Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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部族社会と大きな社会

共同体の崩壊が必然であるという部分には完全に同意できます。共同体という形式の役割は徐々に消えていくでしょう。今のところ最後までしぶとく残るんじゃないかなと思えるのが、国家と家族でしょうが、その二つの存在意義が消滅した時に、初めて社会全体に及ぶ変革が実行されるんじゃないかと思います。ですから、それが消えていっているという状況は諸手を挙げて歓迎するべきです。

コメントに描かれていますが、共同体が無い社会と言うと冷たい社会であるという印象を持つ人も多いようです。けれど、それは完全な勘違いで、差別も孤立も共同体が存在することで発生する現象でしかありません。共同体が存在することで、それとは異質のものを区別したり、そこに所属できないことを感じたりする訳です。共同体の崩壊と聞いて、マイナスのイメージを持つのであれば、もう少し思考を柔軟にする訓練を積む必要があるでしょう。こういう前提条件が変わってしまった想定に対して、現状の価値観を持ち込む行為は全く無意味です。

共同体が存在しないということは、すなわち個人が社会と直結するということを意味します。例えば、現在では他人の家の事、他所の県の事、外国の事には無関心になりがちですが、地球の裏側で起きたことであっても、それが自分に直接繋がっているともし感じることができれば、社会は大きく変化することになるでしょう。自国に資源や利益が欲しいからと言って、他国にミサイルを打ち込むなどという愚かしい真似は絶対に許されなくなるはずです。

「強い個人」を建前にしたとありますが、弱い個人が淘汰されてはいけない理由が僕には見つかりません。むしろ当然淘汰されるべきだと思っています。なんでも他人任せ、なんでもお上任せなんて発想で動いている連中には今すぐにでも消えてもらいたいくらいです。人間が、現在の意味での共同体のような矮小な枠に収まっていることが様々な、そして重大な問題の温床になっています。

僕は経済学には明るくないので、経済学的な観点から見た場合は判りませんが、少なくとも原則的には共同体を打破するということは、当然進むべき方向であり、それについて行けない旧態のままな人間は淘汰されるのが自然でしょう。
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2009/01/21(水) 18:09 | | #[ 編集]
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