FC2ブログ
Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

英数字が5割以上のコメント、TBは投稿制限しています。またスパムと判断されるものは問答無用で削除します。
やっぱりゼロスが入ると話が面白くなります。リナがかなわない存在というポジションなんですが、力業で来ないで捻ってくる辺りがゼロスの面白いところ。それにしても、姉貴ネタってあんまり久しぶりなんで忘れてましたよ。

再び刑事のオヤジが登場なんですが、あのオヤジの存在意義が未だに不明です。単に話をかき回すためだけの存在なのか、それとも何かしらの裏があるのか。単純なお邪魔キャラという割にはしつこいんですが、その割にはほとんど理解できるような伏線も見えないので、どうにも消化が悪いです。シナリオがもう一つという感じがするなぁ。

ゼロスにしても、本気なのかどうか判らないような状態なのは相変わらずで、結果は無しとしてはのらりくらりという印象になっています。何かもう少しピリッとしたものが欲しいんですけど、なかなかそういうものが出てこないですね。
スポンサーサイト



最初からもうネタバレし過ぎではあるんですが、そのお約束が如何に当人に伝わるかという過程を楽しむ話。サクラちゃんというのは、キャラの中ではあれでも最もノーマルな女性キャラで、押しが強いのが彼女の特徴ではあるんですが、あれで押しが弱かったら、完全に他のキャラに食われてしまっているだろうなという感じの娘です。

それだけに彼女の心情の変化というのは理解しやすいし、思い入れもしやすい。彼女が登場した時にはもっとちゃんとした使われ方をされる事を期待していたんですが、残念ながらそういう展開は望み薄になってきたので、こういう単体エピソードで頑張ってもらう以外には無さそうです。

で、とうとうというかやっとというか、遂に滝島の話に戻るようです。滝島か光の話にならないと一体誰が主役なんだかさっぱり判らない状態になってしまいますから、そろそろ出番を作ってやらないとでしょう。光ちゃんの活躍に期待したいですね。
読者コメントを基に 「地上デジタル放送の明日」を考える(前編)

なかなか面白い。まずお笑いなのが、4ページ後半に出てくる幾つかのコメント。つまり、「今まで見えていたものが見えなくなるのはおかしい」とまとめられている集団です。結論から言えばそんなことはあり得ない。必要が無いと判断できるものは、今までがどうであろうが切り捨てるのは当然のことだ。既得権益は守られるのが当然だという発想は、こう言うところにまで根付いているというのが良く判ります。この手の意見に耳を貸す必要性を全く感じません。はっきり言って残りの3%なんて切り捨てたところで何の問題もありません。

じゃあ改善すべき点はないのかといえば、それは十分あります。それは無理矢理な移行を強要させる形になってしまったという点でしょう。本気で2011年に切り替えをしたいのであれば、少なくとも2000年にはアナログテレビの販売を全面的に禁止にするべきでした。勿論そうするためには、その時点で現時点並みのデジタル普及率が必要のはずで、実際にはそうはなってない。

つまり、予定と実績がまるで噛み合っていないという部分が最大の問題な訳です。じゃあどうするかというと、芸があろうが無かろうが延期するのが望ましい。どの位かというと、2030年辺りに設定するのが言い頃合いなんじゃないでしょうか。2011年にアナログ受信機、アンテナ、配線器具、配線工事等々を停止し、その後20年を待って停波とすればほとんど問題のない移行が可能でしょう。その間2つの設備を維持する放送局は苦しいですが、停波の利益をDoCoMoとKDDIが得るのであれば、その負担は両社にさせるべきでしょう。現時点から20年を待つ訳ですから、配線設備に対する問題も大分緩和されるでしょう。

2011年をずらせない理由が携帯電話に利用される予定だからであるならば、止めたところでDoCoMoとKDDIが泥を被るだけで済みます。はっきり言って特に問題視する必要性も感じない程度でしかありません。役所の縦割りに問題があるのであれば、関連役所と所属する役人をぶっ壊してでも変えればいい。役所の面子と実際の行政のどちらが大事かなんてのは、全く議論の必要性を感じない程の差があります。これが出来ない程度の役所と役人は、使えないというレッテルを無条件に貼ってしまえば良いでしょう。無駄な財政支出を削減できて一石二鳥です。

無理を感じさせないような形での移行を行うこと。これが一番。頻繁にCMを流してテレビを買い換えろとがなりまくるような手法は正当化出来るとは思えない。無意味な既得権益を守る為に、無駄な税金を使うことも許されないし、そのためにNHKの受信料が上がったりすることも強要できない。一部の企業や役人の面子の為に社会に負担を強いるというのも許されるものでは無い。DoCoMoやKDDIは純然たる被害者であるとするのであれば、この損出に関しては、関連省庁の役人に自腹で保証させるのが良いでしょう。当然身体を切り売りしてでも支払わせる無限責任です。そうすれば病原体駆除も出来るので、社会にとっては非常に有益です。
FC2テーマ:TV | カテゴリー:所感
トラックバック:0 | コメント:0 | Page Top↑
システムを台無しにする「ルール違反」

そもそもSymantecの広告記事っぽいので、書いてあることも話半分にしておかなければとは思うけれど、この記事には良く勘違いする典型的なミスが入っている。つまり、ルールそのものの正当性やルールの目的の正当性は考えないようにしているということ。PCの話になってから以降に関しては技術的な内容になってきているので、後半に関しては一般論として間違いじゃない。けれど、その例としてタスポを持ってきたのは致命的なミスだ。

そもそもタスポは目的、内容、手段の全てが間違っているのだから、それを無理矢理法律にした時点で破綻をきたすのは当然のことだ。「ルールやシステムが妥当かどうかも継続的に検証される必要がある」と言いつつ、ほぼ全面的に間違っているタスポという仕組みを例に挙げているのだから、どうしようもない。

勿論、法律である以上その妥当性は問題にはならないといわれれば、そういう見方も成立する。けれど、僕に言わせればそれを認めてしまったら国家の奴隷でしかなくなる。僕自身は自分が人間であることを放棄するつもりはまだ無い。ましてや、日本の法律というのは酷く脆弱な仕組みの上で制度的正当性を得ているに過ぎない。個人的には制度的正当性というもの自体を僕は認めないし、近代民主制という制度の正当性も認められないし、政治家や政党個々の正当性も認められない、ましてや日本の主権者の正当性なんて全く認められないのだから、それに準拠して維持作成されている法律に正当性を認められるはずがない。

法律を守るのはあくまでも法律と自分の倫理が整合した場合だけで、それ以外では国家という暴力組織に対するリスクを回避するためでしかない。明らかにヤの付く自由業とお見受けする方に因縁をふっかけることはしないというのと同じで、合法暴力組織である国家の命令であれば不条理であっても従う振りをしなければ酷い目にあうというだけのこと。よって、目の届かない場所だという認識があれば、そんな法律を守る理由は全く無くなる。それは至極真っ当な判断だと僕には思えるし、一般的に浸透している概念だ。取り締まりが行われていない道路で、制限速度を守って走る車などほとんど居ないというのが一番判りやすい例だろう。勿論だからと言って暴走行為が許される訳ではない。そこの判断が制限速度などという単純なものだけでなく、様々な社会的局面でも出来る能力を持っているものこそ、主権者としての人間の最低条件だ。

悪法も法は客観的事実ではあるが、それに従うのは家畜の思考方法でしかない。人間、ましてや主権者を名乗るのであれば、それが法であるかないかは実際には大した問題ではないはずだ。
6歳、捨てられてもたたかれても母をかばった 埼玉

こういう結果にならないまでも紙一重だろうなと思える自称親は、街に出れば幾らでも見つけることが出来ます。特に家族連れが喜んで集まるような場所に行くと、視界に数組は入ってくると言っても過言じゃないです。勿論彼等は一見すると俗に言われる「幸せな家族」であり、育児放棄とは真逆を行っているように見えます。しかし、それは諸々の条件からたまたま偶然に得られている結果にすぎないのであって、この条件が幾つか変化すれば途端に変容する可能性があると思います。

要は、責任感が無く刹那的、感傷的で、人間的、社会的な未熟さが目立つ。そういう人間が親権を持っているという例は腐るほど存在しているということです。例えば、現状幸せな家族でも、例えば旦那が単身赴任した、浮気した、離婚した、死亡した、入院した。なんて状況が起これば、これらは今日明日に起きても何の不思議も無いことなんですが、即座にこの無職の馬鹿母と同じ状態に陥る可能性は十分にある。だって、この女だって、長男はとりあえず6歳まで育てた訳ですからね。

しかも、親権というのは強い権利で、明らかに問題があると判っていてもなかなか手出しが出来ない。生殖機能に問題が無い人間なら何も考えていなくてもやることさえやれば子供は出来る。出産は相当の苦痛だとは思うが、それをしさえすればこれだけ強い権利を無条件に与えられる。そんな馬鹿げた仕組みがそもそも間違っている。そもそも20歳前後で親の助けも得られない状態と判っていて、子供を作り、かつ出産するという時点で親としての資質を疑問視するのが当然だろう。自分が大人になっていない人間に親権を与えるなんてのは、不幸な子供を生産したいのでなければあり得ない選択だ。

これだけ幼稚な奴に親権を与えておいて、挙げ句子供を殺し、「育児放棄になりやすい状況だった」が弁護側の理屈として成立する制度が正しいはずがない。これを見てまだ家族制度を支持するという奴等は、死んだ2歳の子供に対してどのような言い訳をするのだろうか。
FC2テーマ:家族 | カテゴリー:所感
トラックバック:0 | コメント:0 | Page Top↑
えっと、折角女の子キャラ出してきたんだけど、殺される為だけに出てきたの? ついでにアルも復活させたけど、殺すためだけに出てきたの? 前々から、というかゲルトの時からそう思っていましたけど、キャラを使い捨てにし過ぎ。

何か含みありげに登場させておいて、ちょっとした役割だけさせたらポイってやり方はどうにも気に入りません。考えてみればウォルフだって使い捨てに近い扱いだよな。一応ヘルマンだけは特別扱いの復活になってるけど、これを見せられると、彼もどうなるのやらさっぱりって感じですね。

言ってみれば化け物と戦争している訳で、ある程度死人が出るのは仕方ない事だとは思うんですが、それにしても今回は流石に酷いという感じがしました。いや、実は生きていてって展開に次回なっていることを期待したいです。

でも、彼女のポジションってサーシャと被っているような気がするんだよな。なんかそういう感じが多くて、キャラの使い方がイマイチ納得できないというのが多すぎます。