Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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道具として獣を使おうと人を使おうと大した差がある訳ではなく、国家などというまやかしにしか過ぎないものの為に戦うことを強いられる時点で不条理極まりないというのは当然のことです。愛国心などというものが不条理しか生み出さない腐った考え方であることは明白で、もしそれが愛の一部であるとするなら、愛もなんてことはないクダラナイ感情の一部でしかないということになるでしょう。

法律というのは、その精神の全てを包含することは絶対に出来ません。それ故に運用される内に精神は歪められるし、役人のような無能者が運用すれば、即座に本来の目的以外の方向に働き出します。法律そのものが重要なんではなくて、それを運用する人間こそが重要で、形式自体には大した意味はないということです。

そして、当然のことながら人が腐っているなら法律も国家も腐るのは当然のことです。そういう状況で何らかの力を見せれば当然利用しようとされるでしょうし、心底愛をもって仕えたとしても、力がなければ切り捨てられるのも当然のことです。国家などという形式自体に全く意味を持たないというのは当たり前のことで、それが意味を持つかのように見せかけているのが、形式に対する信仰の強制とそれをすり込む教育であったりするわけです。

国家の奴隷として扱われることに違和感を覚えることが出来ない人間が多数をしめるような社会がまともなもののはずはないというのは、歴史的にも証明されているし、理論的にも全く矛盾はありません。にも関わらず未だにそんな事も判らない人間の方が圧倒的多数であるという事実をもって人間は歴史に学ぶことはしないし、民主制が正しい判断をすることは無いということを証明しているでしょう。
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