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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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ホームレスに人権があるだなんてただの屁理屈だよ

国家がホームレスを承認するということは、単に経済学的にフリーライドの問題を生むだけにとどまらず、ホームレスの排除によって成り立っている社会秩序を崩壊せしめ、その社会の構成員の生を奪う側面を持つ。しかし、権力を維持する前提として、基本的人権の存在を唱えざるを得ないのだ。


この見識は鋭いと思う。全くその通りだと僕も考えます。つまり逆に考えれば「社会秩序」と「権力」の維持を考えなければ人権など必要なくなるということになります。人権など必要ないというと、生きることを否定みたいなイメージがあるかもしれませんが、実際にはそうではありません。つまり、人間が生きるという事に対してご大層に権利など与えられる必要は元来無いということです。

社会と権力の秩序を維持する為に、人権という虚構の器が用意され、それがあたかも誰かに生きることを認めて頂いているという感覚を与えます。だから社会や権力に反発することは「悪」であり、秩序を乱すことは「悪」である。よって排除されるべきだという論理が成立したりもするわけです。

今まさにそこに存在しているホームレスをどうするかというのが現実的な問題になってしまうので、それ以上になかなか思考を向けることが難しいですが、そういう現実的な対応は他の方にお任せするとして、僕としては何故ホームレスという存在が存在し、それが排除されるのかという部分に興味を惹かれます。つまりそれは、社会と権力の秩序を維持するために必要だから。という結論に他ならない。

そう考えると、社会と権力が人間の自由をそこまで束縛している存在である。ということが認識できるでしょう。確かに社会秩序というものは、一見すると非常に重要で、それがなければどうにも困ってしまうもののように思えます。しかし、実際には過去も現在も実在してきた社会秩序などというものは大したモノではありません。実際、現在日本の状況を見てみたところで、その法律や司法の有様を見れば絶望したくなります。とりあえず、生存するということに限っては比較的良好だった訳ですが、それですら昨今は徐々に怪しくなってきています。これは悪くなることはあっても良くなることは無いんじゃないかと思います。

ホームレスであることはなんらいけないことではない。それは理由の如何に関わらず当人の自由。である以上、そういう選択をしていると言うことに対しては、自らの責任に依って行われなければならない。ホームレスという立場に胡座をかくことは許されない。弱者であることを免罪符として認めてはならない。彼等を本当に人として認めるというならば、彼等に対して責任も要求しなければならない。単に生存するという事実だけをお情けで許容して貰うのであれば、それは単なる家畜で人間ではない。

逆にホームレスのような人達の方がそのことを肌で理解しているんじゃないだろうか。という気さえする。一番判っていないのは、社会と権力の庇護を最大限に欲しがる中流弱者に位置する大衆であるように僕には見えます。彼等は形式的な権利と自由を与えられることで、自らの自由を売り渡した社会と権力の奴隷です。これに関するコメントやエントリーを読むと良く判るのだけど、ここで問題にされているのは暗黙に存在する前提であるのに、そのことを疑えない、疑うことに意味を見いだせないのだなと感じられる人が大勢居ます。彼等は心底からそう思っているのでしょう。完全に心身共に畜群に成り下がってしまった可哀想なモノ達です。
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FC2テーマ:大衆 | カテゴリー:社会
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