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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

英数字が5割以上のコメント、TBは投稿制限しています。またスパムと判断されるものは問答無用で削除します。
うる星ネタの次はらんまってことですか。まぁそれを一つにするところが凄いですが、ちょっと変な方向に暴走してしまっていて、付いていけなかった的なところがありますね。レンがらんま体質だってことは、最初からバレバレな割に、それがオチになっているというのは流石に頂けない部分があります。どうせなら最初から開き直って返信を繰り返すという流れの方が面白く出来たような気がします。

まぁそのネタは次の機会に出てくるんじゃないかという気がしますけどね。くしゃみでってことだから、花粉症とかそういうものを咬ませるととんでもないことになりそうですし。どうせ女レンはララ、西蓮寺に次ぐ3人目って事になるんだろうし、そうなった時にララの反応がちょっと楽しみではあったりします。

どうもしっくり来ないように思える最大の理由は、ララが単なる天然にしか見えないって部分。地球に来たところから始まって、リトにくっつくところも、そしてその後もなーんにも考えてないんじゃないかってのが過ぎるかなと思う。これから彼女の内面に突っ込んでくるエピソードも入ってくるのかもしれないけど、既に7話だし、この段階でもう少しあって欲しいなという気がします。

その辺が描けてないと、いざって時に説得力が無くなってしまうと思うんですけどねぇ。
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【橋下知事、あなたの意見は?】(43)「公務員」対「民間」

一般公務員の側に立つと、忠実に方針に従った者が、責任を取らなくてはならないというのはおかしいということになる。仮に旧知事時代の府庁職員が「これでは借金が増えるから、職務をやらない」としていれば、それは命令違反。一般職員の責任を取りざたするのは酷という意見は、おおむねそうした主張だ。


2つの面から論外。
人を殺せと命令されたから人を殺しました。盗めと命令されたから盗みました。それに責任は無いなんて理屈は通用しません。公務員が使えているのは一体誰なのかをまるで理解していないから、堂々とこういう理屈が出てくるんでしょう。

そうは言っても判断が難しい場合だってある。本当に予測が難しい場合だってある。その命令が政治家主体に発行されたものであり、それを本当に忠実に従っただけなら確かに責任が追求されるのはおかしいという主張が成立するかもしれない。

もう1つは、そもそも我々が問題視しているのはそういうものじゃないってこと。方針に従うと称して、勝手に拡大解釈していないか? その方針自体が政治家じゃなく役人発のものだったじゃないのか? 摘発されている無駄遣いはそもそも方針とは関係性が薄いものなんじゃないのか?

そういう部分を問題にしているわけです。つまり、長年役人が出来るような奴は根っこから腐っているってことをこの例は良く表しています。だから役人であるという事実だけで悪であると断言できるわけです。奴等が完全に根絶するまで徹底的に殲滅しなければならないでしょう。夏場の雑草よりもしぶとい有機体です。

責任を取りざたされて酷だと思ったら、役人になんかならなければいいだけのこと。その効果を狙う上でも過去及び現行の役人に対しては徹底的に責任を追及するべきでしょう。本人は勿論、親類縁者に到るまでケツの毛を抜くところまで徹底的にやるべきです。

公務員への信頼は揺らいでいるなんてレベルじゃありません。無いどころかマイナスで、存在が悪であると断定できます。信頼の対象であるなどと努々思わない方がいいでしょう。
「大人に携帯電話を持たせるな」

子供を守るために携帯電話を持たせるなという論調で行くから、こういう反撃を受けるんでしょうね。このエントリーだけを見れば正論のように見えますが、一点だけ重要な部分が見落とされています。それは子供の為に大人の権利が疎外されるというのはあってはならない。という点です。

それは何故か? 簡単ですね。現在社会の制度では、子供は責任を負っていないという事になっているからです。であるから、大人と子供のどちらかの権利が犠牲にならなければならないという場合、子供の権利が犠牲にならなければなりません。これは大原則です。

では、子供の携帯電話利用を制限することが、子供を守る事に繋がるのか? というとそれは微妙なところで、本来であれば親権者が親権者の責任において判断するというのが望ましいと思います。しかしながら、現在の制度では親権者はその判断の責任を問われることはありません。つまり、子育ての結果に大して親権者は責任をなんら負っていないというのが実情です。そういう世の中であるのであれば、国家が責任能力の無い子供の権利制限を規定するのもやむなしなんじゃないかという気がします。

ただし、これは望ましい解決方法ではありません。出来る限り速やかに本来の形に戻すべきでしょう。本来の形とは2つに1つ。子供にも責任があると認めて全ての権利を認める。か、子供には責任能力が無いとして、その言動に対する責任は親権者が全て負う。とするかです。この場合の当然親権を積極的に放棄するという選択肢がなければならないでしょう。その受け入れ先が国家になった時はじめて、国が権利の規制を行うことが出来る正当性を得られるだろうと思います。

つまり、現状の無責任な親共がこの案に大して文句を言う資格があるんだろうか? と考えると激しく疑問があると言わざるを得ません。そういうなら、結果の責任は自分達が引き受けるということを明示してから言うべきでしょうね。無責任な人間の権利は制限されるのが当然のことです。
【記者ブログ】関東地方整備局の陣(2) 池田証志

この記事、第二弾ってことで、当然第一弾もあるんですが、合わせて読むことをお勧めします。役人が病原体であるという事実と、その害毒が如何に危険なものか子供でも理解することが出来るでしょう。病原体だけあって保身は本能的に実行するんでしょうが、それ以外の事に関しては一切考えが到らないようです。まぁどんなに高尚に見えたとしても、所詮病原体ですから、もともと考えるという行為をすることなど出来ないんでしょうけど。

この状態に及んでもまだ情報を開示しないということは、余程開示されると困る内容であると確定できます。少なくとも国民に選ばれた政治家が直接乗り込み、マスコミまでが押しかけているにも関わらずですから、これだけで奴等を犯罪者として確定しても良いくらいです。

こいつら病原体に権限や金を渡せば、確実に間違った使い方をして害悪を振りまきます。この世の中では一切使い道が無い有機体なので、完全に消滅する方法で処分するのが望ましいでしょう。生半可なことではまた増殖を始めるという、ゴキブリなんて目じゃない程のしぶとさを持っています。徹底的に、細胞の一欠片も残さないようにしないといけません。
【竹中平蔵 ポリシー・ウオッチ】行政が不況を作る

これら3つの事例に共通する項目がある。それは、法令順守・安全など美名を掲げてはいるが、しょせんは規制をしているということだ。規制である以上、その費用と便益を比較する必要があるのに、それを全く怠っているのである。また、ここまで経済に悪影響を与えているのに、関係者に対して何の責任論も処分も議論されていない。


鋭い。基本的に権力者の規制については、過度なくらいに警戒するのが正しいです。けれど、必ずしも悪いことではありません。それがこうなってしまうのは、これらの規制の主体は現在社会最大最悪の病原体である役人であるからです。もう、こうなると、無条件に規制は悪い。と言い切れる程の精度で悪に規制が変貌します。

特にここで美名と表現されているもの、大義名分を奴等に与えるのは危険です。こういう名目を与えると奴等はやりたい放題にやってくれます。多少上前をはねるとか可愛らしいものじゃなくて、そもそもの目的が自分達に利益誘導を行うという点に特化されていますから、散々無駄なことをした挙げ句目的は全く達成できないなどということはままあります。役人は全く信頼に値しないという点に関しては、竹中氏も同じ考えのようで、対応策として以下を提案されています。

これを避ける方法は一つしかない。規制を行うにあたっては、事前に必ず「費用・便益分析」を行い、これを公表するという制度を確立することだ。民間の専門家を集め事前に費用・便益をチェック、公表する機能こそが、消費者庁に求められる。


ここで言う民間の専門家ですが、所謂「御用?」を以て民間と称されたのでは当然無意味です。となると、この機能を庁に置く必要性が果たしてあるのか首を傾げたくなります。そんなことをするために、役人の数を増やす必要が本当にあるんでしょうか? そんなことをしなくても、もっと簡単な方法があります。

税金を使ったものに関しては、その詳細に到るまで一切の明細を公開すること。そして、それをチェックし無駄遣いに相当するであろう内容を見つけた場合、一定の割合を報酬として支払う。

という制度を作れば良いんです。そうすれば、当分の間は黙っていても勝手に無駄遣いを民間がチェックしてくれます。当然、それで発覚した問題に関しては、当事者に対し無限責任を以て保証を行わせるのが良いでしょう。身体を切り売りしてでも返還して貰います。肉親縁者に到るまで責任を追及しましょう。そうすれば、余程のことが無い限り役人になろうという人が居なくなるでしょう。それで病原体を撲滅することができます。そうでもしないとしぶといこいつらはちっとも減っていきません。

少なくとも現行基準で採用された腐った病原体は一掃しなければならないでしょう。国民の役人に対する意識も改変する必要があります。今のような役人が社会の共通の敵であると明確に認識されるようになれば、社会は変わっていくことでしょう。
長い長い前振りが遂に終わりを迎えるようです。話が展開し始めます。未だにこの作品のテーマという部分がはっきりとしてきませんが、紫の視点で見た社会というのが重要な鍵になっているという事は確かでしょう。その部分に関しては、これまで良く描けていると思います。

紫の中で変わった部分、変わらなかった部分、そして彼女の思いというのを周囲のキャラを使いつつ巧く引き出していると思います。露骨な表現を使っていないので、ちょっと時間はかかりましたが、その分上品になり、かつ周囲のキャラに対する描写も相応に描き込むことが出来ています。

もう一人の主要キャラである真九郎に関しても、紫以上に謎の多い状態で残っています。彼も徐々に変わって言っているという感じはありますが、紫ほど大きな変化は見えません。逆に言えばそここそが重要なポイントになるんじゃないかという気がします。周囲のキャラクターはとても個性的で、それぞれの人生観をきちんと持っています。それらの視点を含めた頭括で、作品のカラーというものが構成されています。そこが面白い。

真九郎と五月雨荘という配役と舞台を選択した、紅香の意図というものが一見バラバラに見えるキャラクター達を結びつける紐の役割を果たしています。そういう見方をすると、非常に凝った設定を作っている作品だなと感じられます。

さて、遂にこれから本筋の話に突入し始めるでしょう。結局の所生き方という部分がクローズアップされてくるように思えます。それぞれの境遇とそれぞれの考え方を踏まえつつ自分の生き方を見据えていく的な展開かな。どういう風に進んでいくのか、しばらくは目を離せないかも知れません。