再提言:世代別二院制
前提条件が良く判らない。「今の若者には『未来』が無いんだ」と思いこんでいるのは事実かもしれませんが、それの何が悪いんでしょうか? どうも、人間は幸せであるべきだという信仰があるようですが、少なくとも、もう若者とは言えないような世代。今30〜40歳前後が一番悲惨なんじゃないかという気がします。それは何故か、その世代までは絶望感すら感じていないからです。つまり、未だに希望があると信じている。あるいは、状況を見ないように無視している。あるいは、見る必要性を認識していない。まぁそんなところでしょうか。
つまり、状況を打破できない公算が高いってことです。で、もちろんそういう上の世代のツケを回されているのが、若い人たちということになるんでしょうが、それを甘んじて受けている内はこれまた改善されない。結局バケツリレーをしているだけ。だんだんとバケツ自体は大きくなるかもしれませんが、一時我慢すればいいだろうという安易な発想が働くので、これまではそれが続けられてきました。
けれど、もう耐えられないところまできている。我慢しても先に報われると思えなくなってきている。それが現状ってことでしょう。だから絶望する。そして現状に対する絶望があるから、はじめて未来というものは発生する訳です。
つまり、過去から継承されてきたこれまでの仕組みにおいては未来は無いかもしれませんが、そんなものは大した意味がない。ある時代が末期にきているという証だと思います。次の時代を自分達で作れる可能性が大きいというのは、希望にあふれる未来像なんじゃないでしょうか。まぁその発想の転換ができない連中は、屍と化すかも知れませんが、それは時代の要求に応じられなかった訳で、仕方ないでしょう。どんな世代でもそういう人間は居るものです。
結局現在のシステムを基本維持。安定して満たされた幸福こそが最も望ましいもの。という大前提が発想の中心にあるんじゃないかという気がします。絶望は全ての始まりです。そしてどう考えても、現在の状況は絶望が希望を上回るのが正しい状況で、もし、このエントリーの記述が事実だとしたら、今の若い世代にしてようやく現状を認識し始めたのかもしれないということなんじゃないでしょうか。
世代別二院制は、アイディアとしては面白いかもしれない。自分達のやったことは自分達で責任を取れという発想があるので、悪くはないという気もします。けど、50歳、60歳、70歳といった歳になった時に、人間がどのくらい変化するのかという部分が、まだその年齢になっていないので僕には良く判らない。真面目にやっているとするなら、倍以上の経験を積んでいる訳で、その差というのがどの程度なのか判別不能です。また、政治家に求められるスキルというのがどういうものなのかというのが具体的に理解できていないので、30歳程度の若造でやれるようなものなのかが正確に判断できない。なんで、安易に是とはできない側面があるような気がします。
しかし、この話も、政治とは利権の奪い合いである。というなんとも虚しい前提から出発している気がします。そういう前提が成立してしまうような政治システムそのものに問題があるという気がしてなりません。
前提条件が良く判らない。「今の若者には『未来』が無いんだ」と思いこんでいるのは事実かもしれませんが、それの何が悪いんでしょうか? どうも、人間は幸せであるべきだという信仰があるようですが、少なくとも、もう若者とは言えないような世代。今30〜40歳前後が一番悲惨なんじゃないかという気がします。それは何故か、その世代までは絶望感すら感じていないからです。つまり、未だに希望があると信じている。あるいは、状況を見ないように無視している。あるいは、見る必要性を認識していない。まぁそんなところでしょうか。
つまり、状況を打破できない公算が高いってことです。で、もちろんそういう上の世代のツケを回されているのが、若い人たちということになるんでしょうが、それを甘んじて受けている内はこれまた改善されない。結局バケツリレーをしているだけ。だんだんとバケツ自体は大きくなるかもしれませんが、一時我慢すればいいだろうという安易な発想が働くので、これまではそれが続けられてきました。
けれど、もう耐えられないところまできている。我慢しても先に報われると思えなくなってきている。それが現状ってことでしょう。だから絶望する。そして現状に対する絶望があるから、はじめて未来というものは発生する訳です。
つまり、過去から継承されてきたこれまでの仕組みにおいては未来は無いかもしれませんが、そんなものは大した意味がない。ある時代が末期にきているという証だと思います。次の時代を自分達で作れる可能性が大きいというのは、希望にあふれる未来像なんじゃないでしょうか。まぁその発想の転換ができない連中は、屍と化すかも知れませんが、それは時代の要求に応じられなかった訳で、仕方ないでしょう。どんな世代でもそういう人間は居るものです。
結局現在のシステムを基本維持。安定して満たされた幸福こそが最も望ましいもの。という大前提が発想の中心にあるんじゃないかという気がします。絶望は全ての始まりです。そしてどう考えても、現在の状況は絶望が希望を上回るのが正しい状況で、もし、このエントリーの記述が事実だとしたら、今の若い世代にしてようやく現状を認識し始めたのかもしれないということなんじゃないでしょうか。
世代別二院制は、アイディアとしては面白いかもしれない。自分達のやったことは自分達で責任を取れという発想があるので、悪くはないという気もします。けど、50歳、60歳、70歳といった歳になった時に、人間がどのくらい変化するのかという部分が、まだその年齢になっていないので僕には良く判らない。真面目にやっているとするなら、倍以上の経験を積んでいる訳で、その差というのがどの程度なのか判別不能です。また、政治家に求められるスキルというのがどういうものなのかというのが具体的に理解できていないので、30歳程度の若造でやれるようなものなのかが正確に判断できない。なんで、安易に是とはできない側面があるような気がします。
しかし、この話も、政治とは利権の奪い合いである。というなんとも虚しい前提から出発している気がします。そういう前提が成立してしまうような政治システムそのものに問題があるという気がしてなりません。
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