Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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掟というのは、過去の教訓から作られるものではありますが、後から考えてみると非常に偏った考え方を前提として作られているということは良くあります。一端掟として成立してしまうと、あたかもそれが絶対であり、それに反することは大罪であると思ってしまいがちですが、必ずしもそんなことは無く、一度リセットしてから考え直すことが必要になるタイミングがあります。

にも関わらず固執してしまうということは現実の世界でも頻繁に起きていることで、まさに掟に踊らされているという感じです。掟というのはあくまでも道具であり、人間がそれに踊らされるというのは愚かなことです。何が正しいのかを常に自ら考える。それを完全に放棄する人間は人間としての最低限の責任を放棄することと同義であり、人としての存在価値はゼロです。

さて、じゃあどんな展開が待っているのか、掟の最も有用な部分はそれが非常に楽であり無責任で居られるということにあります。善悪を考えずにとりあえず掟に従ってさえ居れば最低限のことは満たされる。それに従わないということは、当然その分の責任を負うことになる。それを避けられるという意味で掟は便利な道具ではありますが、それを否定するものを拒絶するという負の効果も持っています。その辺りを踏まえて話の構成が考えられているのであれば、意味深い話になることでしょう。
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