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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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まぁ予定調和的展開。人間は結局神とは分かり合えないという結論。神に従うくらいなら悪魔と手を結ぶ方がより人間らしい。それも正解。宗教に救済などあり得ないというのが良く判ります。

くれはが前回倒れた時、流石に死んではいないだろうと思っていました。何故なら死んでしまってはエリスが救われないから。もう少し話数があれば、その死を乗り越えて的な話も展開できるんでしょうが、なんせ、あと一回ではそれは流石に厳しい。だから怪我をした程度だと思っていたんですが、しっかり死亡されていました。

あらあら、って感じなんですが、まさかアンゼロットが死体を復活させるような力を持っているとは… もう何でもアリだなをい。って感じではありますが、それはそれで閉じこもってしまったエリスを引き戻すトリガーという役割に十分なってくれました。蓮治が幾ら頑張ったとしても、もう一線を越えるインパクトが欲しいところで、それにくれはを使うというのはなかなか周到な計画です。

結果としてみるとは綺麗に纏まっていた方かなという気がします。ただし、全体的に低調な感じはありました。やはり前半の表現にもう少し工夫が欲しいエリスの内面をどの程度上手く描けるかが勝負なんですが、その部分が十分とは言えない。話として判りやすいので、ネタを見れば理解は出来ますが、彼女の追い詰められたという感じまでは伝わってこない。その時点で半分は失敗とも言えます。

くれはやアンゼロットはともかく、灯はまるで生きてないというのもネック。キャラの数を絞っていたので、もう少し彼女に何か役割を与えたかった。これじゃ単なるお助けメカにしかなっていません。今回の話ではエリスが中心にいる訳ですから、エリスと絡む何かがもう少し無いとキャラとして存在意義が成立しません。

更には蓮治の選択にしても今ひとつ説得力に欠けるものがあります。彼はそう言う性格だからといわれてしまえばそれまでなんですが、世界の存在を賭けた選択な訳ですから、もう少し重みが欲しい。蓮治の過去話とか何かそれを成立させるに十分な何かが欲しいところです。

そんな感じで、描きたいことは判るものの、もう少し厚見が欲しいという部分が目立ちます。設定としては面白いと思うし、これでエリス編は完結したと言うことで、きちんと構成を煮詰めた上で次のシリーズなんてのが来ると楽しめるかもしれません。
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さて、ラストに向けてどう仕上げてくるのかと思っていたんですが、レイジくん暴走パターンで来ました。エピソードのバランスや、全体の流れからすると悪くない選択だと思います。が、個人的には凜ちゃんの内面にもう少し突っ込みが欲しかったかなという気もします。原作に忠実に作ってしまったせいか、進級以降のエピソードが無くなってしまって、その分原作を読んでいる人間には、物足りなさを感じる結果になってしまいました。

その辺り仕方ないかなぁって部分ではあるんですが、凜ちゃんの内面は作品のキモの部分なので、そこが理解できないと話全体が歪んでしまいます。どうしても大人の側から見た小学生という目線が強くなってしまっているように感じます。そう言う意味で、彼女達の目線に下げた話というのがもう少し欲しかった。

更に言うと黒ちゃんと美々ちゃんも目立てなかったなって気がします。彼女達にしてもそれなりにエピソードがあって、展開すれば面白かったと思うんですが。その辺も凜ちゃん同様生徒からの視線が不足しているなと感じます。

しかしまぁ、それはそれで作品の解釈としてはアリかもしれません。ラストエピソードもそれを強調するような内容になっています。レイジ君は中でも扱いが難しいキャラで、後一話で纏まるのかちょっと心配ですはあるんですが、ひょっとすると原作にネタがあるのかもしれない。

ともかく、ラストに向けてどう終結するのか楽しみだったりします。ラストが転けなければ良い感じに仕上がるんじゃないでしょうか。あ、でも作画はもう少し気合い入れていただくと嬉しいかな(^^;
なんかラストは綺麗に纏めてきました。これは完全なおまけ的な部分。平和の為に飛ぶというところだけを引き継いだような形。一条が軍に残るというのは想定内ですけど、他のメンバーもことごとく解散ってのは微妙な気もします。ともかくも実績は相当なものででしょうからね。

半年のブランクがどうとか、新人達がどういう状態なのかとか、その辺は突っ込んでも仕方がない話で、純粋に最下位を喜ぶ彼女達と、ラストフライトで盛り上がる面子を見て、平和になったんだなぁと感慨にふけるのが正しい楽しみ方でしょう。

ちょっと消化不良的な感覚が強いですが、まぁ構成としてはそれなりという感じでした。個人的にはもう少しシビアな部分も出てくるんじゃないかと期待していたんですが、何となくお祭り騒ぎして終わったという感じです。せめて女の子達がもう少し魅力的に描かれていれば良かったんですけどね。
結局何も描けてない。つか描く気も多分無い。全部あわせて前振りってことでしょう。2期があるのかないのか知りませんが、これを見てもなーんも判らないし、なーんも解決していません。通りで妙に話のテンポが遅くて、しょうもない話ばかり描いているなぁと思いました。最初からやる気がないってことですね。

うーん、まぁあの二人がくっつくなんてのは既定路線だし、もう最初から意識しまくり的な状態だったようにも見えるので、感慨のようなものもないし、ギャグとして見てもそれ程キレがあったとも思えないし、正直どうしたものかという感じです。

ま、これだけ前振りをしたんだから、もし2期があるようなことがあれば、少しは面白くなるかもしれませんね。
少なくとも、この最終回は良い出来でした。安易な終結をせずに必然的な結論を持ってきたというのが好印象です。二人の別れのシーンはそれなり以上に感動的でした。そう考えると、相応にキャラの描き込みも出来ていたんだと思います。演出的にも見る部分は幾つもあった。

なのに、全体としてみてしまうと粗がどうしても目立ってしまう。まず、全体として芯の部分が曖昧になってしまっています。萩乃の正体を中盤以降まで隠したのが失敗の元のように思えます。この作品の内容なら、萩乃の心情変化をメインに追うべきなのに、彼女の描写が出来ない形になってしまった。それなら思い切ってマリの方向に転換してしまえば良くて、そういう部分も見受けられたんですが、やりきれずに結果中途半端になってしまっています。

それが良く出ているのが、マリの感情で、変動があからさまに変にしか感じられなくなっています。最初は萩乃を嫌っていたはずなのに、気になる存在に変化する。親の敵だったはずが、最愛の人に変化する。その変化の過程がまるで見えない。ついでに言うと、それよりはマシではありますが、萩乃の感情の変化も見えてこない。だから、ラブラブという前提で最終回を見れば感動的なんだけど、なんでそうなったのか考えると疑問が残ってしまう。流れ的には萩乃メインの流れなんだけど、そこに無理矢理マリの心情変化までかぶせようとするから、話が見えにくくしてしまっています。

他にも妙なところは幾つもあって、例えば、寮生達を結構細かく描いていて、当初は彼女達をもう少し使うつもりだったのかもしれませんが、結局使われていないまま終わってしまった。そういうと語弊があるかもしれませんが、効果的に生きては居ない。萩乃にもマリにもそれなりに影響を与えているんだろうなぁという想定は出来るんですが、それが実感として湧いてこない。二人の関係構築に忙しくなってしまって、おろそかになってる。萩乃の決断は、マリに対する感情がそうさせたという方が前に出過ぎてしまって、地球人達を愛したという部分のバランスが崩れてしまっています。これも萩乃の心情変化の過程を描ききれなかったことが要因でしょう。

マリが接触テレパスであるという設定も結局ほとんど使われていない。過去の事件についても、彼女がその生き残りであるという設定も使われていない。だから、最初の頃の話がまるで生きてこない。そもそも、マリがあの学校に来たのは単なる偶然であって、そこに何故萩乃が存在していたのかが判らない。あれだけ前振りをしておいて、積み残し状態にされたのでは、流石に納得できるものではありません。

恐らくこの話は欲張り過ぎてしまったんでしょう。マリに対する設定を大幅に削り、単に事件の生き残りとして最初から学園に在籍させて、そこに萩乃が来るという形式にすればやり易かった。寮生の描写もほとんど削って、フォーカスをマリないしは萩乃、あるいはその双方にだけあわせる。先生はアクセントとして使っても良いし、ミッチーのネタは使えるかもしれないけど、それ以外は特段必要ない。アザナエルとオノミルの話も最低限で良い。単純にマリを調査に来た萩乃が恋に堕ちるという話にすれば、時間がたっぷり使えて、この演出なら良い作品になったんじゃないかと思う。いっそ、戦闘とかそう言う部分もはしょって、文化的、人種的な違いの部分にフォーカスした方が面白かったかもしれない。時間的に余裕が出来るなら、演劇の内容にもう少し突っ込むということも出来たかもしれなくて、それでも悪くない。

何れにしても素性は悪くなかったし、技術もそれなりに見るものがあっただけに惜しいなぁという気がします。1話や最終話、10話辺り単話のように目を見張る程の出来のものもありました。それだけに返す返すも勿体ないなぁという気がしました。
ほぼ完全に想定通りの展開で終了。まぁ後一話じゃこんな感じしかやりようがないわな。結局、秘密を打ち明けあって傷を舐め合うという展開でした。完全に失敗作と言えるでしょう。がっかりです。

efと比較してみると判りやすいです。みやこの例だと比較してしまえば菜々香よりずっとトラウマは軽い。菜々香の場合出生にも問題があるし、火付けの犯人は父親、実の父は既に死亡ですから、それはそれはという状況。けれど、そういう感じがまるで出ていない。その理由は簡単で、ネタを暴露してから、天照になってしまって、全く彼女に対する表現がされていない。佐菜視点になっている訳です。で、次に出てきた時には自殺してる。

対して、みやこの場合、描き込みの主体は彼女自身だったわけで、その対象となる広野についてもきっちりと表現されています。病的に見える行動もだから整合性が得られる。しかも安易に死という選択をしなかったが故に引き込まれるという部分もある。

もし、どうしても今回のような展開にもっていくなら、事前に佐菜視点で物語りをもっときっちり展開しないといけない。佐菜の過去なんてとっとと視聴者には明かしてしまって、物語の生活の中で彼がどう感じ、どう変化してきたのかという部分を見せるべき。

かつ、菜々香が死を選択するなら、その鍵を佐菜が握らないといけない。菜々香は記憶が無くなっていたという設定だからというのがあるのかもしれませんが、佐菜に対する関係性が中途半端。だから菜々香が勝手に行動をしたという風にしか見えない。勿論それに値するような過去を抱えているのかもしれませんが、そんなことは見ている側からしたら他人事でしかない。佐菜にも菜々香にも感情移入がしきれてないから、どうしても客観視してしまう。すると、死が菜々香の必死の選択であったとしても、こちらからは他の選択肢も見えてしまうし、佐菜によって救われたという感覚も薄くなる。だから感動が無い。

更に言うなら、双子、金朋、ロリっ娘は全く生きてない。つか、彼らは物語上、無意味で必要ですらない。彼らの存在を定位させるなら、やっぱり佐菜の心情に突っ込まないといけない。そこが薄いつかほとんど無いから、奴らは一体なんなんだか全く理解できない。うーん、最初はもう少しまともな話になるかなって思っていたんですけど、残念です。物語、構成、シナリオ、演出、キャラと全部まとめて赤点です。

最後に、些末な点を、
・ミサンガは10年なんて言わず数年も付けていたら真っ黒です(経験者談)
・10年後ってことは20代も後半。それで姉弟でお手々握ってたら、噂もあながち…
・先生歳取りませんね。嫁に来ませんか?
霊感商法:「息子には特別な能力」…「神世界」教主の両親

笑える。既に商品体系かされて、一回ナンボになっている時点で、俺なら帰る。もしくは成功報酬だろうね。それ以外で金を出すってことは、あたればみっけもので騙されても文句なしって意味だと僕には思えます。

やっぱ、これに騙された奴ってアホだわ。
小栗旬「オレは許せない」 「KY」現象に批判噴出

空気って一言で言うけど、かなりの幅を持って使われていると思います。底辺を見れば、許せないというのも判るけれど、読んでもらわないと困るという場合だってあるでしょう。それらを一緒にして、善し悪しを紋切りに語ってしまうのは危険な気がします。

で、引用の中に「共通前提が壊れた不安から起こる現象で、極端になりがち、結果民意が低下している」とある。はて? 言ってることが良く判らん。共通前提に則っていた状態が民意が高いと言えるのかね。僕にはそうは思えない。高いどころか無いんじゃないだろうか。それが崩壊したというのが事実なら、喜ぶべき事で、そこから個人の自立にいたる過程に今あって、そのための混乱であるなら、それはプラスに解釈するべき何じゃないだろうか。勿論、その結果として結局訳の分からない仮想権威に依存することになったというのは避けたい訳で、だから個人であっても責任の追求をきっちりとするべきで、過度な保護は状態を悪化させることになる訳です。つまり、そんな空気は認めないと、断固とした態度で望むべきでしょう。

何れにしても、なんらかに寄りかかっているものは、厳密な意味でも民意とは言えないと僕は思うわけで、民意が低下しているという表現は間違っていると思います。最初から無いものが変化しても低下という表現は使われません。宮台はどうも頓珍漢というか、本質を捉え損なっている事が多い気がします。

で、元ネタになっている俳優の発言ですが、内容そのものは立派なものです。善悪の基準はちゃんと持っている。と言っているわけですから、素晴らしい。ただし、その基準で判断し、言動に移す場合、これまでと同じ責任でそれが行使できると思われては困ります。空気でも前提でも権威でも良いんですが、そういうものに判断を譲り渡すと言う行為は、自分の責任を回避するという効果が見込めました。だから、大抵の人は無責任で居られたわけです。けれど、そこから自由になって、自分の判断で何かを行うという場合、それは当然、その結果に対して自ら責任を追う必要があります。そこまで判って言っているなら、素晴らしいなと思います。
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東芝の新HD DVDレコーダ「RD-A301」の録画速報

「GOMPlayer」という多コーデック内蔵のフリーソフトで再生が確認できた。


ほほぉ、一応PC上で再生出来るソフトが存在するというのは大きいです。画質と言う部分も重要ですが、結局自分自身じゃないと再生も出来ないというのじゃ、それって意味あるの? って感じになってしまいますから。

H.264の扱いは難しくて、どう考えても画質は落ちる方向に振れることが想定できて、かといって、ダビングの段階でエンコードというのじゃ怠くてやってられない。保存を前提としないのであれば、TSで撮って消してしまえばいいんでしょうが、迷った場合も含めて保存を視野に入れようと思うと、最初からH.264で録画したくなります。ただ、301の場合、HDD容量を考えても、TSを多用するのは危険かもしれません。

画質に関しては言及がないので、自分で見て確かめてくれってことなんだと思いますけど、実際にはPCで見たのとテレビで見たのとでは印象が変わるからなぁ。それは店舗で見た時も同じかもしれない。新しい技術ってのは、確かに画期的なんだけど、その分判断が難しいですね。
すっかり1クールだと思いこんでいたんですが、2クールということで、そうなると、どんな展開でもできそうです。というか、大抵の場合、ここまでで成立しているペアってのはヤバいという流れになります。で、その例に今回も漏れることなく、ここまで良い感じだったにも関わらずヤバげな空気が流れ始めました、。

そもそも、最初に占いを強調していたってのが怪しげで、ラッキーアイテムをゲットした一輝と明日夏ちゃんに対して、スルーしてしまった光一と結美ちゃんこの対比がなかなか意味深でした。

優美ちゃんはどうやら居なくなってしまうというのが迫っているようなので、それをどう乗り越えるかが鍵なんですが、ひょっとすると、そのままって流れなのかもしれない。当然その場合、光一と摩央姐さんという取り合わせが考えられます。甲斐君が浮きますが、能登か? いや、それはなぁ… 明日夏ちゃんや瑛理子ちゃんというのも考えにくい。すると、彼もアメリカに修行とかそういう流れか。

で、瑛理子ちゃんはなんか良い感じになってきてはいるものの、どう考えても一輝とは噛み合っていない様な気がする。するとやっぱり失恋も実験するって流れかもしれない。もしくは柊か。能登がどうなるのか判らないけど、現状のポジションを維持するなら、柊という線もあるかもしれない。

ともかく、まるまる1クールあるとなればどうとでも出来るでしょう。一旦駄目になりそうにしておいて、元鞘ってこともあり得ます。ただ、ペースが極端に上がるとも思えないので、淡々と進むでしょうから、それ程ごちゃごちゃという訳では無いんじゃないかと思います。一波乱、二波乱程度かな。素直な流れはそのままにって感じなんじゃないでしょうか。

しかし、女の子が泣いているのに「深い意味は無い」ってことはないだろう光一君。
結局13話やって出てきた結論は何か。それは敵の敵は味方。うわーなんかちゃっちい。まぁジンとしてみれば、これまで一人だって拗ねていた訳だから、理由の如何に関わらず一人じゃないって思えればそれで十分なのかもしれないけど、見ている側としてはちょっと弱すぎなんじゃって気がします。

で、もう一つ判ったことはオリジナルにはMaid in 地球のドラゴンが3体まとまってかかっても手も足も出ないってこと。しかもマザーと称する存在が意志を持ち、オストルムやトアの口ぶりからすると、まだそれなりの数のオリジナルが居そうってこと。つまりそれはどういうことかというと、ノーマルに考えたら絶対に勝てないってことです。常識的な発想からすれば、征服されるか、和解するかの2択で、勝利するというのはあり得ない。そういう描写がされています。

流れ的に、「解り合えるんだ…」の方向はアリかもしれませんが、仮に勝利するという選択を取ろうとする場合、何らかの決定的な変化というものが必要になります。もうほとんどインチキレベルの変更。なんかそうなる臭いけどなぁ。解り合えるんだで行くとするなら、何故今戦っているのかという原因がさっぱりだし、マザーの意志がどの辺にあるのかも判らないので、現状ではなんともという感じ。

毎度のことですが理解不能な事が今回もあります。トアの使命は地球産のドラゴンを連れて帰ること。えぇ?、そうなの? ここまでを見ている限りそういう使命で動いていたようには見えないですけどねぇ。それが使命なら月が絶好の機会だったと思いますがね。オリジナルの戦力を考えればどうとでも出来たでしょうに。

さらにはCSSが解除された瞬間にアクチュアライズしてしまえば全部解決したと思うんですが、なんで叫んで終わりなんですかね? で、挙げ句にはオストルムを破壊するほどの爆弾が近距離で爆破したのに、ギオ君は弱ってはいたものの、全く問題ない状態で生き残っていたってこと。ありえねーでしょそれって。まぁこの際この作品に細かい整合性を求めても仕方ないってことなのかもしれないけどね。
不思議な国「アメリカ」そして「日本」

日本は酒を飲む自由がなければ成り立たない国です。後で確認したらハワイだけでなく、数多くのアメリカの州で同じ法律が施されています。いわば泥酔ではなく、その状態をひき起こす原因となるアルコールを問題にする法律です。責任をもって適量を飲むのもだめです。そうであれば、アメリカの銃の保持を守る法律は逆の考え方です。殺人をひき起こす原因となる銃は持ってもいいと言う不思議なロジックですね。


はっきり言いますが、とてもアメリカの法律とは思えないほど真っ当で、理にかなった法律です。もし、オーストラリアではこの法律の導入で暴動が起きるのだとしたら、オーストラリア人は野蛮な非文化的連中だと断言できます。

じゃあ、何故銃は許されて、酒は許されないのか。答えは簡単です。この法律は人間の理性にある程度の信頼を置いているということです。だから、殺人を引き起こす可能性が仮にあっても、理性的なはずの人間は殺人などはしないという前提で、銃の所持が許される。それを守れない奴は、理性が無い動物として処理されるべきで、人として例外な訳です。主権者の権利を不当に抑制するべきじゃないという非常に民主的精神に則った法律じゃないですか。あくまでも考え方としてで、検討の余地は残されますが、少なくとも変でも、不思議でもない。

そう考えれば、酒がなぜいけないかは明白ですね。理性を吹っ飛ばす効果があるからです。適量ならと言いますが、適量ってどの位です? ボトル1本でも適量の人もいるかもしれない。コップ一杯でも、一口でも駄目な人もいるかもしれない。酒の種類にもよるし、体調にもよるでしょう。そんなものは規定できない。だから一応飲酒そのものを禁止にはしていないのでしょう。あくまでも公共の場での飲酒が禁止されているのであって、そんなに飲みたければ私的な場で飲めばいい。あくまでも適量をね。けど、それが不思議だと思えてしまう時点で、酒飲みの正体見たりって感じがします。こんな人間の言う適量など信用できるはずがないです。

これには民族や国には全く関係のない事です。酒を飲むことを肯定するような民族や国や集団や個人なんてものは、問答無用で野蛮だと断定できます。


飲酒は犯罪です。麻薬と同じです。
ダメ。ゼッタイ。
酒やめますか?それとも人間やめますか?
人民は弱し、されど官吏は強し

言ってることは理解はできる。けど納得は出来ない。それはどこの部分か、と言えば、薬害などの賠償責任がまず国にあるという点、賠償が税金によって行われるという点です。はっきり言って、この件に関して僕は何もしていないし、何も認識していません。僕以外でもほとんどの国民がそうでしょう。そもそも僕は選挙になど行ったこともないから、一人の政治屋も支持したり認めたりしたことは無いし、役人に至っては滅亡すればいいと常々考えています。にも関わらず、なぜ僕が収めた税金が使われるのでしょうか? 冗談じゃないです。

大体国に責任があるというのはどういう意味か。国というものは実態があるものではない、形式的なものです。責任は、その形式を運用している中の人に帰されるべきです。つまり、まずは企業、厚生労働省に所属する怠慢な病原体、そして当時から現在までの大臣、与党、さらには彼らを支持した連中。まずはそいつらが身銭を切ってその金を用立てるべきでしょう。自分の犯罪行為を税金を使って償って、当の本人達はのうのうと暮らしているというのでは話になりません。

近代民主制というのは、総無責任状態を作り出します。選ばれた政治家が取る責任なんて、良いところ辞任する辺りまでで、それ以上の追求はされません。就任中にどんな強権を持っていてもです。そういう連中を選んだ奴等も何の責任も問われません。また無責任に次の選挙でも同じ政治屋に投票するわけです。だから、こんなくされた政府が何十年も続いているなんてことになるんでしょう。

現在の官僚制というのが更に輪をかけて責任を曖昧にします。奴等は誰から選ばれたわけでもない。ちょっとお勉強が出来た程度の連中の集まりです。誰が何を決定しているかもほとんど公開されない。にもかかわらず絶大な権限を持ち、様々な特権を貪っているわけです。で、致命的なミスや怠慢行為を行っても、良いところ辞任する程度で、就任中に得た金で悠々自適な生活を送ったり、あわよくば天下って更に金を貪ったりしているわけです。

こんな連中が存在しているのに、何故この財政難のご時世に、馬鹿役人とアホ政治屋の起こした問題の解決に税金が使われるのか、さっぱりです。繰り返しになりますが、関与した役人と、当時から現在までの大臣、与党、さらには彼らを支持した連中。そいつらの全財産の没収、足りなければ体をパーツとして売る。足りなければ、家族の分も同様にする。それでも足りないとなって初めて税金を使うという選択が出てきます。

権限に応じた責任は無制限に追求されるべきです。こんな当然のことが行われないということをシステムとして担保している腐った制度は、即刻叩き壊すべきでしょう。今時近代民主制万歳とか信仰しているなんて、愚かにも程があります。現在の官僚制なんて論外です。
「いいソフトさえあれば勝てる」という常識が変わりはじめた

表現が判りづらい。マリオだのゼルダだの言う以前にWiiが売れているという時点で、ソフトの内容でハードが売れるわけではないということを証明しています。PS3が値下げしただけで馬鹿売れってのもそういうことですね。更に言うなら、良いソフトだけではユーザーが満足しないのではなくて、ユーザーは質の善し悪しを判断しなくなった、あるいはできなくなった。というのが正解だと思えます。

つか、過去にそんな常識あったのかよ。だってFFやDQでハード売り上げが決定的に決まるなんて時点で、それが非常識であるってのが良く判るじゃない。まぁこの場合言われている良いは内容の質ってことじゃないのかもしれませんけどね。

これはゲームのみならず、ありとあらゆる分野で同様の現象が起きています。例えば同じ日経にこんな記事があります。


2007年テレビ新作、セルDVDランキング上位に姿なし

売れたのは「ポケモン」「名探偵コナン」「クレヨンしんちゃん」「ドラえもん」「エヴァ」ってことで、まぁお子様向けは見ていないので内容についてはなんとも言えない部分があるんですが、結局ブランドに金を出しているってことでしょ。エヴァなんて典型ですよ。あれだけ視聴者がコケにされたのに、まだ信者が居るってのが凄い。

クオリティが高いと主張されているAmazonのランキングはどうかっていうと『らき☆すた』『CLANNAD』『Kanon』『グレンラガン』『銀魂』… って高いのかクオリティ? ポジショントークなのかもしれないけど、この内容で目利きとはとても言えない。結局寄っかかってるものが変わったってだけで、ブランドに乗っかってるって部分は、オリコンランキングとなんら変わっていない。僕に言わせれば、どちらも中身を自分で理解し、評価した結果には見えない。だって、どれもこれも中身なんて無い作品だからね(Kanonは知らないけど)。


まぁヲタも大衆の単なる変異体でしかないですから、行動原理が同じなのは当然のことで、驚くに値しません。で、大衆ってのは自分で判断しないから大衆であるわけで、中身を理解することを放棄しているから大衆たり得ているわけです。よって内容の善し悪しと売り上げには直接の関係性は無い。そんなことは、既にエイベッ糞や松下やトヨタが過去に証明済みです。

それが昨今目立ち始めたのは、確かにネットがあるのかもしれない。つまり、これまではマスコミを初め一応それなりの権威を持つものがトレンドを決定するという流れがあったわけです。松下やトヨタが売れるのは彼らが実績を作ってきたという過去があったから。それが、エイベッ糞になると、露出さえすれば売れるに変わった。そして、ネット勢力が強くなるに従って、それさえなくなってボーダーレスに近づいてきている。エヴァ辺りがその転換点かもしれない。だから萌えという記号化が成立するし、積極的に肯定される。判りやすいですからね。で、企業がそれに乗って、記号を再生産し、宣伝までする。と、いよいよ本流になる訳ですね。その結果がらき☆すた。

だから、ビジネスとして成功させるのに、内容は必要とされないってのは資本主義社会においては規定のことで、昨今はそれが加速されているってことでしょうね。消費者に内容を理解させるなんて迂遠なことをさせるより、ブランドに反応させた方がはるかに効率が良い。そして、効率が良いものが勝利するのが資本主義です。だから、製品だけじゃなくて、そういう消費者も再生産するべく努力してきた。その結果でもあるわけです。資本主義が文化の敵である理由は、まさにそこにあります。
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1億5000万円時効で徴収不能

社会保険庁では、「職員の法令順守の意識が足りず、不適正処理がまんえんしていたとしか言いようがない」としている。


おーまーえーがーいーうーなー。
「我々の法令順守の意識欠如や不適正処理が地方にも感染してしまったようです」
くらい言ってみろってんだよ。病原体の親戚なんだから病原体に決まってるだろうが。

まぁ、1億でも10億でも、彼らに責任を取って貰えさえすれば結構ですよ。まさかこの期に及んで、税金や保険料から補填なんてことは無いですよね?

当然こいつらの全財産は没収。家族の財産も没収。足りない分は体を切り売りしてでも回収ですよね? つか、まずはやく人権を剥奪してください。だって、社保庁とその下部組織に属していた奴に人権なんて必要ないでしょ。
暴力団も絡む「ヤミ軽油」の実態

ヤミ軽油自体は、環境汚染の問題なんかもはらむので、避けてもらいたいとは思いますが、暴力団に金が行くことと、役人に金が行くことのどちらがより悪かと言われると、正直回答に困ってしまいます。つか、多分暴力団に行った方がまだマシ。

それもこれも、役人が無駄遣いする為に、くだらない税金をいつまでもかけているから、暴力団が肥えたり、環境が汚染されたりするってことなんじゃないんですかね。奴等の存在自体が害悪であるということが良く判ります。奴等に金が行っても害、行かないようにしても害ですから、まさしく存在自体が害悪ってことです。
神世界「1500万騙し取られた」 都に被害相談相次ぐ

宗教およびその類似のもの、それらの信仰に関するもので詐欺罪なんて成立するんだろうか? まともに考えれば科学的には証明不可能だということは誰にでも判る。それ以上の何かを望むのは信仰でしか無いわけで、効果がなかったから詐欺だなんて言い出したら、世の中のほとんどの宗教は詐欺罪が成立するような気がします。

自分の信仰が薄れたからと言って、その債務を国なりに回収させようって考えは、はっきり言って我が儘でしかないでしょう。何千万だろうが、何億だろうが、払った奴が悪い。相手に悪意があろうがなかろうが、最初からインチキだろうがなんだろうが、そんなことは一切関係無い。信仰ってのはそういうもんでしょう。

今更騙されたと喚き立てるのはおこがましいにも程があります。一辺死んでみる? って感じです。それが嫌なら最初から宗教や擬きを信用しないことです。信仰してしまった時点で、こういう主張をする権利は放棄したと見なすのが適切でしょう。
警察が全く信用できないという話が連続で出てきています。酷い話です。

踏み字被害者訴え 主張の変更、検事が迫る

そもそも10回なのか1回なのかがそれ程重要なことなんだろうか。10回だと駄目だけれど、1回なら許されるとそういう理屈か。まずその段階から狂ってる。しかも、もし1回以上行為が強要されていたとするなら、それを棚に上げて偽証教唆しているという酷い顛末。犯罪を裁く側の人間が、取り調べや裁判の場で堂々と犯罪行為を行っている訳だ。もし、これが事実なら、即刻クビにしてもらって、彼らが担当した事件は最初から調査し直しをする必要があるだろう。

警察官メモは開示対象 最高裁が初判断

さて、なんで開示を拒むのか。それは簡単なことで、開示されると困る内容が書かれていることがあるから。そんなのは小学生でも判る。つまり、警察は自分達に都合の悪い情報は隠蔽しているわけだ。彼らの業務は成績を上げることではなくて、真実を明らかにすることがまず第一義。でっちあげは当然何の意味もない。そのメモが証拠としてどの程度の能力があるのかは、判断できないけれど、開示が出来ないとなれば、そこに書かれている内容は想定できるし、拒む奴等が何をやってきたかも想定できる。

ドアロックかけず小5転落死 「逮捕はおかしい」との声

答えは簡単で、小学五年生が死亡というショッキングな事件であるが為に、犯人が必要だと判断したって事でしょう。羊を犠牲に捧げる名分として、無意味の代表格である道路交通法の、その中でも最悪な速度超過を使って、犯人をでっち上げているわけです。この理屈で犯罪者にされるなら、車の運転をする人の9割以上をいつでも犯罪者に出来ます。犯罪者にされるか否かは、警察の胸先三寸ってことですね。ねずみ取りやオービスの設定速度をある日いきなり制限速度を少しでも超えたらにしたら、ほとんど全部の車にキップが切れるでしょう。警察やこんな腐った法律を維持し続ける国はいつでもお前は犯罪者だと言うことが出来る権限を持っているということです。気に入らない奴は牢屋に叩き込むことなんか奴等にとってはいとも簡単に、かつ『合法的に』行うことができます。ヤクザに逆らったら殺されるなんて以上に簡単にです。

結局、警察の捜査は今となっては全く信用できないってことでしょう。国家権力と法律をバックに一般市民に対して高圧的に偽証を強要したり、証拠をねつ造、隠蔽したりが常態化していると見られても仕方がない。取り調べの録画や録音に反対するのも、弁護士の同席を拒むのも、不都合があるような内容があるからだろう。まさしく、この社会で最も最悪なヤクザ的行為が正義の名の下に行われている訳です。

誰かを陥れようと思えばいつでも犯罪者に出来る。それが警察という存在で、その恐怖を解消する手段が規律と信用なんですが、日本の警察には、その両方共欠けていると判断せざるを得ないようです。
なんだかんだで上手く纏まりました。この辺は構成の巧さを感じます。広げた分はきっちりと回収して終わってます。それだけでも話として綺麗です。今回のシリーズは、笹原の就職までの道のりを使ってヲタ達の普段と現実のギャップを描きつつ、結局落ち着いてしまえば斑目状態に復帰という、まさにある意味で典型的というか、ステレオタイプ的な内容を描いているように感じました。

それでも、一応それなりにロマンス的なものがあったりとか、制作の過程とか、苦しみとか、楽しみとか、ドタバタを濃縮した形で描き込んだのは正解だったと思います。1クールに収めたので良い感じのペースで進みましたし、その過程があるから笹原の面接のシーンには、それなりの思いってものが感じられました。

ヲタ系のアニメとしては、一番無難かつ綺麗な仕上がりだったと思います。横手脚本の巧さも手伝って、見ていて十分楽しめました。3期ってあり得るのかちょっと微妙な感じはありますけど、荻上のその後とかもちょっと見てみたい感じがしますね。
2クールなんですねぇこれ。ま、確かに何の結論も出てない、どころか何も始まってないって状態でしたからねぇ。コミックスで5巻までしか出ていないものを2クールにしようと思えば、こういう状態になるというのは、必然かもしれません。情報量が薄すぎです。

で、半分まできてやっと話が始まりそうです。つか、普通なら5話ぐらいに入る話なんじゃねって感じの話。変に推理モノを気取らないで、このくらい思い切って作為的にした方が良いような気がします。マユキが特別な能力を持っているって設定を見せられれば、もうそれ以上推理モノを展開する意味は無い訳で、後は、超能力バトルの方向に持って行った方が話が自然です。

今回のエピソードが終わってやっと初期設定が終わるということになるんでしょう。本番はここからになりそうです。前半もたついた分後半に挽回してくれることを期待したいです。
最終回。素晴らしい出来でした。映像表現が圧倒的です。千尋編の結末は、みやこ編をなぞる形になるんだろうなと予想はしていましたし、蓮治に対する描写が続いた段階で、それは確信に変わりましたが、それでもここまで魅せて引き込む映像になっていたのは素晴らしいです。

千尋の記憶を集める蓮治。新しく作るという流れかなと思っていたので、この行動は最初ちょっと驚きました。そして、不完全だけど幾つかの記憶の欠片を集め、そして全部集めることを千尋に約束します。既にこの段階で相当来るものがあるんですが、それに対する千尋の反応は胸を締め付けるものがありました。

なるほど、確かに忘れることは出来なかったという流れは、考えてみれば至極当然のことですね。実は例え千尋であったとしても、日記のページを破った程度では記憶を完全に消すことは出来ない。それは、蓮治に対する最高の賞賛であり、と同時に千尋の思いがどのような、どのくらいのものであったのかを否応なしに理解させてくれます。存在と記憶を切り離す形にするのかなとも思ったんですが、実際にはやはり記憶が鍵となりました。それはそれでアリでしょう。その上で、プラスαとして何を付け加えるかがキャラごとに異なるという部分が、この作品のキモの部分でした。

ここまでの流れは素晴らしく、とても15分あったとは思えない速さでした。まだ5分位しか見ていないようなそんな気がしたくらいです。完全に映像に引き込まれました。どんな謎も、ショッキングなエピソードも無くても、見ているものをこれだけ引き込めるというのは、作品の質を高さを証明してくれています。

ハイテンポで進んだ後にコーダが来ます。これは後日談の形を取った纏め。それほどくどい言い回しを使わずに端的に表しています。ちょっとオールハッピーは出来すぎかなと思わなくもないですが、でもそれこそがこの作品のテーマの一つなので、逆にそうでなければならないのかもしれません。

僅か1クールの短い作品でしたが、素晴らしい出来でした。シナリオ、構成、演出どれをとってもほぼ満点に近い傑作です。いや、しかしここしばらく良い作品が続いて出てきています。本当にありがたいことです。
エイベックス取締役の見解

いや、だってあいつキ印としか思えないから(笑) もう気にしても仕方ないんだけど。仮に正気だったとしても、エイベッ糞なんて、クリエイターを食い物にしている代表的な企業の取締役なんてやって金取っておいて、作る側なんてことを言い出す厚顔無恥な馬鹿野郎だからな。問題はそう言う奴が偉そうな肩書きを持って、堂々と発言していても許されているという方だろうね。
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ハトのふんで滑った米男性、約7億円の賠償金獲得

このニュースを見て大抵の日本人は笑うか、首をかしげるかでしょう。確かに7億なんて金額がまかり通るのは、資本主義と近代民主制の権化であり、馬鹿ばっかのアメリカらしい現象ですが、その根底を考えると、笑ってばかりも居られません。

結局、この事件の根底には、馬鹿が起こした不祥事は社会が保証するべきだという原則が働いているからです。この発想は、アメリカだけでなく日本にもかなりまかり通っている考え方で、その一部は法律などでも担保されているという駄目っぷりです。

このおっさんが単なる馬鹿なのか、意図的な悪意があったのかは知りませんが、何れにしても付け込まれるだけの隙が社会の側にあったと言うこと。頻繁に出てくる、自殺者の遺族の損害賠償請求なんてもこれと同じ原理です。

ちゃんと考えれば、自分で転けたくらい自分で責任を取れってことになるし、自分で死んだくらい自分で責任を取れというのは当然だと思えるのですが、どうも被害者だと強弁することで、責任を転嫁させて金を巻き上げるという商売が許されているという傾向があります。こういう屁理屈がまかり通るものだから、自分で自分の責任を負って生きるなどというのは、馬鹿のやることであり、賢い生き方ではない。少数派で格好悪くて負け組ってことになる訳です。

いや全く大した主権者様です。ビバ!民主主義って感じですわ。
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新任女性教員の自殺、遺族が公務災害申請へ

彼女が受けた災難のかなりの部分は家族制度に原因があります。特に親権者に対する権限は強すぎて話にならないレベルで、これを削減しなければ、まず教育問題なんてどこをどういじくっても大して変わることは無いと断言できます。現実的を言い訳に場当たり的なパッチあてを幾らしたところで、問題を先送りにし、状態を悪化させることにしかならないでしょう。断言します。

というのは前提ではあるんですが、それにしても、自殺者の遺族の対応というのは、毎度毎度見苦しい。成人の自殺の責任は、強要や脅迫でも無い限り、状況にかかわらず当人以外には転嫁できません。出来ると思っているのはおこがましいし、法律上できるとされているとすれば、法律の方が間違っています。その腐った法律を逆手に取って、金儲けを考えているんだろとしか理解のしようがないです。恥の上塗りとはまさにこのこと。きっと、自分の娘だけは…って思っているんでしょうね。それって、彼女が担当していた生徒の馬鹿親達と発想が同じだって、気付いているんですかね? まぁこの場合責任を問えるとするなら、そう言う状態であったにも関わらず、状況を見誤って適切な措置をしなかった医者の責任は問えるかもしれません。

穿った見方をすれば、この程度で自殺するって時点で、やっていることが中学生並と判断することも出来る。そんな精神年齢中学生の教師に教えられていた生徒は気の毒だし、その保護者も文句を言いたくなるかもしれない。とさえ思える。結局、状況に対して、自殺という選択肢しか持ち得なかったような奴は教師としての能力があからさまに欠如しているとしか判断できないでしょう。同情の余地はまるでない。

馬鹿親共が大量発生しているというのは、多分事実だし、それに対する接し方の指導ができていなかった、というか、それは指導云々というよりも社会的なコンセンサスと言った方がいいかもしれない。馬鹿親でも対応しなければならないという、社会的意志がそこにあって、彼女はそれに縛られたんだろう。結局、イデオロギーに対してあまりにも不自由、あまりにも幼稚であったということなんだろう。職を間違えたねって感じ。

自殺を選択する最大の理由は、自殺さえすれば勝者になり得るという感覚があるから。自殺さえすれば一気に可哀想ムードが盛り上がって、当人の責任は棚上げされて、完全な被害者として扱われる。こういう風潮があるから、安易に自殺という選択をさせることになる。そんなに追い込まれて可哀想よねぇとか言ってる連中こそが、彼らに自殺という選択をさせている。そのことを自覚するべきだろう。
【主張】独法改革 これで終わりとするのか

政策を考える時、何が正しいのか迷った時は、役人が一番損をする選択が最も正しい。これはかなりの真理です。個人的に役人が嫌いだからというだけじゃなくて、本気でそういうことが多い。それだけ奴等が悪質な権限を獲得しているってことなんでしょう。なんで、この改革の是非なんてものは、ほとんど考えるまでもなく答えは自動的に出て来ます。まぁ所詮自民党ですから、そう簡単に改革なんてできるはずはないだろうと予想していましたが、案の定って感じです。

そう言う意味で、結論自体は想定内ですってかんじなんですが、それにしても呆れるのが、フクダとマチムラの発言。もう、こいつらに発言させない方が良いと思うね。失言を通り越したトンデモ発言が連日のように出てきています。フクダは最初から期待しても居ないし、駄目だろうと思っていましたが、マチムラはそれ以上に酷い。

まぁ官房長官なんだから、首相以下なのは正しい姿なのかもしれませんが、このジジイの政治的センスは本気でゼロです。役人上がりのこんなアホを当選させる北海道のアホ有権者にはきっちり責任を取っていただきたいものです。
フリーオ駆逐の最終兵器、「合法外付けチューナー」の胎動

それでは、第2、第3のFriioを出現させないために、何をすれば良いのか。抜本策の一つとして考えられるのは、ARIBの標準規格に沿った形でコンテンツを厳格に保護しながら、パソコンに外付けする地デジチューナーの単体販売を認めることだ


PC用の地デジチューナーが出てくれば、多分それなりには売れるだろうけど、それとFriioの問題とは、というか、ターゲットが全く異なるように思えてならない。確かにダビング10が実装されれば、これまでよりは多少なりとも自由度は上がり、編集などはある程度できるようになるかもしれない。

で、そのファイルはどうやって使うんです? そのチューナーが接続されて、専用ソフトがインストールされたPCでのみ視聴可能とか?

ありえねー。編集した結果をBlueにムーブとか? それも微妙。つか、それなら現行のレコーダーでも可能な範囲だよね。そういうレベルを求めているんじゃないんですよ。だから、権利屋の現在の主張を認めた形でコンテンツを厳格に保護したんじゃ、ぶっちゃけ使い物にならない。コンテンツとしての価値ががた落ちなんですよ。

そこが判らない限り、彼らは絶対にまともな対応が出来ない。すでに、コンテンツというのは、ハンドリングと一体になってナンボって考えている人達が少なからず居るってことです。まぁほとんどの連中は、そんなこと気にもしていなくて、それは着うたなんて馬鹿らしいものが売れまくっているって状況からも明らかで、そういう連中は、権利屋様がコンテンツを見せてくださるというのを、ありがたがって、布施しまくるんでしょう。彼らにとってはとりあえずPC上で地デジが見られればそれでいいのかもしれません。

けど、Friioとかをあえて購入しているようなユーザーの目的ってのは、恐らくそういうものじゃないでしょう。つまり、この記事は全く現状を理解していない記者が書いた頓珍漢な内容でしょうね。ちなみに、そんな馬鹿野郎が、良貨だの悪貨だの書いていますが、さて、どっちが良貨でどっちが悪貨なのか。コイツの見解を聞いていると、馬鹿っことばっかり言ってる某国の首相や官房長官の馬鹿さ加減に通ずるものがあるような気がします。さすが日経って感じです。
見ていてむせる位爆笑しました。タマちゃんに惹かれて良い感じの話に纏まるのかなぁと思いきや、ミヤミヤ最高のアクセントになってます。そこへもってきて、「林格好良い」はねーだろ(笑)

東がついに桐野の策略に填って乗せられた訳ですが、あそこまで負けず嫌いなら、勉強の方だってそれなりの成績が取れると思うんですけどね。ってドジで全滅って設定なのか。でも、やれる子なんだって感じで盛り上がったところで、またミヤミヤブラック発動(笑)

いやぁ、青春系の話とギャグとのバランスが良いところに、軽快なテンポ、そして切り返しの切れが良いです。ある意味何も考えなくても魅せてくれるというのがバンブーの良いところ。

なんとなく纏まったような感じを残しつつ、ミヤミヤの問題とか幾つかの課題に関しては積み残して、前振り完了って感じになってます。折り返しの回としては良い出来何じゃないでしょうか。綺麗な構成です。後半も期待できそうですね。
前回比較的綺麗に纏まって、それで最終回かなと思ったらもう一回あって、さて、一体何をやるんだろうと思っていました。時間のほとんどをキャラクター紹介に費やすという手法で、これもまぁ最後という意味では悪くないかもしれないなぁと見ていると、結局ラストシーンが全てなんだなって事ですね。

つまり、ソラが自分の口で自己紹介をする。これを描く為に個々までずーっとやってきたんだなという風に理解できます。桜の比喩もまぁ悪くなくて、美術部のみんなも一人として同じ人は居ない、だから自分も自分であり何だという理屈。とても素直で判りやすい。つまり、らしい考え方だなという気がします。

キャラクターがそれぞれちょっと変わった連中であるということが、花見のシーンや、部室を訪れるシーンで描かれていて、遅咲きの桜をみんなで取り囲むとか、応援するところとか、上手いなって感じがしました。全体として、好みではなかったけれど、この辺のそつのなさは佐藤順一の手腕を感じさせるものがありました。結果として、終りよければ全て良しって感じで、収束しているなという感じがします。こうされちゃうと、良い印象が残りますね。
両南家のクリスマスの過ごし方。どっちも可笑しい。まずは本家南家は千秋のサンタ騒動。確かに微妙なお年頃かもしれない。で、それはともかく、アラスカ帰りのタフガイであれだけ遊べるといのが凄い。で、千秋は結局どう思っているのかってのも良く判らない。大切なのかそうでないのか(笑)

で、お隣の南家も相変わらずで、内緒話を本人の前で堂々とする兄貴達。いやもう情けないとかそう言うこと以前な気がします。で、そう言う環境に育った娘は男っぽくなるんだろうか。ちと微妙。

二重生活のネタもショートだけど面白かった。春香が珍しく聞いていて仕返しする辺りがなかなかナイス。さらに本当に電話をする夏奈もさすが。あれで、おやつはまだだって話になったら、本気で食べに行くんだろうな。

絶妙な感じのテンポとギャグが有効に効いています。絶対変なんだけど、あるかもしれないって感じが重要なところですよね。このバランスを崩すと一気に面白く無くなってしまいます。それが上手いところが味になって良い感じに仕上がっています。
結局、このパターンが一番面白いって感じがします。穂波とアディが暴走するのを見ているのはなかなか楽しい。逆に言うとそれ以外にあまり見るところが今のところ無い。12本もやっていて、結局それしかないって辺りが寂しいところです。まぁ2クールらしいし、折り返しってところだからこれから盛り上がってくるという可能性も無くはないです。が、せめてもう少し話の軸が見えてくれば良いと思うんですけど、そう言う部分が見えてこないのがキツイです。

基本的にはコメディの路線で、裏にもう少し何かが出来れば大分良くなると思うんですけどね。変に真面目ぶらない方が楽しくなるんじゃないかと思います。まぁ2クールとなると、先はまだ長いので、ここからじっくりと話を作るだけの時間は取れるでしょう。頑張って欲しいです。