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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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Macに足りない3つのポイント

よくも悪くもMacは、ある哲学の元に作られており、それと相容れない人も存在する。また、そうであるがゆえに、Macの世界においては、ユーザーがある程度Macの仕様(具現化した哲学)に合わせざるを得ない。それが苦痛な人、どうしても相容れないこだわりのある人には難しいプラットフォームだと思う。その点、固有の哲学を持たないWindowsの方が万人向けかもしれない。


以前僕も同じようなことを書きましたが、結論はこことは正反対になってます。万人向けなのはむしろMacintoshの方でしょう。今はまだ旧PCの文化が残っていますから、自分で好きな構成を楽しむ自由を望む人間が多いかもしれませんが、徐々に衰退していってついには逆転するという可能性は低くないと思います。

その理由は簡単で、大衆は自由を求めていない。からです。誰かの価値観、哲学に乗っかってそれで十分なものを得られればそれで十分だと考えるのが大衆というものの基本志向パターンです。もし、Appleが極端に欲をださず、ほどほどの利益率をキープし続けることで抑えていれば、いずれそうなるんじゃないかという気がします。つまり、昔のNEC98時代の再来です。当時のNECは欲の皮を突っ張ってしまったのと、海外メーカーの値段の圧力に負けてしまいましたが、それでも相当粘りました。

もし、AppleがMSを駆逐するということになったら、恐らく世界規模でしょうから、それを再度逆転するというのは、相当厳しいし、仮に逆転する企業が現れたとしても、より自由にという方向になるのかは怪しい。

時代的なものもあると思います。PC-ATが流行りだした当時は、まだPC自体が珍しいもので、個人所有している人は少数だったし、あったとしても8bit機程度だったりしました。ハードもソフトも日々明らかに前進していることが実感できました。これまで見たこともない、経験したこともないものが次々と出てきました。

何が言いたいかというと、当時のPCというのは、趣味性が高いものだったということです。だから初心者にはハードルが高かった。IRQやDMAの設定、メモリマップの概念を知るなんてのは、当時のユーザーは当然のようにやってきたことです。けれど、今のPCはその部分を捨て去りました。おかげで簡単便利に使えるようになりました。不具合も当時とは比較にならない程減りました。と、同時に趣味性の高かったPCは道具に成り下がってしまった訳です。

道具である以上、用を足せれば良い。と考えるのは当然。自由度など必要無いどころか害になります。だから、求められるのはデザインやブランド。VAIOがヒットしたというのもその辺でしょう。僕の周りでPCに詳しい人間はみんな「VAIOは駄目だ」と口を揃えていました。

恐らく、今後もAppleは伸びるんじゃないかと思います。けど、それはMacintoshの哲学が浸透し、ユーザーが共感したからというよりも、ユーザーが哲学を捨てたからだと考える方が自然だと考えます。勿論昔も今もこれからも、Macintoshの哲学に共感する人は居るでしょう。けれど、徐々に少数派になっていくでしょう。逆に、哲学を理解する人が大勢を占めている内はMacintoshはニッチな機械であり続けると思います。
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