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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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小栗旬「オレは許せない」 「KY」現象に批判噴出

空気って一言で言うけど、かなりの幅を持って使われていると思います。底辺を見れば、許せないというのも判るけれど、読んでもらわないと困るという場合だってあるでしょう。それらを一緒にして、善し悪しを紋切りに語ってしまうのは危険な気がします。

で、引用の中に「共通前提が壊れた不安から起こる現象で、極端になりがち、結果民意が低下している」とある。はて? 言ってることが良く判らん。共通前提に則っていた状態が民意が高いと言えるのかね。僕にはそうは思えない。高いどころか無いんじゃないだろうか。それが崩壊したというのが事実なら、喜ぶべき事で、そこから個人の自立にいたる過程に今あって、そのための混乱であるなら、それはプラスに解釈するべき何じゃないだろうか。勿論、その結果として結局訳の分からない仮想権威に依存することになったというのは避けたい訳で、だから個人であっても責任の追求をきっちりとするべきで、過度な保護は状態を悪化させることになる訳です。つまり、そんな空気は認めないと、断固とした態度で望むべきでしょう。

何れにしても、なんらかに寄りかかっているものは、厳密な意味でも民意とは言えないと僕は思うわけで、民意が低下しているという表現は間違っていると思います。最初から無いものが変化しても低下という表現は使われません。宮台はどうも頓珍漢というか、本質を捉え損なっている事が多い気がします。

で、元ネタになっている俳優の発言ですが、内容そのものは立派なものです。善悪の基準はちゃんと持っている。と言っているわけですから、素晴らしい。ただし、その基準で判断し、言動に移す場合、これまでと同じ責任でそれが行使できると思われては困ります。空気でも前提でも権威でも良いんですが、そういうものに判断を譲り渡すと言う行為は、自分の責任を回避するという効果が見込めました。だから、大抵の人は無責任で居られたわけです。けれど、そこから自由になって、自分の判断で何かを行うという場合、それは当然、その結果に対して自ら責任を追う必要があります。そこまで判って言っているなら、素晴らしいなと思います。
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