Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

英数字が5割以上のコメント、TBは投稿制限しています。またスパムと判断されるものは問答無用で削除します。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
FC2テーマ: | カテゴリー:スポンサー広告
Page Top↑
テラという精神的なものを媒介にしている以上、クロが強化したというのはまぁ許せる。けれど、社会レベルの変革に対して、個人レベルの生死で語るのは、矮小化も良いところで、比較対象としては全くもって不適当。社会の変革を目指すのに傷が必要という話だったのに、今現在の自分の境遇を持ち出すというのも全然レイヤーが違う話。こういう話の次元のすり替えは、偽善的な方向に話を持って行く場合の技術として良くあるけれど、レベルとしてはお粗末。

結局、普通のサブではどうにもならないというのは、今回で証明されてしまった訳なんですが、伊吹はスペシャルといういわば反則技で話は続行されます。詰まるところ伊吹の存在というのは、システムに対するイレギュラーとしての存在意義がある訳で、逆に言えば、そういう変異体で社会を改変するという手法は確かに存在します。

しかしながら、現実問題として考えると、確率的に変異体に希望を託すというのは分の悪すぎるギャンブルで、到底肯定できるようなものではないし、それに頼るというのは偶然に頼るということで、そもそも人間の意志を否定する行為だ。

というか、倉木にしてもあの状態でサシないしはそれに近い勝負をする必要性はまるで無いはず。蔵木程に賢い人間ならそんなことは当然理解できるはずなのに、それをしないという時点で話としては破綻しています。

まぁ相手を蔵木なり魁音寺なりからドッペルライナーシステム自体に切り替えたというのは正解。というか、それ以外には手がないでしょうから必然。ただし、現状の前提条件を壊すということは、秩序の破壊を意味するはずで、ドッペルライナーシステムを否定したにも関わらず軟着陸という選択は恐らく無理が出るんじゃないかという気がします。つまり、やり方変われども秩序を再構築するためには現状の破壊がまず必要になるし、それには痛みが伴うという事実を無視することは出来ない。それは伊吹が恐らく求めているものとは異なるものなんじゃないかという気がしますが、さてこの絶対的な矛盾をどうやって吸収するつもりなのか。これまでの流れを見るとインチキ技を使う可能性が高いですが、一応様子を見てみたいと思います。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://kazus.blog66.fc2.com/tb.php/5889-532b5108
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック