Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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うーん、結局あやふやな感じの結論だったんじゃないかという気がします。バーディーとナタルが闘わなければならなかった理由も、それを止める理由もそれなりには説得力がありましたが、二人の闘いがなんだったのかと言う部分に関しては何も語られて居ないという感じがします。

唯一ナタルが叫んだ、そんなモノ信用できるかという台詞にはいたく共感しました。世の中には法に描かれているモノが正義であると無邪気を通り越して馬鹿のように信じている連中がうんざりする程沢山存在していますが、その法の作成と運用をしている連中や、それに正当性を与えているシステムに信頼度が欠如していれば、そんなものはヤクザの理屈と何ら変わらない訳です。

その信頼に値しない法を守らなければ暴力を持って報復するというのが司法の仕組みだったりします。自分の正当性を証明する責任すら放棄して他人に自らの正義を押しつけると言うのですから、まさしくテロリストと同じ発想です。もし、自分に制度に頼らずとも自らの復讐を果たせるだけの力があって、それを実行する事によるリスクを受け入れる覚悟があるならば、そりゃあナタルのような選択をするということは何ら不思議な事ではありません。

正義を語るものは自分が暴力機関であるということに気付いていない。気付いていないからこそ正義なんて軽々しく語れてしまう訳で、つまり正義とは何かということをちゃんと理解していないか、考えた事もないかのどちらか何じゃないかという気がします。バーディーは結局その組織の暴力の道具として使われているというのは事実で、それは真実を隠蔽されているラストシーンにも象徴されています。

さて、このラストをもってどうするのかというのが実際には本題のような気がします。ここまで来たら3期になるのか4期になるのか判りませんが、きっちりとラストまで描ききって欲しいモノで宇。
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