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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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温泉で一息、話も一応これで一区切りということなんでしょうか。婆ちゃん再登場で、クーとコウの二人の様子を観察するという話。全体的にはいつもの話の縮小版的な内容になっていて、一話の後この話に飛んでも、物語は大体通じるという見ようによっては良くできた回、逆の見方をすると、これまでの情報量の低さを証明する回。

キャラの色付けが極端で、既にそれ以外のアイデンティティを失いかけている二人をちゃんとした使命に引き戻す役割が追加されています。まぁとは言ったものの、彼女達も相応にやっているんだなという結論なんで、それ程大幅に変化賀あったという訳ではない。なので、今後の展開にしても大きく変わるかもしれないと同時に、何も変わらないかもしれないというのもあります。

けどまぁ、そろそろ動きが欲しいというのが実際の処。二人の異常性が楽しいと思える期間もそう長くは続かないと思いますよ。
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流石にこの手法だと表現の幅に限界が出てきているような気がしますが、それでも続けるようです。主観を切り替えては居ますが、一応2人に絞っているので、なんとか混乱をせずに済む状態で今のところ収まっています。それに加えて、客観性を維持することにも成功していますから、スイッチがこの表現の生命線であることは確かでしょう。

キャラクターそのものを直接表現する手法に制限がかかっていますから、内面的な部分の表現がどうしても難しい。けれど、作品のコンセプトとして、白州の心情表現というのは最小限に抑えるという方向ではあるんだと思います。逆に白州の行動とそれがもたらす結果から見ている側、つまり客観側が何を感じるかという部分こそが重要なんでしょう。

扱っている題材がセンシティブなのも相まって、非常に遠回しな表現をしているというのが感じられます。見ている側が物語の外埜存在であると言うことを強く意識させられるそういう作り。それは、題材には適していると思うのですが、それだけでテレビシリーズを継続させることが出来るのか、そこが勝負の分かれ目になりそうです。
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ゆとり世代を「人財」にしていくために

ゆとり世代を「人財」となる社員に育成していくことは、私たちの役目です。


そうなんですか、大変ですねぇ。少なくとも僕はこの私「たち」のたちには入っていないことは確実でしょう。理由の如何に関わらず、使えない奴は使えません。そして使えない奴は使いません。まぁ私たちとやらが必死に教育してくれたり、社会の中で強制されたりして少しは使えるようになったような連中を5年か10年したら使うことになるかもしれません。それまでは、お人好しな方々に教育して貰うなり、インターネットカフェにでも泊まって日雇い仕事でもしていたらいいんじゃないでしょうか。そんなことは我々の知った事じゃありません。

そもそも彼らが使えなくなった最大の理由は、他人が合わせてくれることが普通であるという環境に長期間漬け込まれたからだと読めるのですが、ここへ来てまた彼らに合わせてやらなければならないという必要性を全く感じません。使えない奴には使えないと判らせる。使えない奴は切り捨てる。これを徹底させることが大原則でしょう。何故なら僕も社会もお前らのママでもパパでも無いからです。いい歳こいて、空気を読むことを重視するとか言っておいて、肝心な部分をまるで読めないのであれば、何の意味もありません。

典型的な例を出されているんだろうとは思いますが、そんな連中ばかりではないでしょう。少なくとも、全体の1割、あるいは2割くらいは最低限のこと程度は出来ている人間が存在しているはずです。はっきり言ってそれだけ居れば十分です。使えない奴なんて、最低賃金で馬車馬扱いしてやればいいだけでしょう。ワーキングプア万歳です。

まぁ大企業様にお勤めだったりすると、嫌でも相手をさせられるということもあるんでしょう。是非頑張って教育なりをしてください。せめて社会人として最低限はクリアできる程度にまで引き上がることを祈っています。彼らが使えるようになってくれないと、自分が管理職になった時に困りますものね(笑) 自分達の将来の為にも是非頑張って頂きたいと思います。

僕らとしては大企業に使えない奴が増えれば増えるほど、仕事が増えるという構造の中で生きてますので、どちらであってもあまり困ることはありません。手間はかかるかもしれませんが、その分料金も上がりますから、儲けは増えることでしょう。人材の確保は厳選して使える人間だけを抜き出してくればいいでしょう。僕は全ての人間が平等であるなんて幻想を信じては居ませんから。
大人の正論は子供の暴論に勝てない

二つの側面があると思う。一つは長期的にはともかく、短中期的に見れば、SaaSのみになるなんてことはあり得ないということ。長期的に見れば可能性はあるかもしれないが、この業界でそこまでの長期的ビジョンなんてものにどれほどの意味があるのか激しく疑問だ。結果として、SaaSは確固たるポジションは築くかもしれないが、全てを奪うことは出来ないどころか主流にもなれない。というのが個人的な予想。せいぜい現状のWebアプリ+αってとこだろうと想定している。ただし、オフラインソフトウェアについてもビジネスモデルは再構成を強いられるかもしれません。

二つ目は、仮にオンラインサービスが主流になったとしても、オフラインソフトウェアがきちんと作れないところは使い勝手の良いオンラインサービスも作れないということ。現状各所で提供されているオンラインサービスのインターフェースはお世辞にも使い勝手が良いとはとても言えない。徐々に良くなっていくのかも知れないけれど最終的には追いつけないだろう。ただし、遜色ないところまで達するということはあり得る。それまでにオフラインならではの何かを見つけ出せなければ、そのアドバンテージは失われる可能性はあります。

世の中の流れがSaaSに向かっているのは当たり前のことで、これまで限りなくゼロだったものが立ち上がってくるのだから流れが生まれるのは道理だ。けれど、巨大なダムの水門が僅かに開いたことで流れが出来たからといって、それがダムの水量を脅かす程になるかどうかは判らない。これまでのマイクロソフトのやり方と能力を考えれば、いよいよ流れが確定し、自分が周回遅れになってから本気で走り始めたとしても、数年で追いつけるだけのパワーがあると思う。それが出来るところがマイクロソフトの最大の強みであった訳だ。

これまで主流になると言われてきた数々の技術や商品が今一体どういう状況にあるのか。それを考えれば、今度だけは特別だと言い切ることは無謀でしか無いんじゃないかと思えます。
マカとソウルの関係というのはどこかで精算しなければならないというのは実情で、しかもブラックスターと椿がパワーアップしてしまった関係で、マカ、ソウルコンビにテコ入れが必要だということで、バランスを取る話。この辺りの構成は、パワーアップ前提の出来レースではあるものの、綺麗だとは思います。

キッドの力が相当であるという設定にしてしまったので、彼等の出番が今のところ極端に少ないというのがチト残念ではありますが、これでマカ達がバージョンアップすれば、今度はキッド達の回が回ってくるかもしれません。

そうやって順番に回していくことで話を進めていくというのは、お約束で、それに対しての違和感を如何に持たせないかが勝負の分かれ目かなという気がします。今のところは設定展開的に無理なく言ってるので、悪くない感じ。無理矢理感が見えてくると、破綻が見えてきてしまいます。

後どれ位この展開で行くのかにもよりますが、無理のないところで物語の方を展開していかないとすぐに追い込まれてしまうでしょう。そうならないことを期待しています。
落し処としては無難なところだと思います。かなり厳しい展開かなと思ったんですが、最善策で纏めたと思います。崩月流で全てが決着してしまうというのは、ちょっとなぁという気がしましたが、まぁギリギリって感じでしょうか。話の展開の重要なところは、そういうばとる的な意味での勝負では無いので些末な部分かもしれません。

紫の決心というのが、なかなか聞かせてくれます。あれだけ小さい子があの台詞を言えるというのは素晴らしい。人生経験というのは年数では計れないというのを良く表してくれています。自分の意志を明確に打ち出す。それを守るために戦う。それだけのことがはっきりと言える人間が、この社会に一体どの位居るんでしょうか。

とりあえず真九郎と一緒に家を出る。それから先のことは後で考える。まぁそれが真っ当な判断なんじゃないかという気がします。けれど、紫にそういう選択をさせなかったというところが、紅という作品の真骨頂でしょう。紫の決意がそうであったからこそ、話が綺麗に収まることが出来たと言えます。

当然のことですが、紫にその台詞を語らせる為には紫のキャラクターというものが、それに相応しいと表現できていないと、話が噛み合わない。けれど、彼女のその決意に違和感を感じないで済む程に紫というキャラクターが出来上がっているというのが、重要なポイントです。このラストエピソードにいたるまで入念にキャラを描き上げてきた成果だと言えるでしょう。

全体として良く構成されていた作品だったと思います。十分良作というに相応しいでしょう。