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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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著作権保護期間について「延長賛成派」の意見を聞いた

また、遺族と遺産か…。はっきり言って松本零士には幻滅だ。ここまで古い頭の人に成り下がったのか。基本的には、本人の功績は本人にのみ帰属するというのが絶対的に正しいと確信しています。家族も子供も引き継ぐべきじゃない。そういう意味では、本人が亡くなったなら、即解除でもいいくらいだ。そうはいってもというのもあるので、猶予する仕組みになっているのに、親族が生きている可能性があるからなんて理由で延長するなんてのは異常な発想だ。

若くして亡くなったのなら、遺族だって若いはずだ。自分でちゃんと稼げって言いたくなります。誰か一人が成功すれば、親族は全員一生それで食っていけるようになるのが正しいと奴等は主張している。こんなナンセンスな話は無い。なら、一人が罪を犯せば、親族もろとも一生罪を背負っていくのか? そんな馬鹿な話はない。罪も功績も当人のみでクローズするのが当然のことだ。

家族制度なんて発想があるから、こんな馬鹿げた考えが成立する。家族制度は完全に不平等の温床になってます。デメリットが大きくなりすぎてしまいました。もう、真剣に考え直す時期に来ていると思います。
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熱心なほど、教育に失敗する

解決策までは提示されていませんが、教育の本質を探るいいアプローチをされているなぁと感じます。昨今流行の博愛主義的教育感に疑問を投げかけています。ましてや、親ではなく、国家が特定の価値感を押し付けようとするなんて論外以外の何者でもありません。

「子供を成長させるのは親の情熱というよりは、その子にとっての成長する条件や場なのです」という一文がなかなかそそります。この感覚は理解しているのですが、体感出来ないというのが正直なところで、だとしたらどうするべきなのかという結論も得られないでいます。

こういった話を政治家やら教育者やらの口から聞いた記憶が無いので、あまり考慮されていないのでしょう。だから、あんな腐った学校や指導要領や教育基本法案が出来上がる訳ですね。もし、親であるなら益々その妙な偏向主義から子供達を自由にしてやることが大切になるはずです。一緒になってお勉強に精を出しているような馬鹿親では、不幸な子供が出来上がってしまうだけでしょう。
据置ゲームがこの世の地獄から生還するためにせねばならない事

ゲームにおいてインターフェースが重要な意義を持つというのは確かにその通りではあります。しかし、インターフェースが全てを決定づけると決めつけるのはどうかと思います。「十字キーとボタン操作によるソフト開発も、ほとんどのジャンルが開拓しつくされ、目新しいものはなくなってしまっている」というのが仮に事実だったとしても、ジャンルがソフトの中身の全てであるとは思えません。

それはソフトウェアの深化という部分を全く無視した見解で、インターフェースやジャンルが確立してきたからこそ、やっと目新しさから深みという部分に視点を移すことが可能になってきたということすら言えます。その部分を無視すると、日本的な上滑りしている上っ面だけのタイトルがぞろぞろと出てくることになるし、それをありがたがって買う人間がいるものだから、模造品も次々と出てくる。それは悪しきスパイラルであり、それが過ぎるから、グラフィックでゲームの質は決まらないなどと訳の判らないというか、当たり前の主張ですら意味を持つことにまでいたる訳です。

そして前にも書いたことを繰り返しますが、新しいマンインターフェースを提供できるのはWiiに限定されたものではないということ。XBOX360もPS3も汎用インターフェースを備えておりその気になれば直ぐにでも同様の機能を持ったコントローラーをオプションとして提供することが可能です。特にXBOX360に関しては、開発用のツールも安価に提供し始めた事ですし、PC用の周辺機器も合わせて様々な試みがなされる可能性があります。結局、コントローラーの差など、会社が真面目に取り組んでさえいれば、当面どちらにウェイトを置くかという違いに過ぎず絶対的なアドバンテージではないと思っています。PSPとDSの時のようには据え置きは行きません。むしろ問題になるのは、ネットワークをどのように使うのか。単なる対戦用あるいはデータ通信のインフラとしてではなく、踏み込める使い方を提示できるかの方になるでしょう。

更に重要なのは、最初に挙げたゲームの深化の部分。これに関しては、マシンパワーが絶対的に必要だとは言わないまでも、必要になる可能性はあります。もし、N3のムービーレベルのグラフィックがゲーム画面で使えるなら、新たな可能性が出てくるでしょう。それ以上になれば、更に可能性が広がります。

ただし、結局そういうものは大衆には受け入れられないというのが実際でしょう。よって、そういうソフトやハードは売れないかもしれないし、儲からないかもしれません。つまりビジネスとしては大衆に迎合した任天堂のやり方は正しいと言えるかも知れません。それが資本主義ってものですからね。
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Winny裁判、罰金刑は重いか?軽いか?--自己矛盾を抱えた判決

Winnyの判決関係については、既にあちこちで色々と書かれているようですが、この記述が一番しっくり来るように僕には感じられます。もし、この記述の通りであるとすれば、裁判官は自分が決断できる限りにおいて、最大限良心的な判断をしたと言うことになるのかも知れません。

金子氏が確信犯であったというのは全くその通りだと僕も思います。そういう意味で、弁護側が単に著作権侵害の意図は無かったと主張するのには違和感を感じます。著作権を侵害すること自体を目的としていたわけではなく、手段であったというのが正確なところだろうと僕も思います。

コンテンツビジネスには無理が来ている。というのは、かなり昔から思っていたことで、仮に何らかの仕組みで集金を確実に行うことが出来たとしても、それは中間に入るヤクザ以下の企業を肥え太らせるだけであり、それら企業の権限が益々強くなり、実際のクリエイターは道具のように消耗品のように扱われるという状態が更に悪化するというのが関の山だろうと思っています。

確信犯を裁くなら、その思想の意義を問うべきだと僕は思うのですが、残念ながらそこまでは踏み込めなかったようです。もし、金子氏の罪を問うならば、コンテンツビジネスは無理があるという主張そのものの是非を問題にするか、さもなければ、代案が無いまま現行秩序の破壊を試みたという点を問題にするかが確信犯に対する正しい対応だろうと僕は考えます。

政治家や役人がどんなに優秀であったとしても、また民主制がどんなに優秀な制度であったとしても、所詮人間の作ったものを人間が運用しているのですから、完璧であることはあり得ません。時には間違うこともある。そういう絶対的な前提を忘れてしまうと、それでも法は法という考え方が成り立ちます。そうなれば、確信犯は確実に有罪になる訳ですが、その部分酌量の余地を入れたという点に関しては、一応の評価が出来る判決だと思います。しかし、それでもやはり制度信仰の呪縛からは逃れられなかったというところなんでしょう。仮に裁判官個人がそうでなかったとしても、社会やイデオロギーががんじがらめに呪縛されている状態では、その判決が受け入れられないという現実的な問題もあるのかもしれません。

ギャグのネタにされるほど忘れ去られていた本筋ネタ。ただし、今回はレディーじゃなくてお勉強の話。それに、前回までのチューネタをかけてナベシン的テンポの良さで良い感じに仕上げています。今回は学校ネタということで、周りの生徒や先生の反応を盛り込めた分飽きが来なかったというのがあるかもしれません。そう簡単にはいかないってオチも悪くない。ヤマナデとしては、結構良い出来の回でした。

スナコちゃんも少しずつ変わってきているように感じますが、どうするんだろ。そろそろ話の筋の片鱗くらい見せて欲しいって感じはします。でもまぁ唐突にって感じになるのかもしれないなぁ。それはそれで良いかもな。それをどう演出できるかってところがこの作品の見所なのかもしれない。
話の内容自体は、典型中の典型。何の捻りもないど真ん中のストレート。出来レースも出来レースなんですけど、バランスは悪くなかった。引っ張れるギリギリのところ、これ以上行くともうしつこいよって限界のところでネタ出し。このさじ加減は見事でした。最後の思いだしのタネをどうするのかと思っていたのですが、絵日記のお兄ちゃん記述とは、なるほどという感じでした。すっかり忘れていたし(笑)

で、これで終わりかと思ったら次回も続くらしい。クリスマスネタでちょうど1年を演出ってことなんでしょうけど、まぁ次回は普通の感じに戻るのかもしれないですね。最終回はその方がいいでしょう。

お待たせしました。1週間待ちましたが、
ゆりピョンのメイド姿公開。しかも、しっかりオチ付きです。いやぁ短いシーンではありましたが、堪能させていただきました。