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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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なぜ作画の評価が割れるのか?

僕もグレンラガン4話は酷ぇ作画だなぁと思ってみていました。折角ねーちゃんがゲストで出てきている回なのにもったいないなぁとか思いながら、まぁそれほど期待している作品でもないしなぁって感じで流してました。

個性という言葉は便利な言葉で、ある種の免罪符として使われているようです。個人的には、一定の限度ってものがあるだろうというのが正直なところで、今回は当然その枠を大きく踏み越えていると思っています。キャラが変わっているという指摘が多いですが、それだけじゃなくて、塗りや、表情の付け方、動きにいたるまで明らかに異質なものになっていました。

作品としての統一性がとれないレベルの個性を作画に許すなんてのは、論外だと思います。では、どこまですると統一性がとれないのかというのを最終的に決定するのは、監督の仕事でしょう。結果、見ている側とあまりにも感覚がかけ離れていれば、否定されるだろうし、そうでなければ認められるでしょう。

けど、本気で個性を云々とか考えているなら、最初からそういう作画をしてくるような気がしますけどね。そうじゃないとすれば、それは大人の事情ってやつなのかもしれません。最初からあの作画で行ってくれれば、最初から見ないのにね。うつのみや某にしても、ケモノヅメであれば、それをどう処理するかは見ている側に任せられる。でも、エウレカやアクエリオンであれをやられたら、そりゃぁ見ている側が怒るのも無理は無いって奴で、最初は一般的な作画で初めておいて途中で"極端に"変えるってのは、恐らく今時は許されないでしょう。10年前なら許されたかもしれませんけどね。
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