FC2ブログ
Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

英数字が5割以上のコメント、TBは投稿制限しています。またスパムと判断されるものは問答無用で削除します。
構成が美しいですね。キャラクターの使い方が巧いです。前野という存在は明らかに物語から見ると異質で、しかも、男は天使になってしまうという設定上、彼が不死となることは出来ない。じゃあ、どういう役割なのかというと、まずは時間の経過を表す役目。人間の生活とは何かを表す役目。そして死ぬ為の存在として最初から位置付けられて居たわけですね。

それと同様の存在が沙耶羅。普通の人間として出てきた彼女が不老不死となって出てくる。その異質感と、怪我や病気の状態から不死になるとという設定を出す役目にもなっています。その設定が今後使われるのかは微妙という気がしないでもないですが、わざわざ出してきた以上、何らかの形で使ってくるのかもしれない。

次はまた5年?10年飛んで、前野の息子が登場って流れかもしれません。実際に不老不死だって設定して、死亡状態から蘇れば確かに不死の部分は表現できますけど、不老の部分はどうしても、相対的な対象が無いと判りづらいですからね。いきなり100年とか時間を飛ばしてしまうという手も無くはないですけど、燐達が社会との接点を求め続けている以上周辺の人間との関係を描くことで、不老不死とはなんなのかという問いかけも成立することになります。

設定は徐々に出してきていて順調なんですが、そろそろ話の本筋となる背骨部分が見えてきて欲しい。一応これで折り返しってことなんで、次回から少し展開が変わるかもしれない。そういう意味でも前野を入れ替えるというのは悪くない手だと思います。

もの凄い巧妙、緻密に計算されて作品が作られているように感じます。この手の作品ってどうしても穴が見えてくることが多いんですが、月一というペースがそれを成立させているのかもしれません。1時間枠で6本ですから、実質的には1クールに相当する長さがあるわけで、それをこのクオリティで描き切れれば、かなりの作品になるかもしれません。

とりあえず、ここまでは順調と言っていいでしょう。次回も期待できそうです。
スポンサーサイト



ある程度は想定していましたけど、予想以上のハイテンション。一話としては良い感じの掴みだったんじゃないでしょうか。合格です。コガラシ以外のキャラが予想以上にノーマルな人達なのがまた良いですね。で、コガラシはコガラシで、圧倒的に無神経ではありますが、言ってること自体はノーマル。もし、彼が普通の女性のメイドであったとするなら、つまり同じ事をフブキが言ってるなら、それ程には変な話じゃない。

言ってみればコガラシは男であるという事実と、その外見によってあそこまで虐げられているとも言えるわけで、考えようによっては、それで撲殺されかけたり、火だるまにさせられたりというのは、不幸かもしれない。

しかしまぁ、その一見普通のことをしているかのように見えて、それでいて圧倒的に異常と思えるシチュエーションというのがこの作品のキモの部分であることは言うまでもありません。しかも、なんでそんなメイドがご奉仕しにきたのかという部分に関してもちゃんと説明もされている訳で、フブキさんの釘バットも含めて、あれだけの違和感をアリなのかもしれないと一瞬思わせるという設定が絶妙です。

さて、今後当然兼ボディーガードの部分の話も出てくるんだと思いますが、当面は二人のメイドっぷりが堪能できるんじゃないでしょうか。きちんとした設定をしているということは、無茶が出来ないということも意味しますが、二人の正体や敵の存在を謎にしていることで、ある程度のマージンは取れているとも言えます。

しばらくは笑わせてくれる展開を期待できそうですね。
動物を殺して食べるということ

結局自己矛盾を起こしていて、それを誤魔化す結論になってます。散々オーストラリアの環境大臣を二枚舌だと言っておいて、自分だってやってることは結局同じなんじゃねーの? って気がする。まぁそれを他人に強要するかどうかという点に関しては、決定的な違いなんだけど、発想自体は同じに思える。

どうしてそうなるのかっていうと、人間が他の生き物を殺すということが悪であるという発想がそもそも間違っているだろうと僕には思える。鯨は駄目で牛はいいとか、牛は駄目で魚は良いとか、結局幾ら言ったところで一貫性が無いということになるのは当然のこと。それを解決するには、生き物を殺すということは、原則悪では無い。とするしかない。

当然そうする以上こちらも一貫しなくてはならない。原則的に例外無しで殺しOKってことにならないと駄目だろう。それが人間であっても例外は無いってこと。実際人間は、時と場合によっては、平気で人殺しを悪としないどころか、良いこととして推奨することがあります。例えば死刑とか、戦争とかがその典型だけど、ある種の格闘技なんかをみたり、事故が起きたというと野次馬根性が沸き上がったりと、結局血を見ること、他人が傷つくことを喜ぶという感覚が人間には存在していることは確かだろう。

じゃあ、見る奴見る奴ぶっ殺せば良いのかっていうと当然そういうことにはならない。それは何故か。自分が誰かをぶっ殺せば、その報復としてぶっ殺されるかもしれない。あるいは、自分が許可されていることは他人も許可されているということで、ある日自分がぶっ殺される側に回るかも知れない。そう思うからぶっ殺さないし、それをされると権力者が困るから、それは悪だという方便を作って、我々を洗脳している訳です。それが方便であるという証拠に、自分達や国家が困った時は、ぶっ殺しOKって判断を平気でするでしょ?

これは最終的には何を意味するかって言うと、自分の為に他人を守る。ということが成立する場合は殺すのは得策ではないって事になる訳だ。だから、そいつが死ぬことで、自分にデメリットよりもメリットがはるかに大きいと確信できるもの、例えば、蚊とかゴキブリとかは迷うことなく殺せるし、そうは言ってもデメリットが無視できないほど大きいという役人なんかの場合は、早く死んでくれないかなぁと心から願ったりするところでグッと我慢したりしている訳ですね。

で、そういうと、酷い奴だと思うかもしれないけど、実際にはそんなことは普通の人でも普通にやっている。地球の裏側で何万人という人間が飢えで死んでいくとしても、自分の全財産をなげうって、自分は生活保護で暮らしていくとかって選択をする奴はほとんど居ない。ましてやユニセフの名前を語る似非団体にはまず居ない。我々が払った税金で自衛隊や米軍が、言いがかりで始めた戦争を名目に他国の人間を殺していてもクーデターが起きるとかってこともない。それは何故かって言うと自分には関係無いと直感しているからだわな。そういう情報を見たり聞いたりすれば、一時は可哀想とか思うかもしれないし、困らない程度の寄付とかしたりすることはあるかもしれないけど、まぁ3日もすればほとんど思い起こすこともなくなるでしょう。

動物を殺すということに関しても同様で、今となっては本当の意味で人類を脅かす動植物、ファンタジー世界で言うところのドラゴンやら物の怪やらみたいなものは、地球上では存在を認識されていない。だから、大抵の人間は動物を殺すし、家畜にするし、食うことも平気でする。それは実害が無いと思っているから出来る。少数しか子孫を残さないほ乳類を食うのは気が引けるけど、一度に大量の子孫を残す類、例えば魚類なら比較的平気で食えるってのもそういうことで、動物を人間の感覚で無理矢理に理解しようとして、類や族が途絶える可能性が低ければ自分の良心が痛むという害が少ないからだわな。

けどね、実際に良く考えてみると、短期的には成立することでも、長期的に、あるいは広角的に考えると成立しないことは多くあります。直接的な害が無いからという理由だけで殺していけば、とんでもないことになりそうだというのは、絶滅危惧種の数をみれば少しは理解できるんじゃないでしょうか。ある種が絶滅するとか極端に減る、またはその逆に極端に増えることになると、一体どういうことになるのか。某国でカンガルーが増えすぎたり、別の某国で杉の花粉アレルギーが増えたりしているのは一体何故か。一回壊れてしまった生態系のバランスを元に戻すのは、簡単な事じゃない。子孫の数にしても、少ししか残さない種も、多くを残す種も、それはそれぞれ理由があってそうなってる訳で、そういう感覚で理由付けをするのが偽善だってことが良く判る。

結局、知能が高いとか低いとか、可哀想とか可哀想じゃないとか、食用として生産されているとかいないとか、文化だからとか違うとか、そんな基準で殺して良いか悪いかを決定しようとすると、絶対にオーストラリアの環境大臣やこのエントリーみたいな惨めな羽目になる。鯨やカンガルーを生きるの死ぬのと同じくらいに、山を削ってゴルフ場だのスキー上だの道路だのを作るのはどうかとか、海に訳の分からない塀を作るのはどうかとか、貴重な自然が残る土地に人間が生活したり観光したりするのはどうかとか、考える必要があるんじゃないのって気がする訳ですよ。

っていうか、その発想で行くとするなら、人間が滅ぶのが一番の手って結論が容易に導き出せる。環境だの動物愛護だの叫いている連中も結局そこまで言うことは無いんでしょ? そういう中途半端なことだから言ってることにまるで説得力ってものが無い訳ですよ。まず、人間だけは特別って前提がある段階で駄目だろね。いっそのこと海ネズミの為に、人間を猿にしてしまおうと考えたスペース・ウォーリアーズの方が潔いとすら思えるね。地球から見た時の害獣度は間違いなく、圧倒的に人間が高いでしょうから。

とは言っても、最終的には我々は人間である以上、人間視点でしか見ることは出来ない訳なんだけど、それにしても人間は霊長であるという発想を捨てて、世界の調和の一部であるって考えれば、何が許されて、何が許されないかという発想が変わってくるんじゃないかという気がします。
東芝、「REGZA」でダビング10のアナログダビングに対応

ほぉ、ダビング10はレコーダーだけのものだろうと思っていたので、これはちょっと嬉しい誤算。早く次の世代のレコーダーがでないかなぁと心待ちにしている所なんですが、もしそれを購入することになると、トリプルのデジタル録画が可能になります。これは結構大きい。一ヶ月遅れとは言え、1000/2000系もしっかりサポートしてくれるのがまた嬉しい。ついでに、録画準備の時に再生を止めるというのと、録画中にDLNA再生が出来ないって言う訳の分からない仕様をなんとかしてくれると、東芝やるじゃん! ってなるんだけどなぁ。

通常W録で困ることはまず無いんですが、たまにあるんですよね。スポーツとか映画とかスペシャル関係の放送とか、長い番組がレギュラーと重なって…ってことがね。

ともかく制限が無くなるというのは、それがどんなことであれ歓迎です。まぁ移動するとコピー禁止になってしまうということで、緊急避難的にしか使えないでしょうが、それでも使えないよりはマシってことですね。
一般人よりシューティングゲーマーが優れている7の理由

なに頓珍漢なこと書いてるんだ? って思ったら、アイロニーだった訳ですね(笑) これはなかなか傑作。実際プログラマーの中にも、ゲーマーの中にも使えない奴も、使える奴も存在しています。きちんと統計を取った訳ではありませんが、その割合も対して変わっていないように感じます。

要は、使える奴はどんなものからでも意味を見いだすし、使えない奴は何をしてもそこから意味を汲み出せない。ってことなんでしょう。表面からだけでは、人間は推し量れないってことでしょうね。
FC2テーマ:大衆 | カテゴリー:ゴミ
トラックバック:0 | コメント:0 | Page Top↑
年金問題、態勢改善に決め手なし 責任追及強める民主

責任追及は結構だけれど、ここで間違ってはいけないのは、政治屋の責任は、無責任な公約の部分に集約されるという点だということです。つまり、厚生労働相は単に不運なだけであり、責任は自民党全体にかかってくるということです。フクダの一人や二人辞めて貰ったところでどうにもなりません。自民党という党全体が腐っている訳ですから、その先端だけを切り飛ばしてもどうにもならないことは明白です。

あくまでも年金問題の責任主体は役人にあるということを忘れてはいけません。政治屋が何人責任を取ろうが、役人共がのうのうと生きている内は、同様のことが繰り返されるでしょう。というか、今でも絶対に同様なことをやっています。奴等の辞書には、反省という文字はありませんから。

まずは役人を駆除する。次に役人とくっついていたような不浄な政治屋を駆除する。そういう順番が望ましいでしょう。その両方を駆除しない限り、まともな社会など出来るはずもありません。当然のことですが、そういう政治屋を当選させてきた主権者の責任も追求して頂きたいですね。そうしない限り、民主国家を名乗る資格はないだろうと思います。
音楽を買う意義

日本の音楽シーンの未来を考えるならば、貧しい音質でDRMガチの着うたなんかに金を払うのは辞めるべきだ。この日本独特の産業構造が、確実に芸術を殺している。


全くもってその通りだと思う。着うたに金を払っている連中は、音楽という文化を愛している訳でも、理解している訳でもない。搾取されていることにすら気付かない愚か者だ。こういう連中に文化が食い物にされていると思うと胸糞が悪いし、着うたで儲けている癖に、文化が云々と言い出す連中も最悪だ。

逆に言えば、こういう愚か者が金を払って、そうでないものが安く音楽を享受することが可能という考え方も成立するんじゃないかと思う。けれど、実際にはそうはならない。金にならないものは悪であるというのが、資本主義の原則だからだ。

つまり、奴等が消費しているものは文化とは縁もゆかりもないものだと割り切れれば、それはそれでアリかもしれないとなるかもしれない。その場合重要なのは、文化は資本主義的原則に乗せることは出来ないという共通理解。それと、消費物を作っている程度の連中が、それを文化と強弁できないようにする共通理解の両方だろう。現状ではその両方が欠如しています。だから現在の状態は文化の危機な訳で、その状況を作っている張本人の片端に無能な消費者、反対の片方にそれで利益を得ている連中が存在している訳です。

無能な人間が一番得をするというのが実は現在の社会だったりします。当然のことですが、それは不健全極まる状態であり、確実に自らを衰退させ、何れは死に至ることになるでしょう。残念ながら今の段階ではその状況にブレーキをかけることすらままならないような状態です。
FC2テーマ:大衆 | カテゴリー:所感
トラックバック:0 | コメント:0 | Page Top↑