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Kazu'Sが感じたことを遠慮無しに書き込む為のBlog。気分が悪くなっても知りません(笑) 自己責任で。 基本アニメレビュー。「シムーン」「RED GARDEN」。最近はひたぎ蕩れでミナ蕩れです。

英数字が5割以上のコメント、TBは投稿制限しています。またスパムと判断されるものは問答無用で削除します。
情報の消費行動がもたらすネットの変化

小寺氏の指摘は相変わらず鋭いと感じます。Internetをおもちゃのように見ている分には、どうなっても大した問題では無いと思いますが、コミュニケーションの手段を覆すようなもの、マスコミ依存の体制を変えるもの、等々といった期待をしていた側からすると、まだまだというか、変な方向に行っているような気がしてなりません。

日本では、blogのポリシーそのものが正確に伝わらず、お手軽写真日記自動構築システムみたいな形で定着した

自分だけがわかるモノローグ的な書き方であるから、誤解も生みやすい。以前であればこの程度の情報ならまとめサイトぐらいあるだろうといったものも、見あたらないという状態になりつつあるような気がする


という辺りがその典型で、つまるところ情報としてみた場合、かなりの割合のBlogは意味を成さないことが多い。仮にどこかに有益な情報があったとしても、それは人知れずひっそりと存在しているだけで、ほとんど認知されていないということも数多くあります。本来であれば有用な情報に対してはTBなりして、情報を連結させるというのがBlogなのかもしれませんが、自エントリーが日記ではそれもままならないのかも知れません。スパムによる被害が大きいというのも要因かも知れません。

結局情報が拡散した状態のままということになれば、それを集めるにはそれなりのコストや時間、労力が必要となってしまいます。そうなれば、結局自らそれを行おうという人は少なくなってしまうかも知れません。

情報は人間を成長させるためにあるわけだが、今大きな流れとして、人間自体は成長しているものの、インターネットの元々の趣旨であった知識の共有が行なわれず、一部の人の中に沈殿するというサイクルに戻りつつあるのかもしれない。だから、面白い話を持っている人に直接合って話を聞く、ということが、今さらながら重要になるように思えるのである。


小寺氏の主張とは最終的な落し処が異なってしまうのですが、この「元々の趣旨」が下手に無くなったり変質してしまうと、Internetの可能性が大きく減退してしまう可能性があるだろうと危惧しています。ここで言う可能性とは、ビジネス的、経済的、技術的な意味では無く、新たな思考流通ネットワークとしての可能性です。Internetは特定のイデオロギーから人間が自由になれるための、強力なツールとなれる可能性があります。この部分の可能性が小さくなってしまうかも知れないなぁと感じているわけです。もし、そうなってしまったら残念なことだなぁと思います。
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