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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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ケータイのリサイクルをしない理由、「思い出を残したい」「個人情報流出が不安」

ケータイをリサイクルしたことがない回答者に、リサイクルしない理由を複数回答で聞いたところ、「端末に残している写真など思い出として取っておきたいから」との回答が最も多く54.5%だった。次いで「個人情報の流出が怖いから」が41.5%となっているほか、「通話以外の機能で使いたいから」が27.7%、「子どもにおもちゃとして使わせるため 」が19.4%、「端末が故障した場合の予備に取っておきたいから」が18.6%で続いている。


眉唾だ。実際僕も大量の携帯電話を所持していました。ある機会があって整理したところ、出るわ出るわ10台くらいは出てきたかな。全部処分しました。で、なんでリサイクルしないの? と聞かれると、まず第一に万一新しい電話機が壊れた場合、戻す可能性がある。というのが大きい。ここで上げられている理由とやらの上位、端末に入っている写真が欲しいなら取り出せばいいし、個人情報も完全に初期化する方法は用意されているはず。通話以外の機能って1台ならともかく2台、3台となれば不必要になるだろう。どう考えても言い訳にしか聞こえない屁理屈が並んでいる。まぁ単にそういう選択肢しか無かっただけかもしれないけどね。

個人的には予備に関しても、1台前ならともかく2台より前の端末に戻すということはほとんどあり得ない。だから機種変したら1個前の機種はリサイクルしても構わない。けれどそうしないのは何故か。答えは簡単。

「面倒くさいから」

以上。ってことになる。契約の時に持っていくなんてのは、会社帰りに購入したりすることが多いので以ての外だし、別日にわざわざなんて益々面倒。第一忘れるね。実際プリンターの空カートリッジも店に持っていこうと思いつつ常に忘れ続け、一年以上経過したので結局捨てた。貴重なリサイクルとか言う割に、提供側になんのインセンティブも無いんだからそういうことになるだろう。

さらに、現在のSIM方式はこれを助長する傾向にあるでしょう。だって、SIMを入れればいつでも現役復帰できる訳だから、それを無料で進呈するというのは、感情的に損した気分になるのは当然。何万も出して買った機種だし、使っていけばそれなりに愛着もあるでしょうしね。もし、本気で貴重なレアメタルを回収したいのなら、キャリアがその分の金を出せば良い。機種変の時に以前の機種を持ち込んだら5000円引きってことにでもなれば喜んで持っていくと思うけどね。5000円は無理でも、それでしか入手できない「よさげな」プレミアムグッズとかでもいいかもしれない。ひょっとしたらやっているのかもしれないけど、だとしても少なくとも僕は知らないので告知が徹底されているとは思えない。

正直今のままで行くと、まず機種変の段階で変更前の機種を出すことは絶対に無い。これは最初に書いた保険の意味合いにプラスして、いつでも戻せるという動機付けが強化される仕組みが導入されているのだから当然。ひょっとしたら人にあげるかもしれない。実際僕は数台は誰かにあげたな。機種に拘っていない人だと結構喜んで使ってくれたりする。よって提出することはない。じゃあ、それ以前の機種を持ち込むかというと、恐らくそれも無い。何故なら面倒だから。インセンティブゼロで面倒なことをわざわざするってことは多分無い。少なくとも他人様の資産を提供してくださいとお願いするのであれば、それに見合った何かがなければ動くことはないでしょう。
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第40回:集落を捨てていく日本

地方集落を残す必要性を全く感じていないので、僕が見る限りでは単なるノスタルジーを発端にした妄想に過ぎないとしか見えない。土地に縛られて生きるという思考パターン自体が既に過去のものであり、それに縛られている者が過疎の土地に残っているに過ぎない。

それぞれの集落は固有の歴史を刻み、生きるためのさまざまなノウハウを蓄積してきた。それらを失うに任せてよいのだろうか。


と問われるが、全く問題無いだろうとしか言いようがない。人間は全ての歴史を残してきた訳では無いし、残していける訳でもない。その歴史に価値があるのであれば、それをアピールすれば良いのであって、それが認められないのであれば、それは忘れ去られたとしても仕方がない。ノウハウにしても同様だ。マッチやライターといった道具無しに火をおこせる現代人がいかほど居るだろうか。そのノウハウが本当に必要と言えるんだろうか。

人間の歴史は積み重ねであると同時に切り捨てでもある。何かを積み重ねる為には何かを切り捨てる必要が出てくる。もし、消えていく集落に切り捨てに値しない何かがあるなら、そこを主張するべきであって、それが出来ないなら消えたとしても仕方ないし、問題もない。そもそも全国津々浦々まで人間が住んでいなければならないという道理は無いし、むしろ人間が住んでいない場所が過半数程度の方が望ましいだろうと思える。

それでもそういう土地に住みたいと思うのは自由だが、そこにインフラが無いだの学校や病院が無いだの騒ぐのはお門違いというものだろう。なんでも誰かに与えられるものだという思考がそこには透けて見えます。自分の好きな場所に住むのであれば、それに伴って何かを諦めるというのは当然必要になるでしょう。なんでもかんでもアリアリで要求したところで無理というものです。

これから人口がどうなっていくのかは判りませんが、減ったなら減ったで問題無いでしょう。この狭い国土に数千万人も居れば十分だと思います。すでに国力を人区換算で算出する時代は終了しようとしています。必要なのは数では無くなるということでしょう。
本を読むと不幸になる

その通り。けれど、それは何故かという部分を考えてない短絡的な結論が出ているように思える。一つにはそれは貴方の価値観から見た不幸でしか無いってこと。恐らく「根気がないせいで、知性的な内容の本が読めない」から、この程度の思考で停止してしまっているんだろう。ハッピーを一般化できると思っている段階で既に終わっている。

勿論子供達に朝から晩まで本を読み続けろというのは異常だ。だけど、そんなことを言う奴はほとんど居ないだろう。黙っていると読書数が限りなくゼロに近づくから、少しは読みなさいという意味で本を読めということになるだけ。それによって得られるものを知らない状態で、表面的かつ端的な例を見て結論を出してしまったのではどうにもならない。少なくとも日本語をある程度以上扱えないようだと、将来困るのは自分達だ。通常の会話で使用している程度のボキャブラリーではコミュニケーションに問題が発生する可能性が高い。文章構成能力も鍛えることが出来なくなる。大した内容じゃないのに、ちっとも文章が作れない奴を時折見かけるけれど、恐らくその辺が原因だろう。

次に、ハッピーであるというのは良いことであるという大前提を全く疑っていないという部分に問題がある。「スケートボードとターンテーブルを両脇に抱え、夜な夜なパーチーに出かけてゆく。それでいて、小説も超かっこいいのを読んでいて、哲学だって嗜んでいたりする」のが、彼の考えるハッピーの様子の一旦らしいけれど、それが良いことだと僕には断定出来ない。むしろ避けたいとさえ思える。

精神障害で無い限り、不幸であるということは、少なくとも状況を認識する能力を身につけているということ。逆に特別な事情が無い限りハッピーな奴などは馬鹿と判断しても良い。現実はそれほどハッピーじゃない。そんなことはとっくの昔に結論が出されていて、現在も変化していない。そういう状況をまず認識し、自分は不幸であるという現実に向き合うから先に進むことが出来る訳だ。人間には一定の不幸は絶対的に必要な要素。それをハッピーな方向に解決しようとするから極度な信仰に走ったり、安易な保守に走ったりする。

結局何をもって「充実した人生」とするかってことなんだけど、無知無能が一番ハッピーであるというのは昨今の特徴。無知無能が一番ハッピーでいられるという事実がこの社会の最大の問題点でもあります。こういう風に考え、かつ実戦しているような連中が本当の不幸のどん底に叩き落とされるような社会が正しい社会でしょう。徐々にそういう風になってきては居ますけどね。格差社会万歳って感じでしょうか。
教員採用基準、公表が倍増 20→45教委 大分事件後

つまりやろうと思えばいつでもすぐに出来たことをやってきてなかったってことになります。やらない方がいい何らかの理由があったか、やる必要は無いと考えてきたかのどちらかってことでしょう。そのどちらであったとしても教委が採用基準の決定をする組織として相応しいか大いに疑問が残ります。しかも文科省からの求めがあったにも関わらず実行していなかったとなれば、言い訳も通用しないでしょう。

採用基準を公開したと言っても、基準が統一された訳では無い。そこは裁量の部分なんだろうけれど、それだけに不正の温床になりやすい。だからそこ透明化が必須な訳だけれど、それをしてこなかったというツケは大きいでしょう。

教委が教育に対して真面目に取り組む気がどの位あるのか。単に自分達や身内の利権を確保する道具としてしか見ていないんじゃないか。今回の事件はそう疑うのに十分なものです。こういう情報が出てくるにつれ、どうにも不安感が増すばかりです。
年金機構改革、まだ道半ば

厚労省は、基本計画に(1)組織腐敗の温床になったキャリア官僚、本庁ノンキャリア職員、地方職員に分かれる社保庁特有の人事制度「三層構造」を一掃するため、人事を機構本部で一元化(2)年金事務所長に若手・中堅職員や外部人材の登用(3)第三者機関による業務検査を検討?といった改革が盛り込まれた点を強調する


当然のことながら不十分極まりない。これは普通の人間を相手にする場合の対策としては有効であるかもしれないが、役人のような腐りきった病原体を相手にする場合にはほとんど意味を為さない。今回の厚労省特に、社保庁に関しては、全員を解雇して犯罪者として扱ったところで、当人とその関係者、あるいは役人関連以外から文句が来ることはないだろう。こういうなかなか無い絶好機な訳だから、少しでも多くの役人を切り飛ばすよう務めるのが当然なのに、役人の処分を役人に考えさせている段階で終わっている。

これだけ文句の出ようがない程の使えないぶりが明らかになったにも関わらず、この程度の対応案しか出せない。つまり彼等には反省をするとか、責任を取るとか、そういう能力に深刻なダメージを受けているということだろう。これは致命的な障害で、どんなに甘く評価しても人間と認識することは出来ない。

これまた当然のことですが、そういう集団を結果としてこれだけの数集めたという事実から、役人の採用基準が完全に間違っているということも分かります。現行基準で採用された役人は可及的速やかに処分するべきでしょう。仮に今は問題を起こしていないとしても、いずれ起こすことは確定事項と考えた方が無難です。

ポイントは以下に役人を抹消するかです。組織が腐敗しているのも事実ですが、組織だけが腐敗している訳ではありません。その中身の芯の部分まで完全に腐りきっているので、修繕ではどうにもなりません。解体して、新規に正しく設計し直して建て直す以外に道はないでしょう。現状を極力維持しようと考えるから課題が山積するのであって、奴等を全員切り飛ばしさえすれば相当な問題が良い方向に向かうでしょう。
しかし、全然話が進みませんねぇ。こういうショート話を積み重ねて行くって方向なんでしょうか。一応元ネタはそれなりのRPGみたいだから、ちゃんとした物語が用意されていると思ったんですけど、所詮DSのRPGってことなんでしょうか。

結構ご大層な世界観を作っていますが、その設定が生かされているような感じも全くありません。獣人がどうとか、砂の世界がどうとか、ビジュアル面以外では完全に意味を無くしています。デストラクトコードにしても、未だに意味不明だし、そもそもなんで撲滅仕様としているのかも判らないし、彼女達の行動が撲滅を目的としているようにも見えないし、デストラクトコードの謎解きをしているようにも見えない。

一応救済委員会から逃げているという体裁は判りますが、純粋にそれだけの話になってしまっています。場所場所でゲストと何かあるという構成は、あくまでも脇道であってメインの話にはなり得ないと思うのですけどね。しかも、どれもこれも巻き込まれ系の話が多いし、主人公格としての主体性が見受けられないというのが致命的です。

まだ4話、もう4話です。いい加減何か始まっても良い頃合いだと思うのですけど、予告を見る限り次回もあまり期待できそうもない感じがするのですが。