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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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「権利者への誤解を解きたかった」――「ダビング10」合意、椎名和夫さんに聞く

権利者側はなぜ譲歩したのだろうか。「膠着(こうちゃく)状態は誰の利益にもならない。権利者がダビング10を人質に取っているというとらえ方を変えたかった」と実演家著作隣接権センターの椎名和夫さんは話す。


当然のことだけれど、膠着させた張本人に言われても全く説得力がない。更に権利者と称する連中が折れればいともあっさり問題が解決したという事実からも、この言い訳は成立していないというのが良く判る。そもそも時代錯誤な権利拡大を主張し、その大半を搾取企業に吸い取られる為のものであるというのだから、洒落にもならない。

はっきり言って遅きに失したのは確実でしょう。今更譲歩をしてきたところで、既に権利者と称する団体は、消費者及び文化の敵であるということは、明確に認識され、変えることは簡単には出来ないでしょう。特に最前面に常に置かれた椎名某に関しては、物事を考える事が出来ない愚かなマリオネットであるというのは確定事項として刻まれたでしょう。

権利者が搾取企業に搾取され続け、不遇な境遇だったというのは認めたいと思うし、今回それを変化させるチャンスであるというのも確かだったと思いますが、視野が狭窄し過ぎて、方向性を間違えたというのが致命傷です。これだけ長い期間、その失敗に気付かず、無謀で無意味な主張をし続けたという事実を消すことは出来ないでしょう。

残念ながら何もかもが遅すぎたというのが実際です。
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ケータイコンテンツの中年事情

年齢的には見事に中年に入っているんですが、この内容を見るとあからさまに自分はマーケッティング的な意味での中年とまるで趣向が合っていないということに、納得と驚きの両方を含んだ微妙な気持ちになります。しかし「ゴルフ、パチスロ、競馬、子育て、レシピ」とは…。どれ一つとして、全く、欠片ほども関心がありません。さて、そういう部分は置いといて、個人的には携帯コンテンツをどう思うかというと、結論から言えば

「今のままではどうにもならない。全く使い物にならないし、興味も引かれない。」

これが解答。まずは表示能力。携帯電話が携帯電話としての使い勝手を維持している以上、まず積極的に見ようという気にはならない。出先で緊急避難的に見るのが関の山。移動中とか、店の中とか、そのレベル。出先にはまず間違いなくPCが存在していて、高速回線が繋がっているのが当たり前なので、何もわざわざ携帯コンテンツなどという不便極まりないものを見る必要がない。それでも、見る機会というのが存在するのは事実なのですが、それすら携帯コンテンツを見たくないので、スマートフォンを持ち歩いているというのが実情。実際イーモンスターを所有してから、携帯コンテンツなんてほとんど見なくなった。乗り換え案内程度かな。

次に問題なのは料金。携帯コンテンツは、PCユーザーから見ればクダラナイようなものでも堂々と情報量を取る。だから携帯コンテンツで情報を取るということは、ぼったくりバーと知っていてわざわざ出向くようなものでしかない。今の料金体系を大幅に見直さない限り、積極的に使おうという気にはなれないでしょう。

最後に中身。携帯コンテンツの情報で目を引くような内容のものは極希にしか見かけない。稀少度という意味では、PCのネットコンテンツも大して変わらないかも知れないけれど、何せ表示情報量と、検索利便性が圧倒的に違うので、手間の差がありすぎる。しかも、試すにはそれなりの料金がかかったりもするので、良いコンテンツに出会う前に嫌になってしまう。

はっきり言って、中身の薄いものに金を出そうという気はほとんど無いので、相当の価値付けが出来ないと携帯コンテンツを使おうという気は起きないでしょう。もし、携帯コンテンツとして、それだけの価値付けが出来たとしたら、それは即PC版に以降ということになるでしょう。それは携帯電話という機会が、情報端末としては限界値が著しく低いからで、携帯電話を使っている以上、コンテンツの限界値も低いだろうということがこれまででほぼ確定してしまっているからということになると思います。フィクションの未来もののように、画面が飛び出してくるとか、広がるとか、電脳に直結とか、そういう絶対的な変化が無い限り、携帯コンテンツというものに期待することは無いでしょう。
【正論】中原英臣 「1000円たばこ」は1石6鳥

流石正論だ! っていう位の詭弁っぷりです。本当に酷い。まぁこの案に安易に賛成している程度の馬鹿共は大抵この程度の思考で賛成しているんだろうなって感じが見え見えです。まずそもそも、それ程に健康は必要か? という大前提に対してなんら議論されていない。そこへ持ってきてアメリカとの差が云々と来た。海外の国と比べてどうこうというのは、馬鹿が大好きな手法の一つなんですが、他をさておいて、あるポイントだけを外国に合わせることに何の意味があるのかさっぱり判らない。日本とアメリカでは様々な条件が異なっている訳で、その二つの国を単純に比較したり、状況などを安易に合わせたりすることは、必ずしも幸福を招く訳でも無いどころか、下手すると不幸を呼び込む。

で、その6鳥とは何かというとこういうことらしい。

1.まずたばこの栽培農家とJT(日本たばこ産業)の利益が増える
2,青少年の喫煙率が減少するという効果が期待される
3,税収が増える
4,がんや心筋梗塞といった生活習慣病が減ることになり、その結果、医療費を削減することができる
5,火事が減る
6,多くの国民が健康になる

まさにちゃんちゃらおかしいとはこのことって感じだ。1と3はセット。金額が上がるから儲けが増えるという算段な訳だけれど、自分でも書いているようにこれは一定以下に喫煙者が減らないということが前提になっている。値段が3倍強ということは、消費数が1/3以下になればこれは成立しない。喫煙率が3割にならなくても、消費数が3割になればアウトだ。もし仮に、それ以下になった場合の補填は賛成派がしてくれるんだろうか。少なくともこれについては、やってみないと正確なところが判らないというギャンブルでしかない。この段階でメリットだと主張するのは詭弁だ。

2は前提条件が無視されている。つまり、青少年の喫煙率が減少することが「良い」ことだという前提である。これについては法律で禁止されていることもあり、当たり前だという言葉の元で思考停止している奴等がほとんどだけれど、実際にはこれを良いとする根拠はそれ程強くない。最も強いのは健康面への影響ということになるだろうか。だとしたら、6と被っている。同じ内容を表現を変えてメリットが倍あるかのように見せる。これも詭弁家の典型的なやり口だ。

じゃあ、その肝心な6な訳だが、人が煙草と言う娯楽を今以上に強く否定してまで健康になった方が良いという理由が僕には全く見つからない。煙草程度の不健康な娯楽を禁止するなら、もっと先に禁止した方が良いものは山のように存在している。そこを無視して、健康という信仰を無条件に信じ、その教えを愚鈍に実行していくというのは、人間のやることではない。人間が生きるというのはどういうことなのか。それを考えもせずに健康は絶対だと言うのは、そこらの新興宗教以下のゲスな思考だ。

健康が重要だという理屈の内多いのが4だろう。つまり、国の財政に優しいという発想な訳だ。癌や心筋梗塞が実際に減って、医療費を削減できたとしても、結果死なない年寄りが増えることになる。そうなれば、医療費以外の部分の負担が増えることになる。結果慢性的な病気が多くなれば医療費だって負担がかかる。そもそも、国の財政というのは非労働者数が増えれば増えるほど負担が多くなるなどというのは当然のことで、一時的な医療費など実際は大した問題じゃない。短期的なスパンだけを見て医療費が削減できるなどと言って、トータルで実際にどの程度の削減が出来るというのか、きちんとした試算を見せて貰わない限り成立しない。その辺りに全くふれられていないところを見ると、自分の主張にとって都合の良い数字しか見ていないのだろう。これも詭弁の典型。

最後に火事が減るという部分。これは確かにメリットとして成立するかもしれない。しかし、火事が起こるから煙草は良くないという理屈がまかり通るなら、この世の中の全ての娯楽を廃止しなければならなくなるだろう。その程度の意味しかない。ナイフがあるから通り魔殺人が起きるというのと同じ程度に低次元な発想だ。現役の政治屋がこの程度のことを平然と言ってのけるとは言え、マスコミも同じレベルで語っていたら救いが無い。

つまり、全てを検証したところで、この程度の脆弱な詭弁の上で成り立っている主張でしかない。もし、この程度の理由で喫煙が禁止されるとしたら、喫煙がどうこう以上に、そのような実績が残るという事実の方が恐ろしい。にもかかわらず賛成意見が多い。その場のノリや勢いだけで不条理な禁止事項を半強要されるというのは、喫煙の迷惑さなどとは比較にならないほど大きな迷惑です。こんな低レベルな主張に安易に賛成する、自分が嫌いだと思うことはみんなが嫌いにならなくてはならない、自分が嫌いだということは排除するべきだ。そう反応している馬鹿共に参政権が与えられているという事実に恐怖を覚えます。
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モテモテアルト君の3択話。流れとしてシェリルを選択するのは当然だと思うし、何よりも付属する餌も大きかったんだと思うのだけど、それにしてもアルトが何故シェリル同行を選択したのかという部分はもう少しクローズアップされても良かったんじゃないかなと言う気がする。状況から察してくださいというのもアリだとは思いますけど、更にそこからランカの心情に展開するとなると、ちょっと辛いかなという部分がある。

というよりも、今回の話の根幹部分というきがして、そこを適当にしてしまうというのは、話全体を曖昧にしてしまう結果になるような気がします。まぁこの作品は全般そういう部分が多くて、意図的にそういう展開にしているという可能性も多々ありますが。

ランカに秘密があるという伏線は出てきましたが、対するシェリルの存在というのが、話全体の中で、どう位置付けられるのかがまだ見えてきていません。今回の慰問そのものが仕組まれたという伏線がありますけど、それがなんのために仕組まれているのかはまだグレー。場合によってはシェリルも訳ありという設定がされているのかもしれない。けどそれならそれで、とっととネタ出しした方が良いんじゃないかという気がします。妙に謎を引っ張るとあまり良いことはないような気がしますので。
エリート馬鹿の下衆加減は良く出ていました。文化の最大の敵はこういう輩だというのは、現実も変わりません。なので、この手の話も必要ではあると思います。が、ラストエピソードとしては、やっぱりもっときちんとした思想と思想の戦いというシーンを見たかったというのが正直なところです。

笠原が戦闘の恐怖を知るという話にしても、ラストのエピソードとしてはちょっと物足りない。何れも中盤のエピソードに持ってくる内容なんですが、1クールの構成では短すぎたというか、やっぱり話が大きすぎて扱いきれなかったという感じがします。

キャラの描写に多くの時間を割く形になったので、その分話の展開が犠牲になってしまったというのもあるかもしれません。バランスとしては難しいところだと思いますが、この作品についても、是非続編が欲しいというのが正直なところです。

このシリーズとしての出来は、最終回にかかっているかもしれません。玄田が撃たれ、堂上も怪我をしてそうな感じがありますから、ネタとしては豊富に揃っていると思います。これをどう纏めて、シリーズとしてどういう結論に持って行くか、期待したいところです。
予定通りのところで終了という感じ、綺麗に終わっています。中途半端に終わってしまうんじゃないかとちょっと心配したんですが、まぁそれはそれで四月一日の変化点として、大きな区切りということで、第二シーズンとしてはまぁまぁな終わり方だったでしょう。確かにブチ切れという感触もやや残りましたが。

ここでまで来たら3期も是非続けて欲しいところではあります。ツバサとのコラボ部分の表現が難しいですが、HOLiCとしては、四月一日に対する視点というのがポイントですから、頑張ってうまく処理して欲しいです。

内容としてはCLAMPの定番的な終わり方。温めという印象はあるもののある種の真理は含んでいるので、結構な説得力はあります。理屈では無くて感覚として理解させるという方向の表現がCLAMPのらしいところですね。この辺の展開は毎度の事ながら上手いです。

で、おまけで雷神様の話が付くようです。確かに外伝としては良い感じの話ですね。この辺りの構成はなかなか憎いなぁという感じがします。
どうしても薫がフォワードになる事が多いんで、3人の表現バランスが狂ってしまいがち。特に葵の場合テレポーターということで、やりようによっては相当なことが出来てしまう能力だけにレベル7という設定でありながらも能力はかなり絞られてしまっています。距離に関しても見えるような範囲で飛ぶことが多いし、疲労度も激しいという設定がされています。それだけに彼女が引っ込んでしまっていたんですが、その分を出す役割になっていました。

性格的にも控え目な設定がされているので、どうしても能動的に前に出てくることも難しいので、あえてこう言う話を作る必要があったのかもしれません。その面では成功していたと思います。ハヤテ同様、長丁場を狙っているのかもしれない。それなら、こういう話は地道に効いてくるのかもしれません。