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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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なにやら最近差別というキーワードが盛り上がっているらしい。ある行為というか考え方が差別か差別じゃないかで揉めているみたいなんだけど、ざっと読む限り、多くの人が書いているようなやり方を見ていると、凄く局所的な内容に終始しているように感じるし、結局結論は出ないんじゃないかなという気がします。

人間というのは、聖人ででも無い限り、好き嫌いという感情から逃れることはまず出来ないでしょう。だから、ある条件下においてその事象が好きか嫌いかは人それぞれで、どうしても存在するというのは否定できません。けれど、これを差別だと言い出したら、(差別を悪と仮定するなら)人間は普通に生きていけなくなります。感情を捨てるか、世界に無関心になるか、自分の意志を一切表明しないか意外に差別をしない方法が無いですから。

よって、個人的な趣向を差別だと言うのはちょっと行き過ぎだろうと僕は思っています。じゃあ差別ってなんぞや? と言うと、それを一般化する行為である。と考えています。自分があるモノを嫌い、あるいは好きと感じた。その感覚を標準的なものにしよう。そう発想して行動を起こした時点でそれは差別となるんじゃないか。そういう気がします。だから、別に自分が腹の中やあるいは身内、友人知人辺り程度に、?が嫌いだと語っている内は、それは差別じゃない。それを社会の共通理解にまで上げようと試みるとそれは差別ってことです。

一歩戻って「差別」って本当に良くないことなのか? と考えてみると、基本的には良くないと考えますが、完全に撲滅する程ではない。そんな感じだと思います。だって、差別を完全に撤廃するということは、まず法律なんてものを制定すること自体が差別的行為ということになってしまいますから。どんな理屈を付けたところで、国家が強制力をもって特定の価値感に対して善悪の基準を制定するのが法律ですから、これほどの差別行為はまずありません。

それ以上に重要なのは、自らの意志に一般性を問うという行為を差別的行為と判断されかねないということです。これは、国家や法律の問題なんかよりも遙かに重大で、これを差別だと言い出されたら、人間の存在意義の大きな一つを否定されるに等しいだろうと思います。

じゃあ、良くないことって何か? というと、良く大衆が使うレトリック。「普通は?」「常識的には?」「みんなが?」は全て差別行為だろうと僕には思えます。大衆的権威主義的な差別。つまり、自らの思考を停止して「普通は」とか「常識は」とか「みんなが」という発想で特定の価値感を否定する手法。これは差別行為として、徹底的に糾弾されるべきだろうと僕には思えます。で、圧倒的にこういう差別が、それ以外のものよりも数が多く、かつ悪質です。何よりも、思考の結果の差別ではなく、思考を停止した結果の差別ですから、もう擁護の余地がありません。なんで、「基本的には」良くないことという結論を出さざるを得ません。

あれ? なんか他の差別議論とは全然違う方向に話が行っちゃいましたね(笑) それはきっと差別という言葉の定義が他の人と違うからなんでしょう。言葉の定義をきちんとしないと話が噛み合わないよという典型的な例になりそうです。でも、ここで書いた内容は、全くその通りだと思っていることなんで、そのまま受け取っていただいても結構です。
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FC2テーマ:社会 | カテゴリー:所感
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