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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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【正論】和田秀樹 どこまで落ちる大学生の学力

書かれていることの内事実に関することはそうなんだろうと思うけれど、対処の方法は難しくない。卒業させなければいいのだ。現在の日本の学校システムの一番の問題点は、入学時の学力は問題にするが、卒業時の学力は問題にしないという点にあります。それでも高校までは進学率が重要で、大学入試は高校入試と同じ基準で選別されるために、一定の学力というものを維持しようという意図があった。けれど、大学になるとそれが無くなる。だからここに書かれるような著しい問題生徒も出てくるし、大学入学の段階から既に入試に関係無いものは学問にあらずという考え方が成立する訳だ。大学というのが完全に職業予備校に成り下がり、しかも実質よりも形式が重視されてきた。こういう生徒が出てくるのはある意味必然であるといえるでしょう。

この問題を対処するに入試のハードルを上げろというのは愚策だ。大学だって経営していかなければならない訳で、独自採算である以上ある程度の生徒数は確保したいというのは切実なところだろう。よって、入試のハードルなんてもっと下げるべきであって上げるべきじゃない。入りたい奴は誰でも入れる位にしてもいい。その分卒業はその大学の名にかけて、水準以上の学力を持ったもの以外はさせないという仕組みにすればいい。そうすれば、学歴だけが立派な馬鹿なんてものが量産されることもなくなるだろう。

大学卒業生の数は現状の1/1000?1/10000で良いだろう。一流の名を持つ大学であるならば、今時の多くの大学生がやっている程度の学習内容なら、卒業までには20年程度は必要なカリキュラムを課すべきだ。それが出来ない以上、どんなに入試のハードルを上げても結局4年間で全て忘れ去るなんてことになりかねない。というか、大学卒業が普通なんて社会は異常だと気付いて欲しい。現状の大学の相当な部分が既に大学として機能していないということが数字からも良く判ります。

大学に入ること、あるいは良い就職先にありつくこと。それがゴールである以上は、学力なんてものは道具でしかない。必要なくなった段階で学問なんてものは放棄するのは合理的な選択です。彼等の選択は間違いではない。間違っているのは、そういう人間が大学という場所に存在していることと、あまつさえ卒業できていることでしょう。少なくとも卒業の間口を絞らない限り、この状態を変えることは出来ないと思いますね。
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