、大きな間違いだし、そうなるべきでもないでしょう。必要なのは、自分が承認されていないという事実に気付くこと、そして承認されるために何をするべきかと考え、それを実行することです。承認されていないからといって、それを他人のせいにして癇癪を起こすなどということは到底認められません。

大体「自らが他の誰とも代替不可能な存在として認められる」なんてそう簡単には起こらない。オンリーワンであるなんて、何億人に一人程度しか居ないだろう。結局大抵はそう思い込むという自慰行為で満足しているに過ぎない。SMAPの歌を嫌悪感を覚えずに聞ける連中などというのは、高い確率でそうだろう。

生まれながらに無条件にオンリーワンであるなどということは、あり得ない。そうなるためには相応の努力と、相応のアピールと、相応の実績が必要。その渇望が本来であれば原動力になるはずなんだけれど、それを早々に諦めてしまっているような奴は、当然人間の屑として処理される対象になるだろう。そんな奴に高賃金など与えられるはずもない。だから使い捨ての消耗品として扱われる。当然のことだ。人間だからという理由だけで、オンリーワンであるなどというのは幻想以下の妄想だ。

その代替を家族や恋愛に求めるのは構わないけれど、それも大抵はまやかしに過ぎない。特に恋愛に関しては顕著で、結婚までしても離婚する確率が高くなっている要因は、目先のまやかしに目が眩んだ挙げ句という原因もあるだろう。所詮自らで確立していない承認など、無意味なものだし、容易に取れる承認は容易に取り消されるものでしかない。それにしても、自ら獲得する必要があるだけ恋愛の方がまだマシで、無条件的な承認を撒き散らすというのも家族制度の大きな害悪の一つだろう。

個人がコミュニティの中に埋もれていた時代は、そこに帰属するというだけで一定の承認が与えられていた。だからそのコミュニティに存在できなくなるという行為が恐ろしかった訳だ。村八分などというのが意味を持つのは、そういう前提があるからであり、村に所属することに意味を持たなければ、そんな村など捨てて行けばいいだけの話になってしまう。虐めが低年齢層に多いのも同じ理由で、コミュニティに所属することで得られる承認のみを頼りにしているから、そこから拒絶されるのを恐怖する。自立した人間に虐めというのは、大きな効果は発揮しない。その特定のコミュニティの承認を基本的には必要としていないからだ。

人間が人間として生きるためには、個人としての自立が不可欠になる。それが出来ない連中は、その段階で脱落者として扱うべきだろう。彼らを救う為に、この流れを逆行させてはいけない。彼らは淘汰されるべき対象であって、救済するべき対象ではないのだから。
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「成果主義は失敗だった」と企業は明言せよ

今行われている成果主義と称する制度は失敗だった。それは確かですが、それをもって成果主義が失敗だったとは言えない。簡単に言えば、

成果主義は評価が難しいと誤解されていますが、実は簡単なのです。表面上の数字だけで機械的に点数をつけていけばいいのですから。上司は何の判断も下さなくていいわけです。


と定義されているのが、ここでの成果主義ですが、こんなものは成果主義と呼ぶに相応しくない似非成果主義でしかない。成果主義の最も難しいところは、実は管理職にあります。彼らが正しい認識と価値観を持って成果を行わなければ成果主義などというものは成立しません。それを表面上の数字だけで機械的に判断し、なんの判断も下さないとなれば、そんな上司の存在は無意味です。その程度のことは数万円のパソコンでだってできることでしょう。

結局、成果主義が導入された時点の管理職というのは、年功序列で上がってきた連中だった訳で、無能を絵に描いたような集団だった。そういう連中に成果主義をやらせると、こういう歪なことになったというのが一番の原因でしょう。必要だったのは、この程度の管理しか出来ない管理職の成果を認めないという姿勢だったのですが、成果主義と良いながらも年功序列的な部分も併用している会社が多かった為に、それは出来なかった。だから、結果として訳の分からないモドキが完成したということでしょう。

成果というのは必ずしも短期的な数字で結果が見えるものではない。数字に出てこないことをするのは愚か者という風潮を蔓延させたのは、成果主義ではなく、成果主義をコントロール出来なかった無能な管理職の責任だろう。少なくとも年功序列の生き残りが消え去るまでは成果主義は上手くいかないかもしれない。けれど、だからといって止めてしまったのでは、元も子もない。

手法を変えながら徐々に正しい方向に修正していく必要があるでしょう。管理職に求められる資質というものも考えなければならないでしょう。誰でも管理職にならなければ出世と言えない。管理職にならなければ給料が上がらないというのは間違っている。営業として数字を挙げる事が得意な人間でも管理職として有能とは限らない。だったら、管理職にしなければいい。そのまま営業として仕事をして貰って、挙げた数字に見合った給料を払えばいい。結果として管理職よりも高い給料を貰うことになっても、なんら問題は無い。

そういう発想で、本当に必要な能力を持った管理職が一定以上の数になった時、やっと成果主義はきちんと回り始めるんじゃないでしょうか。ここで、成果主義に十字架を背負わせてしまったのでは、管理職の無能さがまた見逃されてしまいます。どんな制度もそれを動かす人間が無能なのでは、どうにもならない。特に、全体をダイナミックに動かしていこうという制度になると、それが如実に出ます。成果主義に失敗した会社は、管理職の選定基準を根本的に見直すと言うところから始めるべきでしょうね。
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また秋葉原で…男が警察官に切りつけ軽傷負わせる

えっと、少なくとも万世橋警察署は、市民の敵であるというのは確定事項なので、職質から始まったという時点で、ほぼ警察が悪いと判断できる。と思っていたらやっぱり「刃渡り約7センチ」だよ。アホか。こういう悪質な職質が頻繁にされているというのは、例の事件以前からの話。はっきり言って継続的なだけに、通り魔と同じレベルで止めて欲しいと思う。

だって、今の秋葉原って通り魔にあうのが怖い以上に、クダラナイ職質による冤罪で連行される方が何倍も怖いですからね。

警察にこういう行為を許している法律、もうかなり以前から問題にされてきているにも関わらず、今現在も続けているという警察の体質。そのどちらも話にならない程酷いレベルだと思う。まず、警察に声をかけられて、たとえ警察手帳を提示されたとしても、不審者、犯罪者だと思って扱うのが基本。協力しない。職質にも応じない。それが一番でしょう。弁護士の連絡先を幾つか知っておくのもいい手かもしれない。ちょっと脅せば何でも言うことを聞くと思っているから、こういう行動に出ているんでしょう。警察官などテロリストと同じ扱いにするのが適切な対応です。絶対に妥協しないって姿勢が大事。

忘れてはいけないのは、警察官も所詮は役人ってことだわな。所詮病原体の一種ってことだよ。
「ねじれ」の実態と克服策を改めて考える

「再可決要件を失った上に「ねじれ」は解消されないという事態」が良いことだとは思わないけれど、それを嫌がって安易に妥協し、また自民党や糞役人共の好き勝手にされるくらいなら、一時的な停滞はこの際仕方ない。まずなによりも重要なのは、現状の役人主体の政治システムと、利権漁りに必死な政治屋の排除であって、それを為しえればこの際手段は問わないと言いたい気分です。

個人的には、民主党を支持するというところまでは行っていないものの、みなし否決戦法は自民党にとってボディーブローにはなっている事は確かでしょう。自民党は結局法律を逆手にとって強硬採決しているじゃないかという印象も付いてきています。少なくともアベの当時のように、次々と強硬採決があまり意識されないうちにされていくということに比べれば相当マシな状態だと言えるでしょう。

これをなんとかするのにアメリカ方式が本当に良いかどうかは判りません。けれど、少なくとも大統領制というのが根本にあるのは確か。日本のような首相制ではアメリカ方式は実現不可能でしょう。大統領制は、少なくとも今の日本の政治体制よりは改善可能性が高いと思っているので、制度変更は大歓迎です。

国家の政治の状態はその国特有の事情で行われるなどというのは当然のことで、そこまでして国際社会について行かなくてはならないと考えるのは、間違ったグローバリズムだと僕には思える。当面の何年かを問題にして、現状を容認すれば、今後数十年あるいは百年以上にひびく間違いを犯すことになるかもしれない。糞役人と馬鹿政治屋を徹底的に排除するには、なかなか良いタイミングが来ているのかもしれない。ここで徹底的に叩きつぶすのが得策だろう。
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キリストを侮辱する言葉が書かれたシャツを着ていたとして16歳の少年を逮捕

多くの日本人にとって、こんな出来事は出来の悪いジョークにしかならない嘲笑の対象だと思うけれど、実際には、人ごとだと思って笑っていられる状態ではありません。この事件が日本で嘲笑の対象になるのは、価値観の軸が宗教であるからなんだけれど、宗教を軸にしていないものは、今の日本でもどんどん増える傾向にあります。

ともかく何かを規制しましょうという風潮全般がこの事件と本質的に同じであるという認識が必要。その価値観に同調しない人間、この例で言うなら宗教など糞喰らえだと思っている人間、からすれば全く問題がないどころかむしろ積極的に主張したいような内容であったとしても、それを国家機関が犯罪として拘束されるわけです。こんなえげつない話はありません。宗教など害の方が圧倒的に大きいという良い証左です。

日本でも萌えキャラがパンチラした絵柄のシャツなんかを着てると逮捕とかあるかもしれません。いや、アチコチで小型のVICTORINOX所有程度で逮捕されかけたなんて話も聞きますから、オーストラリアのことを笑える状態じゃ既にないかもですね。

規制歓迎派は、そいつらだけで集まって、北海道とか四国とか九州とかの島に隔離して、健全な生活を自分達だけで送って欲しいものだと常々思っているのですが、自分達の正義は普遍的なもので、それを守らない奴は淘汰するべきだという考え方が何故かあるようで、下は禁煙運動から、上はイラクの侵略戦争まで様々なレベルで、正義の高額な押し売りが行われています。こじつけも相当あって、まさに竿竹屋がヤクザ屋位しか対抗できる相手は居ないって状態です。

モラルとか、正義とか、マナーとか、そういう言葉を振り回す連中は、かなり高い確率でテロリストと同じ原理で動いています。たまたま自分の嗜好が多数派であったというだけで我が物顔をしているに過ぎません。なんらかのきっかけで多数派が転換すると、一気に魔法が解けるという程度の奴等です。

自分の思いを信仰すること自体は自由です。それを推進するのも良いでしょう。けれど、押しつけたり、権威付けたり、挙げ句の果てにそれ以外を禁止させたりというのは、近代以前の人間の発想と同じです。思考が全く進歩していない愚か者のやることです。このオーストラリアの関係者は勿論、日本の一部の政治屋とか、ユニセフを自称する団体とか、喫煙や児童ポルノ所持規制に積極的に賛成する輩とか、偉そうに何かを語る資格が無い連中だということを肝に銘じておかないと、今度は自分達が笑われる立場になってしまうでしょう。
これでいいのか?後期高齢者医療制度で低所得ハケン労働者が負担増

「加入者における老人の割合によって決められた拠出金額が、加入者の総数によって計算されるようになったこと」がフェアかアンフェアかというと、僕はフェアだと思います。むしろ、自らの組合に高齢者が居ないからといって、拠出から逃れられるということこそ歪な制度だと言えるでしょう。つまり、問題はそこではなくて「その平均年収は280万円」という根本的な金額の部分。あるいはその年収における保険料の負担割合ということになります。これは保険組合に対する拠出方式とは別問題です。

この数字だけを見て、年収が低いとか高いとかを語ることはできません。要は仕事の内容に比較して報酬が低いかどうかが問題な訳です。テンプのねーちゃんとかの場合、そもそも責任が軽い仕事がメインという認識があります。それが正しいのであれば、280万という年収は高いとは言わないまでも、妥当だと思える。

事務系などの場合、仕事の内容は実はあまり問題じゃなくて、責任の重さの方が問題。それが軽いから仕事の価値が低い。主婦業の給料を計算とかたまにやってますけど、あれが全く意味を為さないのは、この責任に対する価値の部分がごっそり抜けているから。給料を払えるようなレベルじゃないって程度の主婦の方が圧倒的多数でしょう。プロのコックやら清掃業やらの仕事と比較するなんて論外な訳です。

それと事務系派遣の仕事も同じ。テンプの派遣で貰える仕事などの場合、プロパーと同等の報酬が貰えるはずがありません。だからこそ派遣の仕事をしているという人も居るでしょう。というか、本来派遣とというのは、そこにメリットを感じられる人がやるべき仕事です。その辺を理解しないで派遣の仕事をしているとするなら、そいつは単なる馬鹿ですから救済の必要性を感じません。

「低所得ハケン労働者が苦しんでいる」というだけでは問題として成立しません。低所得ハケン労働者が苦しんでいるというのが、不当であるということが証明できなければいけない訳です。で、今現在に到るまで、その部分について納得の行く説明を見たり聞いたりしたことがありません。なので、それがどうしたという印象しか持てないでいます。

まぁジジイとババアの為に何万も費用を払えるかよってのは別枠であります。低所得者の負担割合を減らすべきだという主張も通用しなくもないかもしれない。しかし、社会の情勢を考えれば、負担が増えること自体は致し方ないという気がするし、低所得者の負担割合を云々言うなら、非低所得者の負担割合がどの程度なのかなどのデータが無いと判断出来ないところでしょう。個人的には年4万アップというのは、許容範囲なんじゃないかという気がしますけどね。
居場所なかった77歳「3回ぐらい殺そうと思った」

切なすぎる話。家族制度が、その最低限のことすら機能しなくなってきたということが良く判る事件です。首都圏内に土地を所有し、持ち家で、息子の為に別棟を建てるほどの余裕がある生活をしていたにも関わらず、本当に自分が困った時には、邪魔者扱いされ、孫には近づくなと諭されている。それを知った時の絶望感は相当のものでしょう。

僕ならば、何らかの理由を付けて妻と餓鬼共を追い出して、あるいは自分が出て行ってもいいですが、金目当ての若いネーチャンとでも暮らすことを選択します。自分が生きている間に財産を全部使ってしまうのが理想的でしょうね。けれど、彼はそうしなかった。それが家族制度の束縛って奴です。

ほとんど害悪しかない家族制度ですが、僅かに残ったメリットの部分すら機能していない。だとしたら、この制度を維持する理由は全く認められません。家族制度は現代社会の問題点に対して、相当大きな要因を占めています。一刻も早く解体するべきです。

4歳にして家族制度の犠牲になった幼い命に対して、ほんとうにやるせない気持ちになります。
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