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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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ちょっと良い話的な内容。しかし、これって何度見ても高校版劣化苺ましまろだな。キャラの灰汁が足りないという段階で完全に負けてしまってますが。けれど、今回は良く纏まっていたと思います。これまでの中では委員長ネタに次ぐ面白さがありました。

で、それはそうとあの壮大な予告擬きはちょっとビックリ。途中でいつまで続けるんだよって3回位突っ込んじゃいましたよ。そこまでしつこくやったのは感心しますが、実体は恐らくこれまでと特に変わらずなんだろうな(笑)

まぁ徐々にそれにも馴れてきましたよ。回を重ねていけばそれなりにキャラも描けてくるし、それほど人数を出している訳でもないから、徐々に良い感じになってくるかもしれません。
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何気にAT-X見ていたら凄まじい予告をしていました。なんと大晦日朝から晩までかけて「マリア様がみてる」の1期?3期まで一気放送するらしい。朝7時から夜23時まで延々と。この思い切った構成は天晴れとしか言いようがありません。

見逃した人でも、とりあえずこれに1日付き合えばばっちりと4期に繋がります。特に3期OVAは抑えておかないと、4期の楽しさも半減なので是非抑えておくことをおすすめしたいと思います。
トヨタ奥田氏「厚労省たたきは異常。マスコミに報復も」

はっきり言ってトヨタは嫌いな会社の上位に万年君臨する企業でしたけれど、こういう記事を見ると、本当にトヨタの製品を使って無くて良かったと思います。この爺さんが個人的にどう思っているかは自由だし、企業の方針としてスポンサーを降りるのは結構なことだけれど、公の場で報道に対して恫喝をかけるというのは下品にも程があります。資本主義の最も醜い部分を最も醜い形で平気でさらす。はっきり言って下衆野郎じゃなければ出来ない芸当です。

こんな奴を社長にし、かつ未だに経営に携わらせているような企業が真っ当なはずがありません。そんな企業に自分の金が落ちるというのは僕には耐え難い苦痛です。はっきり言って潰れればいいのにと思います。勿論現状のマスコミが酷いという話には納得できるものがあります。しかし、毒をもって毒を制すを初手からやってしまったのでは、どうしようもありません。さすがトヨタ方式は手段の汚さがダントツだよなって感じです。

もうトヨタの車ってだけで購買意欲は激減したことは確実です。今後10年はトヨタ車を買うことはないでしょうし、トヨタ車に乗っているというだけでその人の評価はマイナスされることでしょう。
「小学生には携帯持たせない」政府の教育再生懇が提言案

小学生に携帯を持たせないというのは、現状においては賛成です。ただし、それはあくまでも消極的賛成。つまり、それだけ親の子供に対する管理能力が低下しているということを表している訳で、ましてやお上からこんな提言をされなければならないほど親権者は無能者の集まりになってしまっている訳です。

一番の被害者は当の子供達で、本来であれば問題が無いような場合も含めて十把一絡げで禁止されるという憂き目にあってしまう訳です。そうしなければ問題になってしまうほどのおバカな子供が多いってことで、子供達に無責任の特権が与えられている以上、危険なものは禁止というのは仕方のない選択になります。

それでも、問題の根源は親権者の無能さ加減が限界を超えているということ。そして、それによって起こる問題に対しての責任能力の欠如、放棄が頻発しているという事態にあるでしょう。こういう糞野郎どもが、生物学的な生殖能力を有しているというだけの理由で人の親権を獲得できるという異常な制度はとっとと解体して欲しいものです。

結局子供達と周りの人間が一番迷惑を被ります。家族制度などという何の合理性も無い、害しかまき散らさない腐った制度をこれ以上継続することに何の意味もありません。
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最近、となり町に種類カフェができたらしいです。かわいい種類がお出迎えだそうです。

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪
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基本的には京極堂のトリックの種明かしの回。けれど、それでも巧いなぁと感心させるのはラスト。魍魎という言葉に対しての京極堂の反応。全編に渡って不思議なことなど無いを証明し続けてきたにも関わらず、そして、宗教団体に対してさえトリックであると臭わせる言説をしていたにも関わらず、魍魎に対しては苦手だと言う。勿論この苦手がどのような意味で言われているのかは何とも言えないけれど、通常の反応としては、苦手というのは、存在を認めているものに対して使われる表現であるから、ここで現在に生きる我々としてはまた不思議なものの世界に足を捕まれて引き留められてしまう。

京極堂の使ったトリック同様、レトリックと話の順番の問題なのかもしれません。それはまさにこの作品全体に対しても言えることで、要は全部を明け透けにしてしまえば何てことは無いことでも、要所を意図的に隠して構成を工夫すれば、聞く側には不思議なことと受け取ってしまう。これには話し手の技術も重要で、何を隠し、何を出すかのさじ加減と、自分が情報を操作しているという事を相手に悟らせない話術が必要になります。

まさしく、それが出来るか否かが幻想作品を成立させる最大の要因な訳で、京極堂のように隠しても騙しても居ないと後から言えるだけのバランス感覚が必要です。それが失敗するとペテンになってしまったり、胡散臭さが隠しきれなかったり、話として成立しなくなったりしてしまう。

是非京極堂にあやかって、作品としてもこのバランスを維持しつつけて頂きたい。設定自体も情報が巧く絡み合っていてそれぞれのエピソードの繋がりが絶妙に構成されています。少なくともここまでは申し分ない出来栄えです。