Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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力と権威、力と力。どちらでバランスを取るにしてもおぞましい限りですが、国という概念が存在する限りその駆け引きは無くならないし、無くならない以上優位に立った方が何かと良い事があるというのは事実です。そういう意味でラミアの言ってる事はある種の真理なのですが、結局現状の枠の中ではという前提条件が付いてしまうものでしかありません。

国家という枠組みが存在する以上それぞれの国家間での力関係は常に比較される。シュナンの提案はその枠組みの一つを外そうという画期的なものでしたが、それを理解しないものには永遠に理解できないだろうし、国家の枠組みによって既得権益を得てきているものに取っては迷惑この上ない提案でしかないでしょう。

積極的にせよ消極的にせよ国家などという枠組みを支持するものは、戦争やその前段階の力比べを笑う事は出来ません。結局彼等は最終的には線のこちら側と向こう側を区別する。相容れないものと判断する事で枠組み自体を維持しようとするからです。

現段階でのエリンの視野は酷く限定されていて、戦争の道具に対してのみしかフォーカスされていません。もし、道具が戦争に使われなくなったとしても、それが彼等にとって人間と和解するということに繋がるとは限らない。人間に害獣として敵視されるかもしれない。そうなれば、戦争などという非常事態が起こらなくても人と王獣は戦う事になるかもしれない。

そういう可能性を考えていくとなかなか救いの道が見つからない話なんじゃないかという風にも思えてきてしまいます。
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