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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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1話見逃しているからかもしれないんだけど、風子ちゃんってのは、そもそも存在が定位していないのだから、その存在が消えるということがどの程度重要なのか良く判らない。というか、実体があるのが判っているんだから、実体をなんとかするという方向に考えるべきで、あそこまで生き霊が存在感を持っているという時点で、それが原因で実体が目を醒まさないんじゃないかという気がするんだが違うんだろうか。

実体に会いに行くと、生き霊が見えなくなってしまうという設定は良しとしても、風子ちゃんに対する記憶そのものが消えるというのはどうなんだろ。風子ちゃんって一体何者なんですかって事になってしまうような気がする。勿論アニメだし、物語ですから、そういう設定なんですと言われれば、そうなんですかと言うしかないんですが、それにしてもリアリティの欠片もない話になっちゃうんじゃないでしょうか。

風子ちゃんの存在が定位していないのに、それを中心に話が進んで、しかもその存在をテーマにしているので、話が空中でフラフラ浮いているような不安定さを感じます。見ていてなんとなく気持ちが悪い。当然ですが、渚や朋也の行動も微妙にというか、かなりずれているように感じる。見ているこちら側が全く理解出来ない原理を読み透かしたような行動をするからで、本来であれば彼らだってその設定は理解できていないという前提で行動するはずなのに、そうしているようには到底見えない。だから変人の集まりに見える。

物語の構成が混乱して居るんじゃないかって気がするんですが、そんなこと無いんでしょうか。
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風子の存在が忘れられていく。 関係が薄かった人から段々と・・・・・。 そして朋也と渚も・・・。
2007/11/25(日) 16:57:58 | ネギズ