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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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大分教員汚職:富松審議監「責任ない」に身内から反発の声

大分県の小学校教員採用汚職事件で、県教委ナンバー2の富松哲博・教育審議監(60)が県警の任意聴取の中で、一連の事件に関して「私に責任はない」と発言していたことが分かった。



この記事を信じるとするなら、とんでもない爺さんが教委のナンバー2に居たもんだという結論になります。教員の選定基準よりもまず教委の連中の選定基準を徹底的に見直すのが第一でしょう。というか、とりあえず現行の教委は全員クビにしなければ話になりません。

60歳にもなって、保身の為にこれだけ醜い嘘を警察に対して行うということは、人間性に致命的な欠陥があるということは確実です。こんな奴が教育の上層部に巣くっているという事実は到底容認できるものではありません。この爺さん個人がどうこう以上に、存在していたという事実を重要視するべきでしょう。

しかも、それが何年にも渡って発覚せず、繰り返し悪事を繰り返していたとなれば、教委の自浄作用は機能していないと判断するのが妥当です。教委の仕組みそのものを考え直さない限り、また同様のことが起きる可能性が高いと言わざるを得ないでしょう。その部分を正しく認識するべきだと思います。
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刃物手に奇声あげ暴れる ビデオ店で19歳少年逮捕

こういう行為を行う時点で、こいつが人間として理解出来る思考が出来ているのかという部分に疑問符が付くんですが、それを言い出すと全てが終了してしまうので、それは可能でありかつ、この記事に記述されている内容が正しいとするならという前提の元で考えると、一つ大きな疑問が残る。

これは今回の事件に限ったことではないのだけれど、家族とかに対する不満などを他人に向けるという傾向が見られます。これは何故なんでしょうか。社会に不満があるから社会にそれをぶつけるというなら、整合性も取れますが、母親ともめてむしゃくしゃしたから外でナイフを振り回すというのは、全く整合性がありません。一つには、自分が事件を起こせば家族が嫌な思いをするという事実はあるかもしれません。けれど、ナイフを振り回したり、他人を刺したりするくらいなら、当人を刺した方が余程すっきりするだろう。にも関わらずそれをしないのは何故か。

結局、なんだかんだ言っても家族という存在に甘えているってことなんだろう。だから復讐はしたいけれど存在を消してしまうのは駄目な訳だ。こういう内向き傾向の思考を持つ人間がどんどん増殖しているような気がします。自分達の身内とそれ以外という選別を強く行わせる家族制度の大きな問題点です。究極的に見た時に身内さえ何とかなっていればそれ以外は知ったことじゃないという考えがそこにあるような気がしてなりません。

本来であれば、内側には内側の、そして外側には外側の対応策というものがあって、むしろ公的な場所では慎重な言動をするという選択が正しいのですが、公私の区別が行き過ぎて、私とそれ以外に変貌してしまったために私的領域以外を軽視するという傾向が生まれているんじゃないかという気がします。これは、まさしく親の考え方を綺麗に反射しているだろうと感じます。家族連れを見かけて気分が悪くなるのが、自分の身内さえ良ければ他は知った事じゃないという態度が丸見えになっている点です。女親には昔からある傾向でしたが、最近は男親にも強く見られます。

結局、責任単位が集落→家→家族と落ちてきて、核家族に至ってついに崩壊したということになんでしょう。責任単位が徐々に小さくなって行くこと自体は正常な進化で、問題はこの期に及んで家などという単位を維持させているということに起因しているでしょう。現在の家の単位では、責任単位として機能できる最低限をクリアできなくなっていて、にも関わらず馴れ合いが発生するので、こんな訳の分からないバカ野郎が頻発する。とっとと、家などという旧時代的な制度は廃止して、責任単位を個人に還元してしまうのが望ましい対策でしょう。そうなれば当然一律に同じ権利と責任が与えられるなどというのが幻想であるということも明確になります。自ら引き受けられる責任に応じて権利が与えられる、その量と質を選択できる。そういう状態を作ることが必要になるんじゃないでしょうか。
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まず真っ先に微妙だと思ってしまったのは、成都を攻略するに、劉備をまず落とすのは良しとして、その次に落とさなければならないのは、誰よりも関羽であるというのは誰が見てもあからさまなような気がする。他の面子はこっそりと乗っ取りをしているにも関わらず、関羽に対してだけは真っ向勝負を挑んでくるというのは、正直腑に落ちない。

で、南陽を狙うのであれば、こちらは真っ先に伯符を落としてしまうべき。呂蒙を狙うなんてのは愚の骨頂。ただそれにしても、接触した程度で乗っ取れるのであれば、もっと楽な展開が可能だと思うのだけど、その辺の設定が曖昧なので微妙感が残ります。

まぁそれを無しにすれば、それなりに良くできていたとも言えるかもしれない。劉備とその他の成都キャラの関係性はちゃんと描けていたし、孔明の存在も一応ながらアピールできていました。孫権の能力の一端が垣間見えたというのも大きいかもしれない。これまで孫権のポジションが微妙だっただけに対幻術に対して何らかの知識なり耐性なりを持っているとするなら、今回の展開では大きな役割を持てそうです。

ただ、南陽に舞台が移ると、どうしても伯符が無事でいるという自体そのものに理由付けが欲しくなります。そこを上手くクリアできれば、ちょっと面白くなってくるかもしれません。