任天堂 宮本茂氏のゲーム論
「すばらしいテクノロジーを何もわからない人にも使えるようにする」任天堂の目指している物はまさにそれ。そして、これは文明であっても文化では無い。なぜなら、何も判らない人が使えてしまう文化は基本的には存在しえないから。あえて言うなら信仰だけど、個人的には信仰そのものは文化ではないと考えているし、習慣や風習も文化とは言い難い。
だから、任天堂は文明の味方ではあっても、文化の敵として機能しています。つまりそれって商業主義ってことなんですけどね。まぁ日本は資本主義の国だから、儲けた者が正義ってだって言われればあーそーですかとしか言いようがないですが。
ちなみに、文明が野蛮を誘発する、あるいは文明は野蛮そのものである。という考え方を僕は支持します。
「すばらしいテクノロジーを何もわからない人にも使えるようにする」任天堂の目指している物はまさにそれ。そして、これは文明であっても文化では無い。なぜなら、何も判らない人が使えてしまう文化は基本的には存在しえないから。あえて言うなら信仰だけど、個人的には信仰そのものは文化ではないと考えているし、習慣や風習も文化とは言い難い。
だから、任天堂は文明の味方ではあっても、文化の敵として機能しています。つまりそれって商業主義ってことなんですけどね。まぁ日本は資本主義の国だから、儲けた者が正義ってだって言われればあーそーですかとしか言いようがないですが。
ちなみに、文明が野蛮を誘発する、あるいは文明は野蛮そのものである。という考え方を僕は支持します。
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