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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

英数字が5割以上のコメント、TBは投稿制限しています。またスパムと判断されるものは問答無用で削除します。
いつもにもまして小ネタ集になっていたような気がする。電車ネタはそれなりに面白かったかもしれない。今回は先生ネタも良かったな。通知表関係からクリスマスネタにかけての流れはなかなか良かったです。ともかく、こういう話の場合は、テンポ良くポンポンといかないとなんですけど、その辺りは良い感じでした。

全体的にテンション低めで緩急が無いってのが持ち味なんですけど、これでヲタネタがもう少し間に絡むとまた違った感じになって良かったかも。でも、通常ネタでここまで頑張れればそこそこかな。

どうしても、こなたとつかさに頼りがちになるので、他のキャラをもう少し使えてくればゆとりが出てくるようにも思えます。ゆい姉さんへの依存度が上がっているような気もするんですが、設定がキツすぎてそれほど多くのパターンを使えるとは思えないので、できればみゆきさんとか、その他の生徒とかでバリエーションが欲しいところですね。

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シナリオ(単話) : 6
シナリオ(シリーズ) : 5
演出 : 5
構成 : 5
キャラクター : 5
カラー : 6
その他 :5
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政党が「役割果たしていない」が83% 本社世論調査

政党という存在が「大切だ」は53%、政治は「生活や仕事と切り離せないもの」は62%と政治をまじめにとらえる姿勢が目立つ


なんでこの二つが一緒くたに語られているのかが理解不能。政党なんてものは、たんなる手法の一つであり、政治に必ず必要なものでもなんでもない。無くても済むなら無い方が良いものであることは確実で、少なくとも日本の政治史において、政党がまともに働いたことは僕の解釈上一度たりとも無いと思っています。

政治的な立場を説明する言葉として使われてきた「保守―革新」については、物差しとして「適切ではない」が58%と多数だった。「右―左」「ハト派―タカ派」「抵抗勢力―改革派」も「適切ではない」が6?7割と高率で、有効な座標軸が失われている


極端な色づけをすると選挙で勝てないのだから当たり前。元から信者で構成されている一部の政党以外は、大衆路線を突き進むしかない。より大衆路線に進んだ政党で支持の緩さが顕著になり、にも関わらず最終的に勝者となるというのがお定まりのパターン。

結局多数派に媚びたものが勝者たり得るのだから、腹の底ではともかく、表面上は綺麗事で固めてくるに決まっています。悪循環した多数決法は、もう転がり落ちるより他手はないだろうというのは決まり切った事で、近代民主制においては歯止めというものが無いですから、原則良い政治など出来ません。

これらの問題はシステム上、起こる事が必然なんですが、それがいつ起こるのか、どの程度の規模で起こるのかは、様々な状況によって変化するでしょう。それでも、最終的には限界点を突破して、崩壊するのは避けられないことで、日本は既にカウントダウン状態に入っていると思われます。もう、これを治癒するに普通の方法では無理でしょう。少なくとも今の僕には思いつきません。相当大がかりな荒療治が必要になるでしょう。

近代民主制というシステムを信仰し、選挙に行けば政治が変わるなんて未だに言ってる人をしばしば見かけますが、オメデタイとしか言いようがないですね。
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戦没者給付 410億円未払いで時効 85年以降未申請分 電算化で入力せず

ほら出た。使えない虫が巣くっているのは、何も社保庁に限った事ではないという事です。ま、そんなことは自明なことだし、改めて書き立てるのすらためらわれることなんですが、どうも世の中ではそれを忘れている節があるので、あえて書いておきます。

虫は虫であるという時点で既に巣くいようがありません。全滅させる以外には有効な手段は無いでしょう。システムを変えてみても恐らく巧妙に生き延び、しかも虫としての性質はそのままで居続けるでしょう。

予言します。殲滅する以外に手はありません。放置しておけばどんどん酷い事になるでしょう。
コムスンの悲鳴(厚生労働省の横暴)?前半?

結論から言うと同情はするけれども、不正は不正ってことでしょうね。厚生労働省の虫達が腐れているというのは事実だと思うし、法律に不備があるというのも事実だと思いますけど、それでもそれを破れば違法であり、その責任を問われれば従うしかないというのが、現在の日本の法律のシステムです。

特に幾つかの例に関しては、あまり同情も出来ない内容のものも含まれています。幾つか挙げてみましょう。「介護業界は非常に大変で離職率が高い」と判っているのに、それを踏まえた人員を確保出来ていないにも関わらず、サービス事業をスタートさせたのがそもそも問題。「急に休むこと」もあるのは当然で、それを自事業所内でカバー出来ないというのも組織として問題があるように感じます。

「高齢者にこうせがまれれば、心優しいヘルパーさんは掃除をしてしまうでしょう」なんて優しいのは大切かもしれませんが、これを請求するのは当然不正です。自分の判断で勝手にやったことを請求すればそうなるのは当然でしょう。同様に、自分達の判断で勝手に見切りをしておいて、認定が合わなかったにも関わらず請求を出せば、それも当然不正とされるのは当たり前です。

「ケアマネージャは、だいたい40名くらい受け持ちを持っている」ことによって様々な弊害が出ているなら、マネージャの数を増やすか、事業規模を縮小するしかないでしょう。当然その状態で、給付申請を行うのは不正です。

つまり、実際にサービスを行っているか否かは問題ではありません。公的資金を利用する為の手続きが決まっている以上、それを遵守するのは当然のことで、自分達の都合で勝手に判断したり、端折ったりすればそれは不正とされるのは当たり前。いや不正としてもらわなければ困ります。

それでもまだ、不正は許せない!とお思いでらっしゃる場合は、ぜひ介護現場に足を運んで自分の目で見てみてください。実態をあまりに見なさすぎであると思います


この物言いが、典型的に考え方を象徴しているように思えます。実体を見る必要性は感じません。それが嫌なら介護の仕事など辞めるべきです。私は要介護者の為にこんなに苦労しているのだから、多少の不正行為はしたっていいじゃないかという理屈が通ると思ったら大間違いです。

結局この問題には大きな問題が二つあります。
一つは、法律システムの問題。これは介護問題に関わらず起こっている事ですが、法律の妥当性というものを担保される仕組みがこの国には無いということ。族議員などと呼ばれる虫に支配されたような政治屋が強行採決で決めた事でも、一度決まると絶対的な権限を持つというのが現在の法システム。それが間違っているからと守らないのは自由ですが、それが摘発された場合のリスクは自分で負わなければならない。というのが法治国家の大前提。

もう一つは、やはり介護に携わる企業や人間の認識の甘さ。今回の例を見ただけでも、何緩い事で文句を言ってるのかという点を幾つも見かけます。勿論主張するのは自由ですし、それは時に有効かもしれませんが、それでもコムスンの罪は何も軽減されません。摘発に政治的思惑があったり、不公正感があったりしたところで、そんなことは問題にならないというのも、現在の法システムそのものです。

この法律は実態に即していないから、不正は仕方ないというのは、制限速度は実態に即していないから不正してもいいじゃないか、大体違反をしているのは俺だけじゃないのに、何故俺だけが取り締まりを受けるのか。しかも、この程度で何故免許停止や高額な罰金を払わなければならないのか。と言っているのと同じ事でしょう。

そして、今回は一罰百戒の意味もあるでしょう。利用者の満足度は悪くないなどと言った適当な理由でコムスンを減刑することがあれば、それは意味を成しません。厚生労働省の虫たちにとって一番困るのは、まともにやっていたら事業として成り立たないということで、全ての企業が介護事業から撤退することでしょう。どうしても気に入らないというなら、止めることですね。ただし、その中できちんとルールを守っているにも関わらず、事業を成立させてしまう企業が現れたとしたら、結局お前らのやり方が悪かったんじゃねぇかと言われるでしょう。

ともかく、日本の法システムが穴だらけなんてことは、最初から判っている事です。もう法律に従うなんて馬鹿のやる事なんじゃないだろうかというレベルに来ています。その状態で公的な資金に大きな割合を依存しなければならないような事業をするということ自体が愚かしい行為だと僕は思っています。そんな中であえてそれをやる以上、どのようの不条理な要求も飲まざるを得ないのは仕方のない事です。

そもそも介護というのは、資本主義的原則に乗り辛いものですから、本質的には民営化するのに適していません。要介護者がその料金を自ら全額負担するというものであれば、構いませんが、そうでない以上民営化すれば一定以上の無理が来るのは最初から見えていました。まぁ今の虫たちがあまりにも無能なので、それでも民営の方がナンボかマシという判断なのかもしれませんが、実は、介護程度のことが出来ないようなら虫を飼っている意味が無いはずという部分を忘れないようにしなければなりません。つまり、そんなに言うならお前等それでやってみろということですね。

腐った制度であるという前提があって、それでもやるという経営的決断をした以上、それなりの覚悟をするのは当然で、それが無かった、あるいは甘かったのなら叩かれても仕方ない事でしょう。事が起こってから言い訳しても通用しないというのは、当然のことだろうと思います。
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テラに拘る必要は無い。それは単なる手段であって、目的ではない。それを理解しているはずのジョミーですら、入れ替わってしまった目的と手段を整理することが出来ないでいる。人の思い込みとは恐ろしいものである。

行方知れずとなったミュウであっても、放置することは出来ない。これはマザーとしては当然のことで、サムを初めとして効果があるだろうコマは有効に使うというのも当然の選択であると言える。この辺りコンピュータであるだけにロジカルな部分での破綻は無い。けれどそれだけに、その敵意を向けられた側としてはよりいっそう憤りを強く感じるというのもまた事実。少なくともこの時点ではまだ、マザーはミュウの能力を見誤っているということになるでしょう。

キースが送られてくるということはただで済む訳ではないでしょう。必ず一悶着あるはず。そして、ついにトォニィ誕生彼の登場は、物語が新章に入ったことを象徴するでしょう。自然出産というものへの拘りは、作者が女性だからなのかもしれないけれど、それは、彼らに取っては過去に人類が得ていた充足への回帰。テラへの思いを捨ててナスカに新しい希望を探そうというのと、見事に反対の方向を向いている。恐らくナスカに居着くということにはならないのだと思われるので、それを暗示していると言えばそうなのかもしれない。

少なくとも、現段階においてはまだ作品全体の方向性が揺れているのが見られます。勿論テーマとして簡単に結論付けられるようなものではないので、揺れるのは当然で、それがジョミーの葛藤に完全にオーバーラップしています。少なくとも現在のところジョミーの考えというのは作品全体に通じる考えを象徴している形式になっており、非情に判りやすい。キースの存在感がもう少し出てきて、アンチテーゼを出せるようになると、作品の深みがさらに増すかもしれません。

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シナリオ(単話) : 6
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