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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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■[寸評]本当に絶望はあるのか?絶望したのは一体誰か?絶望したのは何故か?

「気分的に」という表現をされると、微妙に違うかなぁという気がしますが、パースペクティブの差だという指摘はその通りだと思う。だから、同じ視点で語るのは意味がないかもしれませんが、違う視点を提示するという行為自体は意味があります。

結局のところ、経済という側面だけを見て絶望とか未来がないとか言うのもどうかと思うし、そもそも、社会の根底が変われば前提条件が変わる。だから、絶望という状態は出発点であると認識することも可能だと言いたかった訳です。逆に言えば、絶望というのは、ある方向の見方が閉ざされたということを意味しますから、方向性が見やすくなったとも考えられるということです。

それが経済であっても、それ以外のなんでも良いんですが、ある程度以上希望に満たされているということは、既存の価値観に乗っかっているということを意味していると思います。それを求めているというのも同様で、その状態で「自分達の若い頃の経験で推し量ってはいけない」と言われても、なんとも身勝手なという気がしてしまいます。

なので、僕に言わせれば、経済に特化して絶望しているという主張がミクロ視点、それに限定されず全体を見てみましょうという主張がマクロ視点ということになります。もし、未来がないと感じ絶望しているなら、新しい価値観を自ら提示し、社会そのものを転換させるしかないだろうと考えた方がいいんじゃないのと言いたかった訳です。絶望したと言っているだけでは結局現実に巻き込まれて終わりだよってことです。

それって、学校で虐めにあって自殺しましたって子供に似ているような気がする。彼らは未来は無いと絶望したんでしょう。彼らにとって絶望は実在しているんだと思います。けど、実際の世界ってのは、そんな矮小なものでは無いってことを知るべきだと僕は考える訳です。
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