Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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返信ありがとうございます。かなり詳細に書いていただきました。

えっと、僕の方の読解力が足りないのか、もしくは書き方が悪いのか判らないのですが、どうも意図がかみ合っていないように感じます。作品構造がメタ構造になっているのは判ります。そこ自体を否定するつもりはないです。

まず「成長」という名の時間経過に伴う、環境との双方向的なやりとりの「繰り返し」が前提になっているだろうということ(個人の「社会化」がそもそもそいったものです)。そして環境との双方向的なやりとりにおいて、行為主体である個人は、自己認識から環境認識を経て自己定位に至る認識過程を、環境それ自体が変数に満ちているために繰り返していかなければならないということです。


世界認識の過程を描くという自体には異存はないのですが、繰り返しが描かれるとしても、別のキャラクターによってなされるのではないだろうと考えています。ネヴィリルが双方向のやりとりをしたなら、次の繰り返しもネヴィリルの視点で行われなければならず、それはリモネでもフロエでも代わりを務めることは出来ないと思っています。よって、彼女達は物語の意味において個別であると考えています。メタ構造はあくまでも演出上のレトリックでしかないでしょう。

実際ネヴィリルとフロエは世界に対峙する姿勢が、全く違っています。その原点が自らの希望であるという点が一致していたとしてもです。物語にとって重要な点は、その差異から来る結論の方であり、認識のプロセスではないと思っています。なので、ネヴィリルの認識過程と、フロエのそれが同じプロセスを踏んでいたとしても、それは別の意味をもった個々であると捉えるべきでしょう。というのが伝えたかった点です。(そうすることで、コールテンペストを世界表現に還元可能にしているのではないかと予想しています)

よって、最初のエントリーの記述の

――「である」の価値(主体的意味づけ)が正反対な二人――が、つまりは9話までに描かれたネヴィリルの葛藤なわけです。


という部分に、ネヴィリルとフロエの(構造ではなく)物語上の意義を同一視しているのかな? という感触があったために違和感と書きました。ただ、

だからといってそれは焼き直しなどではありません。それが認識過程における選考ならばこそ、そのキャラクターのオリジナリティーが見出されます(十人十色)。


と仰っているので、本当に単なる誤謬なのかもしれません。あくまでも、物語の構造の話であったということであれば、余計な突っ込みだったとなります。


追伸
先の返信が、元エントリーの追記の形になっていたので再度TBするのをためらいました(笑) 別エントリーになっていれば、TBさせていただきますし、二重TBでも構わないということであれば今後はそうさせていただきます。
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労働法制見直し始動 一定年収で残業代なくす制度も提案

さて、この法律が有効に機能するかどうかは微妙だけれど、これでサービス残業が増えると主張する人達がいます。そういう人達は既に相当時間のサービス残業をしている人達なんでしょう。

思うに、そんな会社辞めたら?

で終わりって気がします。もし、今の会社でサービス残業を強要されたら僕ならそうします。基本的に労使の関係は対等であるのが正しい姿だと思っていますから。もちろん自ら望んで会社のためにサービスを行って、一緒に盛り上げていこうというなら話は別ですが、そうでないならキッチリお断りすれば良いだけのことです。それで文句を言われたり、評価を下げられたりするなら見切りをつければいいのです。

ただし、中には自分のミスや能力不足が原因という事もありますから、時期を見てどの程度の仕事をこなせば仕事を達成したと言えるのか? という部分をはっきりさせればいいでしょう。その内容や量が、自分の給料に見合わないと思うなら辞めればいいのです。

なのに何故辞めないのか? 簡単なことで、それ以外のメリットを失いたくないと考えているからでしょう。それは都合の良い話です。


リストラ反動:人手不足で辞められず 組合に相談増える

こんな話もあります。これも変な話です。明らかに違法な脅しに屈する理由は何もないでしょう。もちろん社会人として辞めるべきではないタイミングは避けるべきだと思いますが、そうでなければ、また切れ目のない仕事であったりするなら、堂々と辞めればいいだけです。

それで、まだ何か言うなら、相応のところに話を持っていけばそれで終わりです。「辞めたいけど辞められない」なんてのは、実は辞める気が無い人間の言い訳にしか聞こえないです。
国連決議なしで自衛隊派遣可能 「恒久法」自民素案

さぁいよいよ戦争突入までカウントダウンになってきました。もしこれが通ればいつでもいけるぜ状態です。

「紛争当事者の合意による要請」がある場合や、「日本として国際社会の取り組みに寄与することが特に必要と認める事態」


要約すると、「なんでもあり」ということです。
紛争当事者を定義するのは政府ですから、誰とすることだって実質可能です。後者なんて政府が必要と認めたらですから、体裁を繕うことすらしていません。

海外での治安維持活動や要人警護などの警護活動もできるよう規定し、施設や物品保護などのために武器を使えるよう武器使用権限も拡大するとしている。


要約すると、「なんでもあり」ということです。
治安維持、要人警護と施設、物品の保護がありならどんな言い訳でも後付可能です。理由の如何に関わらずぶっ放しOKと解釈できるでしょう。

いやぁ素晴らしい。これもみんな自民党なんかに投票して、小泉くんを支持し続けた善良なる市民の皆様のおかげであると感謝しております。これで、国際貢献も万全です。

でも、戦争にはあんた達だけで行ってくださいね。
結局久川は消滅してしまいました。う?ん、量子コンピュータって詳しくないんですが、ああいうものなんでしょうか? 1話の最初みたいに、戦闘中に媒介となっているゼーガ自体が壊れれば消えるかもしれませんけど、単にデータが欠落あるいは変化したとしても、何らかで補完すれば、変わることはあっても、消えるってことはない気がするんですが…。違いますかね?

夕方番組で、死を描くための苦肉の策ってことなんですかね?

なんか、感傷表現に振った回で、守凪ネタへの前振りとしてしか機能していなかったような気がします。紫雫乃話も若干出たし、会長なんかの表現も一応ありましたけど、それでも中身が薄い感は否めないな。
ブログは日記、SNSは情報交換を求める--NEC総研が利用実態調査

ブログには「生活や人生の記録」、SNSには「親しくしている人との情報交換」、両方には「趣味や嗜好があう人とのつながり」を求めていることが判明した。


良く判らないです。「生活や人生の記録」を求めるってどういう意味? 他人の生活を覗き見したいという意味? 自分の記録を残したいという意味?

前者なら、当人が公開している程度の記録を覗いたところで面白いとも思えない。実際、純粋な日記系サイトは全く面白くない。なんせ情報としての価値がゼロだから。

後者なら、公開することの理由が不明。普通に日記を付ければいい。ビデオに録画するでも、録音するでも、ワープロで打つでも好きにすればいい。なぜBlogにするのか?

SNSはまだしも、Blogというのは公開されているもの。何を書くのも原則自由だけど、他人が見るものであるという認識くらいはして欲しい。そうでないと、単にネット上のゴミにしかならない気がします。
男性へのセクハラ禁止へ 改正均等法成立

これまで女性に限ってきた性差別を、男性でも禁じる。


これは良いことだと思いますが、結局今現在では行われていると言うこと。性別の問題に限らずこの傾向は、あちこちで見受けられる。で、今のままでは、イタチごっこで無くなることはない。平等という概念を履き違えている良い証拠だろう。
政府にしては珍しく前向きな扶養控除の年齢制限。これでも駄目出しをする人はいます。曰く、

「就職先がない」
本当にないのか? 仕事を選り好みしているんじゃないのか? 高い賃金を求めすぎてるんじゃないのか? 大企業、有名企業に固着してるんじゃないのか? 能力も無く特殊職を望んでいるんじゃないのか? それをやめてもなおまだ仕事が無いのか? そうは思えない。

「フリーターの賃金が安すぎる」
今回の対象は年収が103万円以下。月にすると8.6万。 僕が高校生の頃だって、真面目にバイトすれば6万程度の月収がありました。とするなら、9万未満の月収の人間などフリーターとは呼べない。バイト、パートの待遇改善は必要かもしれないが、今回の話とは別問題。

「疲労や心身の病による治療などだってある」
それは程度や内容にもよるけれど、別枠で保護するべきかもしれない。ただし、弱い人間を無条件に守るというのは積極的に賛成できない。「長時間労働の蔓延化による過労」などというとあたかも被害者面だけど、働けなくなる前に自らで改善出来ない奴は、保護対象に当たるとも思えない。

結局妙な決めつけがあるから、「働けないと思いこんでる」奴らが言う台詞にしか聞こえない。当然そんな奴らを保護する必要は無い。負けたもん勝ち、弱いもん勝ちの世の中は異常です。