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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

英数字が5割以上のコメント、TBは投稿制限しています。またスパムと判断されるものは問答無用で削除します。
もう、妖精さん達は纏めて仲間になるとう流れなんでしょうね。女兵士もかと思ったらそうは行きませんでした。まぁ幾ら戦力差があるとは言っても、敵があまりにも馬鹿しか居ないとなると流石に面白味に欠けますからね。

しかし、本気で分かり易い馬鹿とうのが今回は結構出てきていてちょっと気が抜けてしまいます。そういう方がキャラに集中出来るという点と、不条理さを過剰に演出しやすいとう点、更にはそこから正常な結果に戻った時の爽快感というところが得られるんでしょうが、その分話としては全く成立しなくなるという欠点があります。

それを補えるだけのネタが用意できれば良いんでしょうが、今のところその様子は特に無いように思えます。逐次的なインパクトで勝負出来れば良いという考え方もこの作品ならアリかもしれませんが。
本当に分かり易い話を持ってきます。今回明確に描かれていた事は二つ。一つは、家柄などと言う言葉を恥ずかしげも無く付く連中は愚か者であるという事。もう一つは、能力のある人間と無い人間では話をしても噛み合わないと言う事。どちらも揺るぎようのない真理でしょう。そういうのをベタで描くのでちょっと苦笑してしまいます。

話自体は、世界観を歴史的見地から紐解くとう流れなので、非常に真面目。問答無用で現状の前提条件を押しつけてくる作品が多い中で、もし真面目にその前提が成立した理由を突き詰める方向に進んだとしたら、意外に当たりの作品になるかもしれません。

ただし、結論もありきたりで終わってしまう可能性が高いでしょうが。
権力者が下衆だというのは分かり易いし、既に権力者という存在が必要性を終えているとう意味では鋭いのだけれど、ここまでベタだとちょっとステレオタイプ過ぎるんじゃないかなという気がしないでもない。

ここで勧善懲悪的展開にしてしまうと流石にチープな感じが否めない。権力者と庶民では見ているものの次元が異なるのは当然だと思うし、恐らく少なからずそういう方向に話は進むのじゃないかという気がするんですが、ここまでの描き方は完全に見ている側をミスリードする下品な手法に思えます。

勿論、ねーちゃんが単なるサディストでしかないというのだとしたら、一気に興醒めなのは言うまでもありません。つまり、何れにしてもこのやり方は適切だとは思わない。そろそろきちんと世界観とキャラのポジションを明確にした方が良いでしょう。秘密主義も最初は面白いですが、ここまで行くとすぐに飽きます。設定自体がかなり面倒なものになっているので、単に説明するだけでも結構面倒なはずで、とっとと着手した方が吉だと思います。
なんか麻雀アニメみたいになってる。7話に至って初めてと言っていいでしょう。のどっちはレギュラーメンバーの中では唯一運や勢い以外の要素も使っているので、彼女のメイン回は麻雀アニメっぽくなります。次回以降もそれが続くかというとかなり怪しいですが。

清澄の段階で既に超人的な状態ですが、当然盛り上げる為には当然それ以上の相手を用意しなければなりません。一体どんな裏技を出して来るのかむしろそちらの方が楽しみだったりします。この手の展開は、確実に強さがインフレ化するのは見えていて、鮮度が保たれる次期は極端に短いでしょう。

ともかく、今回の大会はある意味一番盛り上がる会なのかもしれません。それをキモに命じて見てみたいと思います。
ネタ出し少々。でも過去が判っても話はまだ良く見えない。一応キャラの関係は見えてきてという感じか。遺産とかって話になっているけど、設定的には相当荒唐無稽なので、後付けでなんとでもなってしまうというのは今も変わらず。

幽霊ちゃんがどんなポジションになっているのか、なるべきなのかについても良く判らない。予測の予知が全く無い謎は謎として成立していないんで、話の構成としては成立もしていないというレベル。7本もやって未だに話がさっぱり見えないというのは如何なものか。

じゃあ、キャラとして可愛いのかというとそれも微妙な状態で、キャラ表現がそれ程出来ているようにも見えない。諸々てんこ盛りにした挙げ句どれも中途半端になっているというのが実際の処なんじゃないかという気がしてなりません。
正直言って中身は薄い。それでもそれに意味があるように見せきる演出というのが凄いです。と言うか、原作の中から作品にとって重要となるエッセンスというか、ポイントなる部分を抜き出す技術に秀でています。

カヤに対する表現というのは確かに原作では薄くて、今回のネタもサラっと流されているような感じがました。潤に対する表現というのに結構力を入れていて、潤を通じてある種の女性論や時代論が展開されるんですが、結局潤自身がカヤを通じてそれを認識するので、カヤに対する表現というのが重要になる。

カヤと言う存在はアラシを見るにも良い対照になるので、やっぱり彼女の描き込みは重要。そこを十分時間を取って描き増しする辺りは流石に鋭いという感じがします。キャラの相関図をきっちりと作る為にもその辺はやって奥に超した事はないかもしれません。
これまでのお気楽状態から一転かなり深刻な状態に陥っています。気になるのは、風呂敷を大きめに広げている割には詰まらない事で悩んでいるという風に感じられる事。まぁそもそも学生なんで、それはアリと言えばアリなんですが、学生が自体を解決しなければならないという事態である以上、もう少ししっかりして欲しいという気がします。

現状では実績的にフォロンとコーティのバランスがよろしくない状態で、それはまぁ仕方ないんですが、どうもダンティストと精霊の役割というのがはっきりしていないのが話の理解を妨げているように感じます。

精霊にコーティ程の知性や理性があるとなると、それを操るということにどれ程の意味を持たせる事が出来るのか。そこがこの設定を納得させるポイントだと思うのですが、残念ながら巧く描けているとは言えない状態です。そろそろの辺をはっきりさせて、二人のポジションを確立させた方がいいんじゃないかなと思います。
初々しいというか、子供っぽさが目立ったクリスマスでした。気になる相手には臆病になるというのは判らないでもないですが、クリスマスの夜に女の子の方から食事に誘ってきたとしたら、もうイケイケって感じだと思うんですが(笑)

二人して素直になれないも良いとこで、もう可愛らしい感じです。それ以外のメンバーはそれなりに巧くやっている組とドツボ組とはっきり分かれていてなかなか明暗くっきりです。初恋という感じはそれなりに出ていたので、一応成功ってことなんじゃないかという気がします。

それにしても高校生のロリっ娘担当と江ノ本はキャラが被っているだろうという気はしていましたが、まさか姉妹とは。まぁ地元高校ってのはそんな感じなのかもしれません。自分は高校から遠隔地通いだったので、そういうビックリは無くてちょっと新鮮な感じ。

結構関係図がグチャグチャになりそうな予感もありますが、どうなるんでしょうか。ちょっと楽しみだったりします。
学校という場所は、単に学問を修めるだけの場所ではない。良い意味でも悪い意味でもそれは事実。それは社会でまともに生きていく為に必要な手段を身につけるという面では意味がありますが、時に才能をスポイルしてしまいます。何かと同様で無ければならないというのはある種の強迫観念で、それを知らない者からするとそれを通念として身につけている人間は異様に見える事でしょう。

その中でお互いを認め合えるというとなんか綺麗に聞こえますが、実際のところそう巧くはいかないというのが現実なんじゃないかという気がします。特にある種の流れというのが強くなっている時に、それに抵抗するというのは容易な事ではなくて、それこそ空気読めという暗黙の重圧というのは時にとんでもない方向に進むし、それは閉鎖的なコミュニティの中でより過激に行われます。

それだけに閉鎖的な集団というのはそれだけで危険なんですが、まぁそれはこの作品の主旨ではないでしょう。それだけにさらっと流されました。この話は恐らくエリンがこれまでとは異なる社会に飛び込んだと言う事を強調したいというのが一番の目的で、恐らく次回以降はそれなり以上に仲間と巧くやっていく事になるんでしょう。やらなければならない事がてんこ盛りなので、その辺甘くなるのは仕方ない事かもしれません。
新展開への序章という感じでしょうか。やや停滞感を感じていたところなので、適切なタイミングだと思います。久川がどの程度の力量を発揮するのかちょっと見物です。ファントムの二人は今のところ上司の判断に振り回されているという感じになっています。そこからどうやって脱出するのかというのが当面の課題になりそうです。

組織に紐付けられた操り人形の状態を続けている内は、組織に引っ張られるというのは避けられない状態でしょう。であるならば、結局自己の確立というプロセスを踏むしか無いと思うんですが、それは簡単では無さそうです。

組織の内紛というのは、きっかけとしては悪くないでしょう。状況が変わるというのはそこに属する人間も変化しやすくなるでしょう。そういうきっかけとなれば、いいんじゃないかという気がします。
ヒナギクとのラブラブネタで、原作は最高に面白いんですが、アニメにするともう一つという感じがしました。なんというか、テンポに問題があるというか、過程を描かれるとちょっと間延びしてしまった感じがしてしまいます。

ヒナギクの内面表現もちょっと甘いというか、もう少し突っ込んで欲しかったという感じがします。漫画だと説明書きででクリアできる内容もアニメだと天の声を使ったとしても描ききれない部分が出てきてしまいます。例えば、なんでヒナギクがハヤテを家に上げたのかという部分はアニメでは良く判らない。

まぁ本来なら解説ナシでも判るようにするのがベストなんですが、この作品はそうなっては居ないし、それ以外の部分が魅力なんで細かいところを解説で逃げている部分が多くてその分アニメでの描き方が難しくなります。

その部分を乗り越えてこそのアニメ化なんでしょうが、難しいんでしょうね。これまで比較的巧く仕上げていたんで、出来る限り頑張って欲しいです。
前節に比べると大分チャンスが作れるようになりました。その最大の要因はなんと言って2枚のボランチ、啓太と阿部の動きが明らかに変わった。そのせいで、セルが楽に動けるようになってチャンスメークが出来るようになったように感じます。原口にしてもその方が動きやすいように見えます。

明らかにポンテが居なくなって、その穴を埋める為に前回の問題点を修正するという形なんだと思いますが、そういう状態にならない限り判らなかったことを実践できたという意味では怪我の功名かもしれません。もちろん、それで守備が崩壊したのでは意味がないのですが、ガンバを完封できたということはそういう訳でもないと判断できるでしょう。両ボランチの質の高さが良く出ているところだと思います。

そして、チャンスは作ったものの結局決めることは出来なかったというのが、まだクリア出来ていない課題ということになります。チャンスの数も増えたとは言ってもまだ満足できる数ではありません。更に次節は山田直の出場停止です。その代わりに誰が入るのか判りませんし、ひょっとしたら怪我の誰かが戻ってくる可能性もありますが、攻撃の組み立てという最大の課題をクリア出来る時がくることを信じて一歩一歩進んでいって欲しいです。
ニートの為の楽園を作る。その意味するところは良く判りませんが、この作品内においてニートという存在はマイナスの方向で語られては居ません。つまり、これまでとは異なる価値観、あるいは社会観を持っている人間という方向性になっています。通常は、そうだったとしても現実との折り合いをそれなりに付けているのが大抵で、それ故に現実にはニートを肯定する理由は全く無いのですが、まぁその表現についてはアリとしましょう。

実際、咲ちゃんにしても牛丼をかけられる企業に就職する必要は無いというのを肯定したとしても、それがイコールニートになるというのは、ぶっ飛びすぎの飛躍です。もし実際にこういう飛躍した思考しかできない人間が居るのだとしたら、それはやっぱり所詮ニートとしか言えない訳で、それこそセレソンのようなトンデモな設定が無い限り救われる事は無いでしょう。

ただし、現状の社会システムが根底から腐り始めているというのは事実で、それは制度としての資本主義あるいは近代民主主義が命数を使い果たしたという現状を正しく把握していると思います。残念な事に、この二つの仕組みは、自らの問題点を自浄する機能をスポイルしてしまった為に、対処療法以上の対応が取れないという致命的欠陥を持っています。だから革命などは起こせないし、救世主なども生まれる事は無い。よって、このゲームに勝利する唯一の方法は、ともかく現在の社会システムを放棄する為に必要な別の社会システムを独自に構築するという回答しかあり得ないだろうと思っています。

IT技術をベースとしたベンチャーをその原点に持ってくるというのは良いアイディアで、ネットワークは既に現在の社会構造、特に国家という古びたシステムを容易に飛び越えて新しく巨大なコミュニティを形成させる事が可能です。偶然か必然か滝沢がそういうメンバーと巡り会ったというのはちょっと出来すぎという感じもしますが、現状唯一の光であるという事実を考えれば理解できない事もないです。

で、危ない女社長さんは一体何をしようとしているのか良く判りません。セレソンはまだ結構な数が居ますから、恐らくこの女性は本命で無い事は確実で、その割には設定を引っ張るなという気がします。本来であれば様々な救世主としての活動を比較するという流れが一番無難なんですが、これまで出てきた面子はその手の活動をほとんどしていないと見えます。女社長の役割としては経済で世界を救うという方向を指し示すことは出来ると思うので、前回の医者がやろうとした福祉という方向同様に失敗するという辺りが落し処でしょうか。

それと、滝沢が何故記憶を消す必要があったのかという部分も気になります。記憶を消す前の彼が何を考えていたのかというのも当然興味が湧きます。そういう切り札を何枚か残していて、かつそれを見せ札にも使っているので、そうそう単純な話にはなっていないのでしょう。あくまでも作品としても面白さも十分に踏まえた上で構成をしていると感じられます。まさに神山ここにありって感じですね。
しかし、本当に音楽活動をしない連中です。それで良いのか「けいおん」って感じがします。潔い位の割り切り方です。その分キャラの掛け合いについては素晴らしく、どのコンビで組ませてもなかなかなもんです。今回は特に姉妹掛け合いでしたから、益々もって冴え渡っていました。

けどまぁ、姉妹で仲がよろしくてだけでは流石に面白味に欠ける訳で、そこにさわちゃんがしっかりとアクセントを付けてくれていました。すっかりと登場時の印象とは変貌してしまった彼女の不幸っぷりと、そのとばっちりを食ってお嫁に行けなくなる澪ちゃんのコンビネーションはなかなかです。

前回はパンツ全開で、今回は脱がされ状態を目撃されるですから、澪ちゃんも散々なもんです。けど、大丈夫嫁に貰ってくれる人は恐らく相当な数実在しているでしょう。惜しむらくは、その相手は三次元ですが(笑)
今回クロの裏設定が垣間見えた訳ですが、それがなんなのかははっきりとはしません。けれど、プニプニが怯えるということは、良い事ではないでしょう。そこで茜さんが黎真に付いた訳ですから、クロ災厄説はほぼ堅いでしょう。

結局黎真というキャラは最初からずーっとクロの敵であった訳ですが、それでも彼に悪の香りはしませんでした。恐らくクロを救うというのが黎真の目的なんじゃないかという気がします。彼の目的がここまで全く語られて居ないというのはちょっとわざとらしい感じがします。

それにしても次々と使い捨てのキャラが出てきます。今回の植物爺さんもその一人。クロの裏面を目覚めさせるという役割だったとは言え、ちょっと安易にキャラを出し過ぎているんじゃないかという気がします。エクセルにしても何回か意味ありげな伏線を張ってきて居ましたが、その結果が今回の話だけだとするとちょっと寂しい感じがするし、大仰しいという気がします。

結局話としては何回も大きく展開するという構成の工夫はあったものの、その分練り込みが足りなくなってしまっているという印象が大きくて、メリットよりもデメリットの方が大きくなってしまっています。こういう捻りを効かせた話を作る時は、地盤の部分がしっかり出来ていないと結果がチープになってしまう事になります。ラストをどうやって締めるのか判りませんが、単に兄妹愛とかそういう流れだと流石にガッカリなので、そこは工夫を期待したいところです。
危険運転致死傷罪適用で懲役20年 福岡幼児3人死亡事故

酒飲みが殺人を犯しているにも関わらずこんな茶番な裁判をしなければならないという法律が間違っている。詳細は実は朝日の方が詳しいので、そちらから引用する。

控訴審で検察側は、事故原因を脇見運転とした一審判決は事実誤認だと主張。事故の再現映像を証拠提出し、通常通り運転すれば前方の車が視界に入るはずだと訴え、「被告は先行車の交通状況に応じた運転ができない状態だった」と危険運転致死傷罪の適用を求めていた。


クダラナイ話だ。視界に入ろうが入らなかろうが関係ない。飲酒行為自体が非社会的行為であり、理性の破棄であり、人権放棄を自ら希望する行為だ。そんな状態で公共の場所に出てくる時点で罪だし、ましてや車の運転をした時点で論外。事故を起こせば問答無用というのが適切だろう。

今林被告の公判をめぐっては、福岡地裁が結審後、検察側が起訴した危険運転致死傷罪のほか、業務上過失致死傷罪を起訴罪名に追加するよう命令。そのうえで、08年1月、業務上過失致死傷と道交法違反(ひき逃げ、酒気帯び運転)の組み合わせでは最高刑に当たる懲役7年6カ月を言い渡していた。


にも関わらず、最高刑でたった7年6ヶ月というのは異常という他にはない。そんなのは飲酒行為のみだけに付けるられるべき程度の量刑だ。酒気帯びひき逃げなら最低でも終身刑。最高なら人権剥奪辺りが適切だろう。飲酒というのがそれだけリスクの高い行為であるということを徹底的に知らしめると共に、理性を自ら望んで飛ばすような行為を行う獣は、人外として狩らなければならない。


飲酒は犯罪です。麻薬と同じです。
ダメ。ゼッタイ。
アルコール摂取は人権の放棄です。
酒やめますか?それとも人間やめますか?
ココロの小さいころの夢は天使になることでした。今はKazuSさんの神になりたい……なんて冗談です

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪
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少女は天使で、老女は化け物?

「女性って現実的だよね」と言われることも多いものです(一方で「女は感情的」とも言われるわけですが)。


感情的だから、現実感を持っている時はヤケに現実的なんだけど、破綻するととことんまで破綻するってことでしょうね。更に言うと、女性は近視眼というのもあります。が、なによりも迷惑極まるのは、それらではなくて、身内とそれ以外の区別が著しいということでしょうか。これは昨今の男でも増加中だったりはします。つまり、身内と判断されると非常に気を遣うが、それ以外と判断されると、気を遣われないというか、空気扱いされます。それが社会性の欠如と写ることがしばしばあるし、実際結果として同じ事になる場合も多いです。

だから女性ドライバーは迷惑だと言われるし、街で家族連れを見たら近づきたくもないということになる。身内とその中での常識が世界の全てだと勘違いしていてそれ以外の存在を認識もしていないわけですね。自己中心的な人というのは、実はちゃんと考えればエゴを通す為に必要な関係性というのを理解することが可能なんですが、身内以外は認識できないとどうにもならない。だから救いようが無い。

家族という強固かつ狭小かつ閉鎖的なコミュニティの中に浸かっている女性が加速度的に社会性を失うのは当然と言えば当然のことです。相対化の対象が極端に限定されてるのだから持ち直しようも無い訳です。女性が少女の心を持てない理由もここにあります。つまり、家族という閉鎖空間では、自分は相対的に年寄りな訳です。それ以外の接続点を切り捨てるから、少女じゃ居られない訳です。その分まだ仕事に出ている男性の方が家族以外との関係性を維持しているだけ少年で居られるってことですね。何れにしても内と外を切り分けるという性質がそういう事態を招いているというのは確実でしょう。

女性に美しさを求めるというのは、全体的に見れば事実かもしれませんが、それは女性の特権でもあります。つまり、美しければそれでいいって状態で、それ以外のものを問われずに済む場合が未だに結構存在しているし、それを求めている女性もまだまだ多いように感じられます。そういう特権を持っている以上、その反発として美しくない女性の風当たりが強くなるのは至極当然です。この手の話でいつも感じるのは、自分が持っている既得権益を無視して、差別反対的なニュアンス押し出してくることが多いということ。本気で男女平等を考えているなら、一番の敵は男性では無くて古い価値観を是としている女性の方だってことですね。

そんな女性達を作ってきた最大の要因は家族制度ということです。女性の社会性を奪い、美しさや輝きを消し去り、少女の心を踏みにじってきた。それらは全て家族制度に起因しているわけです。それを認めている以上仕方ないんじゃないで済ますしかないでしょうね。
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遂にお風呂です。しかも、過去の連中を一同に集めてというのだからサービス抜群です。作画がこれまでに比べるとやや落ちているように感じられましたが、クイーンズブレイドとしては亜流の話になっているので、仕方ないのかもしれません。

しかし、一向に闘いは始まろうとしないし、キャラももう少しペースアップで出していかないと壮大な大会というイメージが薄れてしまいます。個々のキャラはそれなりには魅力的ではあるんですが、女王を決める大会というにはもう一つという感じの娘が多い気がします。それはレイナであっても同様。

何か彼女達を劇的に変化させるような仕組みがないとこの話纏まらないような気がしてきたんですが、どうするんでしょうか。闘いの中で変わっていくという流れかと思ったら全然戦闘は無いし… 結果的にはかなりスローなペースになってます。そんな事堂でもいいと言われればそうかもしれないんですが、どうするんでしょうねぇ。
海から天然のドジっ娘登場。そしてついに三号さんになってしまいました。それでいいのかという気もしますが、まぁアリかな。彼女の戦力としては数えられるようですが、それにしても絶対的な物量に差があります。さてどうするのかと思っていたんですが、どうやら、こちらも相手は間抜けが相応数居るというマイナス要因で相殺するようです。

で、間抜けが不当なポジションに着いていると、部下に居る優秀な人間にストレスを作ることになります。結果として裏切るってことになるんでしょう。というか、綺麗なおねーちゃんはみんな味方に付くって方向なんでしょう。

予告では、さらに新キャラも出てくるようだしどんどんと駒が揃ってくるという感じでしょうか。後は兵隊をどうやって集めるかですね。将だけでは戦はできませんから。
紳士というだけあってか、みんなそれぞれの過去に粋な感じがあります。そして、彼らはそれでも基本的には落ち着いていて安定している。だから相当なエピソードがあっても、話が暴れないし、むしろそれがキャラに対する深みになっています。

キャラが安定しているから物語をあそこまでスローに展開させても作品が揺らがない。ゆっくりとした動きは、足腰がしっかりしていないと出来ないものです。自らの良いところを最大に生かす形になっていて、作品全体の雰囲気を形成しています。

今のところキャラのバックボーンを一人ずつ描くことをベースにしながら、キャラの相関関係を築いて行ってます。ここまでは万事巧くやっているという印象です。一巡してからどんな話を持ってくるのかとても興味深いです。
鳳と凰で分けた訳ですが、さてメス側はどう出てくるかというのがお楽しみです。神様という割に力があるような無いような微妙な感じになっていますので、半ばギャグになっています。とは言ったものの、カラスの大群に襲われたらやっぱりかなり怖いだろうな。動物が本気になったら生身の人間なんか一撃でしょうから。

基本的な能力に絶対的な差があって、それを智恵で埋めてきたというのが実際の自然との関わり方だった訳ですが、自然を征服するという考え方自体はそれ程古いものではないので、共存という考え方は日本では特に成立しやすいでしょう。

そういう意味ではあまり無理をしなくても話を展開する事が出来る訳で、それだけに逆に弱くなってしまって色恋関係を絡めるという方向にしているようにも見えます。まぁどちらが主でどちらが従なのかというのは微妙なところではありますが。

ましろちゃんのロリも可愛いんですが、ロリは他にも居るので、ちょっと色気が足りない感じになってしまいます。話を進行させる為にも彼女はすぐに元に戻ると思います。やっぱり妙齢のけもみみの方が見栄えがするような気がしますね。
2年連続論文戻され、東北大院生自殺「指導に重大過失」

どこの馬鹿親と小学生の話なのかと思ったら、なんと大学生、しかも院生で年齢は信じられないことに29歳らしい。世も末という感じだ。結論から言うと、成人の自殺の責任は全面的に当人のみに起因する。教授とやらの指導がどうであったかは全く関係ない。卒業できない理由ではあったかもしれないし、それは不当だったかもしれないが、自殺の原因とはならない。それを自殺の原因とするのは馬鹿の過保護でしかない。

大学にクダラナイ指摘をするような馬鹿親だからこんな間抜けで幼稚な餓鬼が飼育されることになるんだろうと言わざるを得ない。少なくともこんな馬鹿親ではまともな教育は出来ていないということは確実だろう。それに振り回される周りは良い迷惑だ。

仮にこの馬鹿が卒業できたとして、こんな程度で社会に出ても当然通用しないだろう。遅かれ早かれ自殺するというのがオチだ。役人ならこんな馬鹿でも勤まるところがあるかもしれないが、それは税金の無駄遣いでしかない。

この事件の概要を見るだけで、家族制度というのが馬鹿が馬鹿を再生産する劣悪な仕組みであるというのが良く判る。そして、大学というシステムも完全に機能不全に陥っているということも判る。むしろ、こんな馬鹿を卒業させなかったという事実をもってこの教授とやらを評価することさえ出来るんじゃないかという気すらする。

死ねば官軍という風潮がこの世の中にはどうもある。どんな悪人でもどんな馬鹿でも間抜けでも死にさえすれば美化されるという風潮だ。そんなことを許すから、簡単に死ぬことを考える奴が出てくることになるんだろう。死のうが何をしようが悪は悪、馬鹿は馬鹿と扱うべきだ。ましてや自殺なんてものには同情の余地は1μmも無い。

まぁ世の中に出てこなかっただけ害が少なかったとは言えるかもしれませんが。
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既に判っていることを再認識させる手段として第三者の視点を使うというのは悪くない。結果としてよく判らないという結論もまぁいいんじゃないかという気がします。あくまでも実体と認識のギャップが生み出す面白さというのをメインにしているのが効果的に使っています。

比較的大人し目の展開をしているんですが、巧くツボを付いているなという感じがします。戦争物というと変な緊張感があるものなんですが、それがほとんど感じられないというのが凄まじいです。

これからどんな展開になるのか判りませんが、このまま乗り切ったら結構斬新かもしれません。
現在の問題点を歪曲することで一応の対応を取っているという世界観を想定しています。けれど、何故か資本主義という一番酷い部分だけは放置されているようで、結局そこがネックになって茶番劇を繰り返しているという風刺をしている回でした。経済は、現在およびこの作品の世界観に於いて絶対的なもののように見えますが、空虚なものでしかありません。現代社会に浸かっている我々は少なからず経済の奴隷となっていますが、そのこと自体が人類社会の首を絞める行為であるということは明白です。

状況としてはそうなんですが、そこでキャラクター達がどんな役割を担っているのかと言う部分についてはまだ不明瞭です。メタルエイジという存在に焦点が当てられているという事を考えると、国家という形式に対しても否定的な回答が出される可能性が高い。少なくとも現在のような形式の国家というのは、幻影に過ぎないということを示唆する方向かもしれません。今回の国家の対応たるや笑い話にもならないような愚かさです。

近代民主制と資本主義が壊されれば、恐らく国家などと言う張りぼても形式を維持することは困難になるでしょう。人間が現在よりも自由になるためには、その全ては単なる邪魔者でしかありません。まだこのような破滅的な設定を想定しないと現実的解法が見いだせない状態ではありますが、それでもその方向性を示唆する作品が出てきたということは大きな前進だと考えられるんじゃないでしょうか。
ここまで来てもやっぱり運とノリと勢いだけで話は展開します。まぁここまでを見ればそれ以外に持って行きようが無いというのは判らないでもないです。やはり麻雀アニメとしては完全に失格ってことは確実のようです。となると、結局女子高生達が麻雀を打つというシチュエーションを楽しむという形式的萌アニメという路線でしか無いんですが、萌アニメという視点で見ると、今期はそれ以上の作品もあるのでインパクトが弱い。

結果として中途半端というのが現状です。一応これから大会ということで盛り上がってくれることを一応期待したいです。
どこまで行っても訳が判らないというのが正直な印象。今回は一応設定の断片らしきものは出ましたが、ここまで来てもまだ断片しか出てこないというのは凄まじいです。まぁ設定的に複雑なものを用意しつつ、表面上は萌アニメという構成ってことなんでしょう。シャナに近い構成かな。

設定を隠している以上、何でもアリ作品なんで真面目に見ても意味が無いです。その場その場を刹那的に楽しむ以外には無いでしょう。そういう意味ではそれなりかもしれない。

可愛い女の子に座薬を入れられるって妙にマニアックなプレイもあったことだし、そういう部分を純粋に喜ぶべきでしょう。ロボの戦闘とか、幽霊ちゃんが生徒として認識されるとどうなるかとか、まぁ面白そうな要素も幾つかあるので、それはそれでなんとかなるのかもしれません。
やっていること自体はかなりお子ちゃまな感じなんですが、それでも美少女がやると可愛いと感じられてしまうというところはずるいよなぁという気がします。同じような事を男がやると単なるお馬鹿な軟弱者で終わってしまう事確実です。

まぁそれだけベタなネタだけにラストは予定調和以上にはならなかった訳ですが、ここではプリネが半分妖精で出来ているという事実を明らかに出来ればそれで良かったのかもしれません。ユギリ姉とのエピソードは単なるおまけで、裸Yシャツは単なるサービスという事でしょう。

それでも襲ってしまわないフォロンはヘタレだと思いますが、ヘタレだからこそモテるってことなんだろうなとなんだか反射で攻撃されてしまったような気がしてしまいました。とりあえず美少女と襲える状況になれるというだけでも羨ましい限りです(笑)
巧い。アニメは原作よりもややライトな感じで作っていて、それだけにこの話をどうやって描くかというのは難しいと思っていたんですが、完璧に仕上げています。カヤに焦点を当てるというのは当然だとしても、彼女の思いというのは分かり易いようで結構複雑なので、そこを表現するのは結構難儀だったんじゃないかという気がします。

そこだけに留まらないで潤の感情の動きにもフォーカスして、女心とはという命題をあぶり出す事に成功したのも見事です。1話のタイムトラベルネタがここから徐々に効いてくるんじゃないかという気がします。

肝心のアラシさんについてはまだ詳細を伏せています。その辺りに今後の展開を持って行けるのは美味しいです。これまで粘ってきた甲斐がありそうです。シリーズ構成として、良くできています。演出技法で時間を稼ぐ事が可能なだけにその辺の自由度を最大限に生かしているという感じがしますね。
子どもとケータイめぐる議論は「間違いだらけ」 何が危険で何が必要か

僕に言わせれば、この教授とやらの方が余程ずれている。というか、エリートのボンボンが考えそうな次元の発想だわなという気がする。

学校内に携帯持ち込みを禁止するのは、何も子供を危険から守る為だけが目的ではない。学校では学業なり本来の目的に集中させるためという目的も存在するのだから、禁止するという判断自体は妥当だ。それを安全を守るためという言い訳をするからこういう突っ込みを受けるんだろうが、馬鹿親が多いので馬鹿避けの為にも安全という伝家の宝刀をちらつかせるのは手段として悪くないだろう。

携帯そのものを禁止すると表現や通信の自由の制約に繋がるというが、それが悪い理由が分からない。子供は守るものという認識があり、実際に守られている以上権利が制限されるのは当然のことだ。何をトチ狂っているのか判らないが、その程度の基本的な事すら理解できていないようだ。思考停止は問題かもしれないが、携帯だろうとネットだろうとコミュニケーションの取り方自体は基本的には変わらない。というか、大人になってから携帯に初めて触ったという人間が居たとすると、携帯中心のクダラナイコミュニティに興味を持つことがそもそも無いだろう。9割が持っているのだから、家の子にもと考える発想自体が愚かしい。能力の無い奴には責任能力が発生するまで利用を禁止するのが当然だ。

子供の教育の責任は親にある。というのは、現在の家族制度においては絶対に曲げられないポイントだ。崩壊していようが馬鹿親だろうが知った事じゃない。結果子供が犠牲になったとしてもそれは仕方ないだろう。それが家族制度というものだ。それは嫌なら家族制度自体をとっとと廃止するべきだろう。

社会システム構成の基本部分を無視して、携帯だけに特化して語るからこういう訳の判らないことを言い出すんだろう。酷い有様としか言いようがない。全ての権利には責任が伴うということを徹底させ、家族制度を廃止すれば大抵の問題は片付く。この携帯の問題もその一つでしかありません。正直大した問題じゃないと思えるし、それと同時に、それ以外では効果的な解決策が無いという社会の病巣に直結した問題である以上、根深いとも言えるかもしれません。

まぁ子供の問題である以上、家族制度に起因するのは当然のことなんですけどね。家族制度の最大の犠牲者は子供達なんですから。