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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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まぁ頑張りました。それは認めます。あの一点は流石ミランという速攻でした。課題もはっきりして、というかこれは以前からはっきりしていましたが、攻撃の精度。こればっかりは全くレベルが違うという感じでした。だったら、速攻という形に出来れば良かったんですけど、中盤でもたついてしまって、良い感じになったのは数回ってところでした。

そういう意味では小野を早い段階で出したかったんですが、なんでだか出し惜しみ。つか、トーナメントで負けているのに、交代枠を残すってのは正直どうなのよって気はした。長谷部か啓太、あるいは細貝に変えて小野ってのは、後半早々にでもやって不思議じゃないと思うんですけどね。これからまだまだシーズンは長いって訳でもないし、戦力を温存することに意味があるようには思えません。ぶっちゃけ、1-0でも2-0でも3-0でも負けという意味では同じな訳です。

久しぶりの山田は頑張ってました。そうとう鬱憤が溜まってたんじゃないでしょうかね。まぁベンチ入りも出来ない状態で、あの酷い試合を見せられましたから、さもありなんってところでしょう。まぁ、後一試合あります。この試合に勝つか負けるかも、全然違います。是非今シーズンのラストを勝利で飾って欲しいものです。
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う?ん、確かに摩央姐さんはちょっと表現が薄かったというのはあるんですけど、それにしてもここへ来て動かしますか。瑛理子ちゃんの件だって片付いてないのにねぇ。まぁ、光一と摩央姐さんは幼馴染みって設定だから、絶対無いって話ではないんだけど、これまでそう言うそぶりがほとんど無いような状態だったから、ちょっとインチキ臭いという感じはします。

気になるのは結美ちゃんが何に悩んでいたか。これに関しても悩んでいたと言うだけで一切他の情報がないってのは、ここへ来てちょっとずりぃって感じがします。でも、個人的には、光一と摩央姐さんの線はフェイクだと思うなぁ。そうじゃないとこれまでの話って意味がなくなっちゃうじゃない。何れにしても次の話では落ち着いて、そこから先は瑛理子ちゃんのネタに走るって感じかな。

むしろ瑛理子ちゃんと明日夏ちゃんの一騎打ちの方が熱い気がする。こちらはどっちが生き残るのか全く予断を許さないって状態ですからね。個人的には、瑛理子ちゃんは一輝にはつり合わないって感じがしてて、明日夏ちゃんとの方がすっきりするような気がする。柊がジョーカーかなと思ってたんだけど、そういう役割でもないのかな。もう時間が無いんで、どこまで描けるのか難しいところですね。
教科書でアシ 強盗大学生を逮捕

こんな馬鹿が実在するのか… ギャグというなら判らないでもない。21歳じゃなくて12歳の間違いなんじゃないか? もし本気でやっているなら、そうねぇ4、50年は社会から隔離しておいた方が、本人と社会の為だと思うね。
「言ったこと頭に浮かばなかった」 福田首相、年金公約で釈明

この馬鹿野郎これで言い訳になっていると思っているんだろうか? ほんの数ヶ月前の選挙。しかも自分達が惨敗した選挙の公約を忘れてるんですか? そんな奴が首相ですか? 恥と馬鹿の上塗りだわホント。しかも、今言い訳したその口で、言い訳はできないって言われても何の説得力もねーっつの。

で、「着実にやっていく」って台詞がまるで信用できない。だってやってるのは問題を引き起こした当の社保庁の職員じゃねーか。だからきっちり数値として期限を出せ、実際のところを公表しろって話になっていて、出来ないなら出来ないで、その責任を追求しろって話になるのに、今やってますからって、ソバ屋の出前じゃねーんだよ。

いやぁ、この男、無能だろうなとは思っていたけど、ここまでだとは… 自民党にはもう人材が居ないってことなんだろうな。
舛添氏の「進退」福田首相直撃…年金問題で「安倍の道」

まぁそもそもアベは最初から無責任で言いたい放題だったわけだが、結局その他の連中も同じような奴等だったってことだ。これだけの人間が同じようなことを平然と言ってのけるという事実を見ると、組織ぐるみな偽装を無責任に党として指示していると断定できる。まぁ頭領のフクダが、堂々とすっとぼけて偽装に荷担しているのだから話にならない。

もう、奴等は政治家としての最低限の資質すら持ち合わせていないということが良く判った。国民や企業のモラルの低下だのなんだのを語る資格は奴等には無い。少なくとも自民党と公明党に所属している連中には無い。小学校の「しゃかいか」から勉強し直して出直してこいって感じだ。

多分無理矢理言わされている奴も居るんだろう。誰の意志でそういう指示がなされたのか、暴露すればヒーローになれるのにね。迎合したんじゃ意味がない。そうさせる力学があるのも判る。それこそが近代民主制ではまともな政治は成立しないという証だ。


「民主党は烏合の衆」 森元首相吠える

自民党は駄目だと再確認しているこの時期に、ちよ父の奴は自分達の馬鹿さ加減を強化するようなことを言ってます。民主党は烏合の衆というのは事実だとしても、それなら自民党は烏合の糞でしかねーだろ。やっぱこいつ馬鹿だわ。つか、赤っ恥かいて首相を辞めた癖に、堂々と政治家を続けて、権力を維持し、あまつさえこんなことを言ってのけているってところが、まさしく自民党の政治屋だよねぇって感じがする(笑)
レンタカーの駐車違反反則金、会社が肩代わり年3千件

役人ってのは本当に頭を使わない連中だよ。違反金を最終的に車の持ち主に請求するってのは、運転者を特定することが難しいから。けど、レンタカーの場合は契約者を運転者と見なすことは、それほど無理なことじゃない。それでも気に入らなければ、レンタル契約期間は、契約者を所有者と見なすとしてもいい。


どう考えてもレンタカー会社に請求するなんて馬鹿げている。馬鹿役人共が手抜きをしているだけだろう。楽すること、横領すること、天下ることばかり考えてないで、たまには真面目にちゃんと仕事のことを考えてみろよ。
高校の授業料ぐらい自治体は支援すれば

さて、本当に高校の学費を支援すれば問題は解決するんでしょうか? っていうか、公立高校の学費くらい当人が本気を出せば、バイトででも支払える金額だと思いますよ。しかも、必死にやらなくても払える程度でしょう。それをしないのは何故?

家族の生活を支える為に自分の給料は全部突っ込んでるなんて状態だとするなら、それは授業料云々の問題じゃない。もっと本質的な面から社会保障体制を考えるべきで、教育費用云々を言っても仕方ない。明らかに視点が誤り。だから、そういう場合は除外して考えるのが正しい。

だとしたら、貧困が原因で学歴が得られないってのは言い訳にしか聞こえない。ミクロもマクロもくそもねぇよ。その程度のことすらやる気が無い奴が真面目に勉強しているとも思えない。なんでもかんでも救えば良いってもんじゃない。駄目親の問題は子供の責任じゃない。それは一見ごもっともな話だけど、実際には制度のイイトコドリ。

優秀な親、金持ちの親の存在は子供の実績ではないのに、子供達はそのメリットを享受することが許されている。なら、マイナスの面も一定に継承するのは仕方ないことだろう。プラス側は受け取るけど、マイナス側は国が負担しろなんて都合が良すぎる。それを嫌がるなら、プラス側もマイナス側も継承を放棄するという仕方がフェアなんじゃないの?

ただ、現状においては様々な事情があるのが現実だろうから、一律に数値だけで処理するのはよろしくないというのは確かにあるかもしれない。それは、一時的な例外措置であって、原則ではない。それを混同してしまったのでは話にならないでしょう。
efについて少し考えてみました。特に千尋とみやこという二つの物語のギャップについて。正確に言うなら、何故ギャップを感じるのかという点についてということになります。これまで、二つの物語のウェイトが違うということを強調してきました。構成や演出の部分について言えば、どちらも良い出来なんですが、あくまでも物語そのものにギャップがあるように感じていました。それがどこから来ているのか、ちょっと真面目に考えてみました。

みやこの物語を見た時、一番気になるのは彼女が存在を他人に依存しているのは何故かという部分になります。それは、子供の頃の親との関係性から来ているという設定になっている訳なんですが、それが特別な境遇では無いのではないかという感覚がどうしても拭えず、それ故にみやこに共感できないという状況を生んでいます。彼女の境遇は普通であると感じられるだけに、自分が彼女のような立場になった時には、そういう判断をしないだろうという信念がそこにあるわけです。

対して千尋の方も、実は趣旨自体は変わっていません。彼女が一人で存在していた世界から、二人あるいはそれ以上の世界への移行。つまり、他人の中の自分の存在によって自分の存在を定位させるという訳ですから、基本路線は同じです。ところが、千尋の場合、記憶が13時間しか維持出来ないという絶対的な設定がある為に、それ以外に自分の存在を維持することが出来ないという解釈が成立します。それ故に納得が行っているというか、そういう選択しか出来ないという彼女の切なさというものすら感じられます。この記憶障害という設定によって、千尋は普通ではない、自分とは異なる存在であるという前提が成立しています。だから、彼女の行動原理を自分に置き換えるという行為自体が無意味となり、千尋の言動を素直に受け入れることが出来るわけです。

これは僕個人の主観において、「自分は自分の存在を自分自身において定位する」べきだという考え方を持っているという事実に起因しています。だから「自分は自分の存在を自分以外において定位する」ということをデフォルトにしているみやこの思考パターンが好きになれないし、それをベースとして話を展開されると、どうしても温く感じてしまう。

けれど、実際には「自分の存在を自分自身において定位する」というのは、簡単なことではありません。千尋の例を引くまでもなく、自分の記憶が常に正しいというのは、信仰でしかなく、なんら保証されるものではないからです。通常自分自身の記憶の正しさを確かめる為には、自分以外の誰かの記憶と自分の記憶に齟齬がないということを暗黙の内に相互確認することで成立しています。もし、自分以外の全ての人間の記憶が自分の記憶と異なっていた場合、周りがおかしくて自分が正しいと断言することは不可能とは言わないまでも簡単なことではないでしょう。仮にそう強弁しても、自分が異常者扱いされるだけです。結局「自分の存在を自分以外において定位する」というのは、現実においても普通に行われていることで、なにも特別なことではない。逆に言えばみやこは繊細なだけでしかないのかもしれません。

ただ、だとしてもやはり主体がどちらなのかというのはどうしても気になります。自分以外の中での自分の存在が、自分の存在を無条件に決定してしまうかのような思考パターンにやはりどうしても引っかかります。できることなら、自分以外の中の自分の存在の有無を一旦自分に戻してから自分の存在を決定するというプロセスが欲しい。千尋で言うところの、一人の世界に居るか、絵の世界に行くかの決定は自ら行うという選択肢が欲しい。そう思ってしまいます。つまり、僕は頑固者ってことですね。

ある人から自分の存在が消えるというのは、恐らく思っているよりもキツイことで、ましてやそれが重要な人物であるならなおさらでしょう。知識としてはそうだろうとは想定できます。けれど、この感覚を理解するのは経験してでもいない限りなかなか難しいのかもしれません。この感覚を理解している人にとっては、みやこの物語というのは、非常に真に迫るものがあるのかもしれません。逆にそういう人から見ると千尋の物語というのは、極端な設定に踊らされていると感じられる可能性もあります。

さて、この作品もいよいよ大詰めです。ラストは一体どういう結末になるのか、非常に楽しみなんですが、今更ながら人間ってのは自分の通常の思考方法から自由に作品に向かうというのは難しいんだなぁと思わせる作品でした。ひょっとしたら、最初からそういう事態を想定して二つの物語が用意されていたのかもしれません。結局二つの物語の結末は同じというラストになっていて、自分が共感しやすい方を見てください。でもそうじゃないパターンというのも存在しえるんだよ。そういう作品なのかもしれません。もしそうだとしたら、それはそれで意欲作ではあるんじゃないのかなぁと思います
全編みやこ編。これで終結ってことなのかな? 少なくともみやこのようなタイプっていうのは、男からすると、怖いタイプ。占有しないと気が済まないってのは、そうとう厳しい。もちろん広野にしても、この手の話にありがちな、鈍感度を思う存分発揮していた訳なので、まぁお互い様と言えないこともない。しかし、なんだかんだで景ちゃんキープ扱いになっているという気がしたのは気のせいか?

それだけで終わってしまうと、なんだかなぁって感じもするんですが、一応最後の最後、「変わるんだよ、人の気持ちなんて」っていうみやこの台詞はちょっと可愛かった。というか、彼女はそもそもそれを求めていた訳で、それが叶った瞬間だけに、この台詞はキモでした。

流石にカウントダウンは長すぎって感じがしましたし、時間切れになった時には、あれあれって状態でしたが、広野が表れるまでの間はなかなかドキドキしました。まぁもう少し話数があれば、もう一波乱って事も考えられたんですが、この辺は悲しいかな残り時間が判ってしまうだけに、結論の選択肢が絞られてしまっています。その制限の中では精一杯かなって感じがしました。

広野は広野で、単純に鈍感というオチにしないで、決断できていなかったという方向にしたのは綺麗ではあります。けれど、だとしたらもう少しそっち方面の判りやすい前振りが欲しかった。それとも見落としてるのかな。まぁ全体的に勢いだなぁという感じはしないでもないんですが、若さ故って感じでそれもありかなという気はします。思い切りも大事だよねって感じでしょうか。

さて、残すは千尋編。どう決着を付けるんでしょうか。今回でみやこ編を完結させてしまったので、次回をどう構成するのか、そちらもちょっと楽しみです。後二回ありますからね。千尋編は少し丁寧に描いていくってことですね。たっぷりと見られそうです。