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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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これまで長らくお気楽極楽な話を続けてきましたが、流石にラストに向けて真面目な話も作っておこうと思ったのか、急激に変化しました。おまえは何者か、何がしたいのかと問い詰められて悩むナギ。自分自身も含めてその答えを誰も持っていないという事に気付いて愕然とする訳します。まぁ何を今更という感触を受けると同時に、その手の内容に悩むということこそがまさしく俗っぽいという気がしないでもないです。

ただし、その悩みこそが信仰の本質であるというのは真理です。神に対して何者かと問うことはどのような面から見ても無意味です。神が何をする気なのかという問いも同様に無意味です。信仰とは、それを問わない、純粋な信仰によってのみ成立するものでしかあり得ません。神を具現化して、それに何者かと問うたところで、信仰があればあったなりに、無ければ無かったなりに無意味です。

この作品がどういう結論にする気なのかは知りませんが、残り話数で解決するという事から考えても、そういう方向に行くのじゃないかという気がしています。神とは自身がそう名乗り、回りがそれを信仰した時点で、それが美少女の姿をしていようが、ヒゲ親父の姿であろうがそれが神なのです。信仰なんてその程度のものでしかありません。逆にどんなに神妙にらしい姿をしていようが、信じなければそれは神たり得ない。それが信仰の本質というものでしょう。
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