Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

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能力が無い人間は欠陥品。それは悲しいこと。その通りです。一つの絶対的な価値が成立した場合、それに見合わない、その価値観から見て低い人間は欠陥品と見なされるというのは、何も作り話ではありません。例えば現在なら金がほぼそれに当てはまります。資金力が無い人間はそれだけで価値が低いと見なされます。売れないものは駄目なものだし、売れるものは良いものという判断がされます。

それを変えるには別の価値観を擁立すれば良いわけで非常に簡単なやり方で解決可能です。けれど、それが簡単にできる程世の中は簡単にできていません。このフィクションの世界観であったとしても能力が絶対的な価値を持つという構造を変えることは出来ないでしょう。

じゃあどうするかというと、自らの周辺のみに認めてもらうという方式。それであるが故に人間は群れを組みたがるし、その群れからはぐれることを恐れるわけです。実は今回のレベルアッパーの仕組みも似たような思考を逆説的に使っています。

一人では無力でも群れれば有効な力を得る事が出来る。前者が資本主義の考え方だし、後者が民主主義の考え方。その二つは相性が良いので両者は両立しやすい。そしてどちらも致命的な問題を抱えています。みんなで力を合わせてといえば聞こえは良いですが、それが無意識の内にとかある種の強制力をもっているとなれば話は変わります。

そういう風に見ると、社会の縮図を旨くデフォルメしているという感じはします。そこまでは良いとして問題はそれに対する結論ということになるでしょう。納得のいくようなところに落としてくれればなかなかな出来ということになるかもしれません。
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