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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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カネも居場所もない。でも生きなきゃいけない?『「生きづらさ」について』

アイデンティティと物質。少なくともどちらかが補償されていれば「生きづらさ」への意識は、かなり変わってくるだろう。が、雨宮は団塊ジュニア世代として、まさにその二つの混在にめぐり合ってしまった。


結局、ここで言われるところのアイデンティティを集団に帰属することでしか持てなかった人間の成れの果てという理解しか出来ない。だからムラ社会への回帰的な話も出てくるんだろう。集団への帰属という概念が切り離せないから、「普通」だったものが「能力へ」などというような甘えた発想が出てくるに違いない。はっきり言って絶滅して貰って構わない類の種だと僕には思える。

集団に帰属することで自らの存在を定位するという人間はもう必要ない。ムラ社会が壊れ、家社会が機能しなくなり、今度は家族をぶっ壊す番だという時に、無条件の所属承認を必要とするような人間が居場所が無くなるのは当然のことでしょう。

同じ事は物質の問題にも言える。幾つかの例が出されていますが、ここで出されている程度なら十分許容範囲だと僕には思える。毎回給料から500円を取られるというが、それを合わせても2300円にしかならない。しかも給料が入らなければ1800円で済むと考えれば、それ程酷い話でもない。滞納したら高額な違約金を払わされると判っているなら、滞納しなければいい。彼等は営利企業であり、リスクのある対象に投資をしているのだから、相応の保険をかけるのは当然のことだ。何も一生そういう場所に済まなくてはならないという訳では無い。それなりの就職先を見つけて、数ヶ月も頑張ればもう少し条件の良い契約が出来るようになるだろう。

ちなみに、20代の若者の就職先が本当にないとは微塵も思っていない。贅沢を言わず本気で探せば高給は無理だとしても、それなりの給料で雇ってくれるというところはまだまだ存在するはず。100%だとは言わないけれど、結構な割合はやろうと思えば現状から脱出できるはずだ。それをなんだかんだと言い訳をして実行しないから泥沼に填っていく。最下層の生活が長くなればなるほど脱出確率が下がるのは当然のことだ。

それを生きづらいなどと称して、正当化するというのは当然のことながら賛同出来ないし、同情も出来ないし、彼等をなんとかしなければとも思わない。どんなに搾取されようがそれは自分で望んだことだろ? としか見えない。この記事を読むだけで、彼等の主張が如何に陳腐なものなのか良く判る。結局甘えているだけなんだというのがほとんどってことなんだろう。
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「生きづらさ」について (光文社新書 358) 著者:萱野稔人,雨宮処凛 本書は
2008/09/21(日) 02:35:36 | 蔵前トラック?