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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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なんか、今期はこういう話が流行なんですかね。時代の閉塞感から来るのか、運命とは時代の必然とかそういうものに抗うという話が多いです。本作も内容的にはそんな感じ。白か黒かではなくてグレーという選択肢もあるんだというのは、表現としては非常に判りやすい。

人が徐々に変化していくということをずっと描き続けていて、それをパイで収束させるというやり方は上手いです。そういう経験を経てきたからこそ、ヘイはそれを選択することが出来たというのは説得力があります。

問題は、こういうテーマを扱う作品に共通にあるんですが、最終的に投げっぱなしで終わってしまうというところでしょうか。人生観としては、そう言う考え方は嫌いじゃ無いんですが、それを世界の存続とか、社会の構成というところまで広げてしまった時に、果たしてそれでいいんだろうかという部分に答えが出てこない。範囲の大きさによって、判断の基準とか仕方というのは変化して然るべきだと僕は思うのですが、その部分が微妙な葛藤程度で終わってしまう。

確かに話としてはそれ以上を描くというのは難しいし、結果としてどうこうというのは、見たものが判断することだと言われればそれまでで、あくまでもキャラクターとしてのヘイはそうであっただけだと言うことも出来るとは思いますが、そういうキャラクターを描くことの意味を考えた時に、やっぱり作品として少し無責任なんじゃないだろうかという気がしています。

未来があれば希望はあるという考え方は常に成立するかもしれませんが、同時に希望の裏には常に絶望も存在しているということを無視し過ぎているんじゃ無いかなという気がします。
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一番無難な選択を取ったという気がします。運命に抗うということがメインテーマとしてあって、それに恋する二人という要素が入った。しかも、その運命は世界を左右するとなってますから、運命に従うのでは無く、自らそれを選ぶという結末は理想的ではあります。やや無責任な展開のような気もしますが、それ以外の選択肢よりは綺麗かもしれない。

結局ロミオとジュリエットを書き直す為に一番問題になるのは、それほどの運命というものをどうやって表現するのかという部分になるんでしょう。自分の全てが喪失するという感覚をどうやって現代人に伝えるかというのが非常に難題。現代に生きる人は総無責任であると同時に誰でもないというのが、民主主義、資本主義の基本的概念だからです。

この作品もその部分を苦労していたという感覚があります。結局オカルトに走って世界が滅ぶんだという方向に持っていき、しかも、実際にはそれは世界などではなくて、世界のほんの極一部でしかなかったという皮肉も入っています。

終盤までの大公編というのは、完全に前座であったというのが、構成的にどうよという気がしますが、そこまで大がかりなフェイクを堂々とやってのけたという部分に関しては思い切ったなぁとは思います。意欲作であったというのは確かなんでしょう。せめてエスカラスが本題なんだという部分をもう少し事前に振ったりとか、エスカラスに関する知識をもう少しきちんと説明しておくとかあれば、もう少し違った印象になったように思えるんですが、それだとフェイクが活きないと判断したのかもしれません。

満足できる出来だとまでは言いませんが、それなりに良く纏めたかなという気はします。
世界観が良く理解できていないところに持ってきてキャラも上滑りしているんで、展開はしているんだけど、良く判らないって状態になっています。とっても他人事というか絵空事という感触が強く、感情移入が全く出来ません。これほど断絶感がある作品も珍しい。

さて、どうも流れ的には全滅コースに進んでいるようで、それはそれで悪い訳でもないんですが、流石にそれだと救いが無いので、何人かは生き残るんでしょう。下手すると全員生き残りってパターンもあり得ます。その場合当然のことながらカラクリが必要になってきて、通常なら、それはインチキだと言いたいところなんですが、何せ世界観が全く判らない状態なので、そもそも何でもアリの状態になっています。

これをなんというのか表現に困りますね。後出しジャンケン、しかも不意打ちって感じか? それも違う気がするなぁ。ともかくなんとも感想の出しようがない話になっています。これって、原作知らないで楽しいって人居るんだろうか?