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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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ここまでが初期設定回ってことなのかな。だから仕方ないといえばそうなのかもしれないけど、なんかネット的なものを海に見立てているという以外に全く見るべき所が無いように感じられるんですが。

安心と安全ってのは判るけど、結局あの変なヘッドギアを付けるか付けないかだけの問題だったってオチは流石に弱すぎだろって気がしてしまいました。つか、なんで爺さんが若返るのかが未だにわかんねぇし。単にメタルの中だけの錯覚というなら何でもアリなんでしょうけど、現実にまでリンクしてきましたからねぇ。

一応こっから少しは話が広がっていくということを期待しましょうか。
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どうもコミュニケーションが噛み合っていないような感覚を受けます。だからそれぞれのエピソードがバラバラになってしまっている。今のところ話としてはそれなりに順調に進んでいるとも取れるんですが、キャラの言動がチグハグに見える部分があります。

キャラがみんな一癖あるという設定なんで、絞っていてもそれなりに話は回せるんですが、それだけに視点がばらけてしまっているように思えます。もう少し焦点を絞りやすく構成した方が良いんじゃないかなという気がする。

謎を残すことが命題になってしまっていて、結果としてテンポが悪くなっているというのもマイナス要因に働いてる。そういうものの積み重ねがあるので、大きな失点が無い割にパッとしないという印象になってしまっています。それは勿体ないと言えば勿体ないように思えます。
設定をもったいぶって出さないところは気になりますが、それでも一応面白味が出てきました。何が敵で何が味方なのか、それ以前に誰の視点で見るべきなのかがはっきりしない構成になっています。それは諸刃の剣で、巧くすれば話を最後まで多角的に引っ張ることが出来ますが、失敗すれば取り留めが無くなったり、焦点がぼけてしまったりします。

さて、どうなるのか。それなりに計算されて構成されている様な気がします。その計算の緻密さが勝負所でしょうか。テレビシリーズで構成を計算し尽くすというのは、相当難易度が高いですが、それが出来れば良い感じのサスペンスモノが出来るかもしれません。まだ始まったばかりなので何とも言えませんが、今のところは順調な滑り出しと言えるかもしれません。
【官房長官会見(2)】「大きな混乱起きない ガソリン税暫定税率復活」(23日午前)

マチムラって奴は、真っ昼間っから寝言を宣う機能を標準装備しているんで、一々その言葉に反応するのは、不条理ギャグマンガに常識的な突っ込みを入れるのと同義だと判っているんですが、それでも、この物言いには流石に呆れ果てます。

下がる時には混乱だとかなんだとか散々騒いでおいて、上げるって時には混乱は起きないと言ってのけてます。普通に考えてみれば下がる時には、これからしばらくはその料金なのだから、何もすぐに行く必要は特にない。けれど、いつ上がるか判らないとなれば、殺到すると言うことは十分に考えられる。だから、下がった時に混乱が無かったから、上がる時も混乱は無いという結論は導き出せない。

この程度の事が考えられない程無能なのか、判った上で国民を騙そうとしているのか、どちらであったとしてもマチムラという奴が腐れ外道であるということは確定できるでしょう。つか、もう確定事項なので、再確認できたと言う表現が正しいですが。こんな人間を当選させ続けるなんて、北海道の連中の民度の低さにはほとほと呆れ果てます。

いっそのこと「絶望した!」と叫んで、桃色ガブリエルで背を伸ばそうとしてくれないものだろうか。
ニジゲンとサンジゲンの見分け方

全く答えになってない。というか、答えありきになってる。脳内と脳外という表現もかなり語弊があるように思いますが、仮にその表現を使うとするなら、ある脳内キャラが何らかの行動を取った時に、その行動を取ることを知っていたとするには、何をもってするのか。単に脳内のキャラがその行動をしたという事実を認識しているだけかもしれない。だとすれば、それは脳外キャラが予想外にトイレに行くのと何が違うというのか。「こういうことはおきないはずです」と断言できる根拠を頂きたいものです。また、脳外とされている人格も、単に自分の脳外であるということになるだけで、誰の脳内でもないという結論は当然導き出せません。

プライバシーだとか、そういう問題でもない。認識論の問題です。私が私であるということに確固たる信念があるからこそ、こういう物言いが可能なんだと思いますが、それは単なる信念でしか無いんじゃないかという命題を提示している訳で、一面的な方向からの見方を提示して、それが解答であると出来るはずがない。そんな簡単な問題なら誰も悩まないでしょう。

やっぱこの人哲学の知識や能力に関しては、完全に欠如してるわ。この手の話題を扱わない方が良いと思うよ。技術とか経済とかそういう分野だけにしておいた方が良いと思う。
有害サイト規制綱引き 青少年保護か表現の自由か

青少年は保護されるべきだとして、そのとばっちりが青少年以外に来る手法は愚作としか言えない。そして、青少年をどの程度保護するべきかの決定権は現在の所保護者にある。問題は、この保護者の決定が安易になされていると言う点にあるだろう。

何故そうなるのかと言えば、保護者は実質的にはその決定に対してなんの責任も負っていないからだ。なんの規制もせずに有害情報を与えて、その結果凶悪な犯行を青少年が犯したとする。この因果関係は相当胡散臭いのだけれど、それは何らかの形で証明されたとした時に、保護者はその責任を問われるかというと問われない。で、当の青少年本人は、責任能力が無いということで無罪放免。その犯行の責任は誰も取らないという制度になっている。そんな状態であるから、だったら国家が決定しましょうなんてぶっ飛んだ発想が出てくる。

けれど、それは個人の自由への干渉に直結する最悪の選択だ。そうではなくて、責任主体がどこにあるのかを明確にすることが最も適切な処置だろう。当人に責任を持たせるというのであれば、少年法など無くしてしまって、親権者の権利を大幅に減らす。年齢制限されている様々なものも廃止するべきだろう。勿論情報についても一切の制限をかけるべきではないし、児ポ法なんて巫山戯た法律も撤廃だろう。

逆に、やはり一定の年齢までは責任を問うことは出来ないとするなら、その責任を肩代わりするのは誰かということを明確にするべきだろう。親権者にするのであれば、その資格を厳しく監督する必要があるだろう。未成年が出来ちゃったで親権を獲得するなんて絶対に許されない。もし未成年が犯罪行為を起こした場合は、親権者がその責任を無制限に負わなければならない。そうなれば、少なくとも認識が甘いなんてことは無くなるだろう。

国家が親権者に変わって責任を負うというなら、どのような形で負うのかを明示して貰いたい。馬鹿政治屋の思いつきだけで連帯責任扱いされるのは願い下げだ。そもそも、国家などという巨大組織が一個人の青少年に対してそこまでの責任が負えるほどの監督を行うとなれば、当然家族制度など維持することは不可能のはずだが、家族制度を廃止しましょうという話は出てこない。責任を取るつもりはまるで無いということだろう。

つまり、臭いものには蓋をして見なかったことにしてください的な、上っ面だけの無責任な対処療法を行っているに過ぎない。つか、そもそも政治屋という商売が無責任を固めて形にしたようなものなんで、こいつらに責任を求める事自体が不可能なのかもしれないですけどね。少なくともこういうクダラナイ規制に賛成しているような連中には、政治を行う能力が著しく欠如しているということだけは確定できます。そしてここで名指しされているような女政治屋が次回の選挙で落選するかどうかで、奈良の人間が参政権を持つに足る民度があるかどうかが判断できるでしょう。期待せずに見てみたいと思います。
【主張】母子殺害死刑 常識に沿う妥当な判決だ

さすが産経。トンデモな主張を堂々としています。この事件の最大の問題は、責任能力が裁判の争点になり得るという点であり、責任能力無しを勝ち取りさえすれば無罪放免になってしまうという現在の法律の方にある。そういう意味で、現行法に則って裁判をしたと言う前提で見れば、今回の判決に対して妥当か否かは安易に解答が出来るものでは無いと思う。

秩序が維持されることを強く望み、そのためであるなら国家権力の強制的な介入もやむなし的な感覚が透けて見えます。なんでもかんでも規制したり、厳罰化したりすれば良いというモノじゃない。もし、少年法を厳罰化するというのであれば、当然のことながら少年達に対して相応の権利を認めなければならない。例えば、青少年保護などと称して情報規制をかけるなどとんでもない話だ。親権に対しても、いまより相当弱める事が必要になるだろう。

けれど、この手の主張を堂々とする奴等が、そういう社会構成の再構築を望んでいるという所を見たことがない。当然のことながら、産経にそういう主張が載っているのも見たことがない。彼らは常に現在の秩序を無理矢理押し通すことを主張してくる。それは結果としてイイトコドリのダブルスタンダードになる。今回の件にしてもそうで、現行の法律の基準、つまり責任能力が無ければ免罪を支持するのか否かをまず明確にしない限りこの判決について語るべきではないと思う。ましてや、言論を商売道具にしているマスコミなら、それは絶対条件だ。

もし、現状の基準維持を支持した上でこの判決を是とするなら、被告の証言が嘘であるということの証明が如何に正しかったかという点を説明した上で、死刑に値するかを問題にしなければならない。例えば「不自然で不合理」なのが、嘘をついているからとは限らない、精神を病んでいるからこそ不合理になるのではないかという指摘に対して解答を用意する必要があるだろう。

それ以前の感情的な部分に生じる違和感は、現状の基準がおかしいことに起因している。つまり、責任能力が無いモノは権利も剥奪されるべきであるのに、それがなされていないという点に違和感を感じているはず。責任能力が無いモノが一番得をするのではないかという直感が違和感を生んでいる訳だ。そちらを問題にするなら、少年法が云々だとかそういう問題ではなくなる

そう考えると、この主張を読む限りは何も考えていないのではないかと思えてきます。単に個人的な感情として許せなかったから、秩序を乱すモノは悪だからという信仰から、そんなものを単に書き殴っているだけのように思える。保守系の愚か者の巣窟である産経の読者Blog辺りに上がるエントリーなら、笑っていられる範疇に入るかもしれないけれど、これを記事として載せられると、流石に鼻白みます。産経の程度は低いとは思っていましたが、これほどまでに低いとは。資本主義社会のマスコミにこそ大幅な規制をかけた方が良いんじゃないかと本気で思ってしまいます。
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「のぞみ」から飛び降り 浜松?掛川間、鉄橋に男性遺体

死にたいなら止めはしないから、せめて人の迷惑にならないように死ねよ。この糞餓鬼が。飛び込み自体が迷惑千万なのに、新幹線から飛び降りるなんてのは、もう論外も甚だしい。とは言え、そもそも自殺を選択する程追い詰められている人間のすることであるから、正常な判断が出来なくなっていたという可能性は十分あるだろう。

そこで、自殺支援をしてやれば良いんじゃないだろうか。役所に行くと楽に死ねる方法と場所を無償で提供してくれるなんて感じだ。死にたい奴なんぞ、死んで貰って結構。とばっちりを食う方が余程迷惑。っていうか、死ぬことくらい自由にさせてやればいいんじゃないの。
どのキャラも良い味出してるなぁって感じがします。バラケ方のバランスも良い感じですね。まさしくこれまではプロローグな訳で、ここからこの面子でどんな話になってくるのかちょっと楽しみだったりします。

気になるのは、主人公格を3組作ったことで相対的にそれぞれが弱くなってしまうんじゃないかってことなんですが、設定段階でのキャラ付けが濃いめなので、若干薄くなる位の方がかえってすっきりするのかもしれません。

基本的にはドタバタ喜劇がベースになるのかなという感じで、アクションもお色気も適当に加味されているので、結構見るところは多い感じ。思っていた以上にアタリかもしれません。