Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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自分の迷いの解決を死者によって導かれる。それだけジョウンを頼りにしていたということも言えるかもしれませんが、実際にはその迷い自体が社会システムによって生み出されていたものだからに他ならないんじゃないかという気がします。

生者の言い分はどうしても社会システムを無視する事は出来ない。それを基盤として生活が成り立っているからです。けれど死者は社会から解放されていますからそんなものに縛られる事はない。だから適切な発現が出来る訳です。

社会システムというのが個人の自由の犠牲の上に成り立っていることは周知ですが、問題はそこまでする意味が社会システムに存在するのかということを常に立証し続けなければならないということにあります。大抵はそれが出来ないあるいは面倒になって形式や信仰に頼るようになります。それは、社会の腐敗の始まりであり、死の前兆でもあります。

法律やマナー、常識とか普通とかそんな言葉が多く使われるようになりだした社会はもう終わりかけています。そんなものには当然個人の自由を犠牲にしてまで守る意味は無いのですが、形式や信仰によって構築されたものはなかなか切り替える事が難しい。フィクションの形式になっていますが、社会システムの腐敗と言う意味では現在も同様と言う事になるでしょう。
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