Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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今回はなかなか来てました。つか、ノリはほとんどエンタのコントでしたけど(笑) なんでバレないのとかそういう突っ込みは無しです。香田がいつもしつこめなんで、それが抑えられてかえって良い感じでしたね。

遠くへって言われて地獄行きになってるのが、爆笑しました(爆) そろそろ姫路ネタが欲しいなぁ。個人的に姫路押しなんで(笑)
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報道を勘違いしてないか?
ついに小寺氏がNHK問題の、しかも役割の部分に食いついてきました。

さて、この議論は根本が間違っているからこういう結論になるんだと思います。NHK縮小論も同様です。つまり、NHKの役割とはなんなのか?という本質を問わずに、その価値を資本主義的価値観だけで計って改革をしようとしたりするもんだから、頓珍漢な結論が出るわけです。

卵が先か鶏が先かの部分はありますけど、いきなり視聴料強制なんて話が出るから、なら、みんなが見たい番組を作れ。となるし、公共性の維持には金がかかるとか言うと、じゃあ最低限の規模に抑えれば良い。ってなる訳です。これはある種の民間企業なら何ら不思議じゃない議論で、真っ当に資本主義的です。けれど、NHKってのはそういう次元では語りきれない訳です。

こういう放送こそ、視聴率の縛りにとらわれないNHKの役割


つまるところ、多くの人が見たいと思わない番組を作ることがNHKの役割だと言っているわけです。その意見はNHK存在意義の真理だと思います。かといって何でも良いというわけではない。当然それに値する文化的価値が必要な訳です。この文化的価値というのが、まさに資本主義的価値とは水と油、ハブとマングース位相性が悪い。だから、ビジネス以外には頭が働かないような奴が、会議に少しでも居ると話が悪い方向に行く訳です。

何せ日本は資本主義国家だし、大衆は資本主義の奴隷ですから、その言葉は妙に説得力があるように聞こえますし、その価値感は多数の民意をまさしく反映している訳です。間違ってますけどね。絶対的に。

詰まるところ、人選が間違っている。大体オリックスの会長が議長なんて、そもそも???でしょ。そんな状態なんだから、「企画・特集もの」と、「撮って出し」の区別なんて付ける必要が理解されるはずは無いでしょうね。残念ですけど。
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とりあえず物語が収束したので、ここで一回纏め。自分用メモが主用途です。よって間違い、訂正の可能性大です(笑)

9話までの話の主軸は明らかにネヴィリルの変化。しかも、刻々と変わっていて、この様を理解できていないと、次からの展開を誤解する可能性があります。そこで、ネヴィリルの心境の変化過程を記述してみます。一言で言えば「アムリアに対して、アムリアの望む形で決着を付ける」過程と言えると思います。

まず、ネヴィリルの初期値についてですが、シヴュラとしても人間としても非常に真面目な娘であるということ、そしてアムリアはネヴィリルにとって絶対的に特別な存在であるという点が重要です。

1話で既に『巫女が戦闘をすることへの疑問』の存在が、アムリアとの会話から見て取れます。しかし、迷いながらもアムリアの「戦う」「強く」とい要求に答える形で戦闘を行い、結果としてアムリアを失います。

2話では、自らの迷いでアムリアを失ったことに対する『自責』が見えます。そして、エリーに誘われるままに泉に行くという『逃避』に入ります。そして、泉までの道程やエリーの言動で『泉は逃避であることを理解』したと感じらます。また、その後もアムリアの回想シーン度々入ることから、それは『アムリアの意志に反する』ことであり『裏切り』であるという思いが想定できます。なので、9話でオナシアが「エリーの慟哭」という台詞をネヴィリルに向けたことは重要です。また、この段階では「巫女と戦闘」については決着していません。

3?5話の間はネヴィリルへの表現が抑えられています。基本的には大きな変化は無く『迷ったままでは飛べない』『泉には行けない』為に、八方塞がりという状況となり、引き籠もりが始まります。そこで、アーエル、リモネ、モリナスといった、これまでとは異質の価値観にふれることになります。ちなみに、ネヴィリルは何度も「決められない」という意味の発言をします。裏を返せば「決定の必要性」を認識していることになり、『逃避』を否定して次の行動を模索していることが想定できます。

6話でパライエッタの告白が、ネヴィリルに『決断と行動』を促します。パライエッタの「裏切られたとは思っていない」は、自分を愛する人からの台詞という点で、アムリアの言葉の代弁という解釈が想定できます。つまり「新しい選択は裏切りじゃない」という一定の方向付けがされたと考えられます。

7話で新たにマミーナの価値観が加わります。しかし、ここまで全てのラブコールは肘鉄状態です。アーエルですら、最初はきっぱりと断られています。この時点では、まだ「飛ぶこと」も「パルを誰にするか」も決定されていないように見えます。信仰に対する価値観が成立している限り、マミーナやアーエルを選択することはあり得ません。

8話のアングラスは敬虔な巫女であるということが重要です。敬虔な巫女が選択した行動は自爆でした。「巫女と戦闘」と同じくらい「巫女と自爆」にはギャップがあります。ここで『信仰への疑問』が発生し、それが『信仰以外の価値観への決意』へと繋がると思われます。これまでの過程があって初めて信仰を疑うことが出来たのは、言うまでもありません。仮に3話辺りでこの事件が起こったら、恐らく全員死亡で終わったでしょう。

9話は8話での決意をオナシアに話します。ここでの発言は、彼女の葛藤の過程をきちんと踏まえて語られています。なにせ8話分ですから激重です。いきなりでも、急激にでも、仕方なくでも無く、ここまでの流れは整然としています。そしてこの会話で、決意が確定し定位します。あの涙の意味は言葉に出来ないものがあります。


※ ちなみに恐らくネヴィリルがアーエルを選んだ理由は『強さを求める』という共通点なんじゃないかという気がしてきました。この場合アーエル≒ネヴィリル≒アムリアが成立します。

<自殺対策法>8年連続で3万人超… 超党派の議員立法で

一見、それは良いことだと思いますよね。中身が決まってない内から言うのも何ですが、これも暴走をする可能性はあります。例えば、あなたは自殺何かするつもりは全くなかったのに、ある日役人が来て「あなたは自殺の恐れがあるので、当局で安全が確認されるまで保護します」なんて来られたらどうします?

自殺する恐れがあるかないかなんて、他人に判るもんじゃない。権力者がその気になれば、誰でも自殺候補者にすることなんか簡単ですよ。ほら、気に入らない人間は全部合法的に軟禁することが可能になります。政府の言うことを素直に信じるとひょっとすると酷い目にあうかもしれませんよ。
駐禁取り締まり委託先36法人に警察OB 14法人新規

まぁ予想通り過ぎて新鮮味がないね。役人どもも正当性を主張したいなら、天下り野郎が居るところには出さない位言えば良いのにねぇ…って当然、正当性なんかより自己の利益が優先か、いや失敬。
シムーンもここで纏めてきました。で、次回から仕切り直しです。作画が気合い入ってましたね。どの娘も綺麗でした。西田キャラ万歳。

前回のラストを再現するシーンから始まります。ネヴィリルが復帰するまでのプロセスは十分表現出来ていると思います。金剛石のリ・マージョンの時に最初ネヴィリルがフードを開けて立つシーン。とても印象的でした。彼女の決意が良く出てます。ですが、何故アーエルをパルに選ぶのか?実はそこがはっきりとしていないと感じていました。なんで、前話のレビューにもそのことは触れていなかったんですが、今回やはりその部分が強調されてきました。

オナシアが今回の肝なんですが、まだ彼女のポテンシャルを出し切っているとは思えません。しかし「エリーの慟哭を聞きました」という以上、ネヴィリルの迷いを理解していると見るべきでしょう。それを聞いて、ネヴィリルもやっと胸の内を語り出します。ネヴィリルの台詞はあくまでも巫女と戦闘のギャップという切り口でしたが、最後に

「神の意志さえどうでも良いのです。… それでも私は今でもシムーンシヴュラなのでしょうか?」

と問います。巫女と戦闘とは、実はネヴィリルとアムリア、またそれは、ネヴィリルとアーエルに対しているでしょう。ネヴィリル自身が自らの価値観を完全に確立していただけに、アムリアの存在とその死で、それが揺らいだ時、どうしても飛ぶことが出来なくなったという理解で良いのだと思います。

「あなたがそう望む限り、それでもあなたは、シムーンシヴィラなのです」

と諭されて涙するシーンは何とも感慨深いです。この深みは、ネヴィリルがきちんと描けていないと出せません。鉄のリ・マージョンの後、再度フードを開け風を感じるシーンは完全復帰を良く表現してると感じられます。本当に演出が上品です。ネヴィ父の「前のままのコールテンペストという訳にはいかんだろう」という台詞も象徴的です。彼は固定観念を変えられなかった為に、娘の気持ちが理解できないでいるということなんでしょう。

結局のところ、神という価値観に定位していないシヴュラという点がアーエルとネヴィリルの「一つだけ同じ」ことだということまでは判ります。しかし、ならマミーナだってモリナスだって良さそうなものです。まだもう少し深いところがあるように思えます。その辺はまだ思わせぶりです。


「シヴュラとしての」「戦争をする部隊としての」のどちらか? という問いに「コールテンペストは、一つしかありません」と答えるオナシア。これは意味深です。ネヴィリルの迷いを表しているというだけではなく、鍵となる台詞になる気がします。

敵が出してきた新型機。特攻機ですかね? 重要なのは一度リ・マージョンをかいくぐったという点。それはシムーンの魔法が解けかかっていることを表しているように思えます。となると、他のシヴュラ達も遠からずネヴィリルと同じ疑問を突きつけられる事になるでしょう。その時が恐らく世界観の分岐点になるのでしょう。

ドミヌーラは思いっきり怪しいですし、モリナスがアヌビトゥフと一緒に出てくるというのも何か思わせぶりです。リモネとのシーンもあって、モリナスは今回大分点数を稼ぎましたね(笑) しかし、「知らない」なんて言われてドミ姐さんはリモネに反抗されまくりです(爆)

荷物をまとめるシーン、また儀式の前のシーン、テンペスト存続が伝えられたシーンで、テンペストの旧来メンバー達も考え方に変化が生じ始めたことが出ています。これも、しっかりキャラとその相関関係が描かれているから意味を持つ訳で、そうでなければ、あるいはそれを理解できていなければ、単に場に流されているとしか見えないでしょう。さすがに上手いですね。

次回のサブタイトルが「籠の鳥」とはまた凄いです。一波乱ありそうな予感がします。って当たり前ですけど(笑) シムーン恐るべしです。